episode7:契約
担任の芦尾先生に連れられやってきた家庭科室。
そこには熱々のオムライス。
食べたら最後、一転して閉じ込められた俺達。
……どうしてこうなった。
「先生、これは一体……」
「あなた達にはこの家庭部に入ってもらうわ」
「いやちょっと流石にこの勧誘は過剰なんじゃあ……」
「御託はいいわ! さぁ、これに名前を書いて!」
依然、目の前に差し出された状態の入部届。
さて、どうしたものか。
今日は別に部活を決めるつもりではなかったし、できればこのまま帰りたいのだが。
この様子ではそう簡単に逃れられそうにない。
しかしこの先生の豹変ぶりはなんだんだ。
いくらこの高校が部活に力を入れているからといって、こんなことをするだろうか?
それと謎なのは、悠花だ。
どんな経緯でこんなところに居合わせているのか、さっぱり見当がつかない。
何故か先生に協力姿勢のようだし……。
「ちなみにそこにいる羽衣月さんは教室に残ってたから、手を貸してもらったわ」
「帰還の際は空汰を共に。マイファザーからの指令」
悠花は訳も分からず共犯者に仕立て上げられたというわけか。
しかも悠花の言い分だと、俺が帰れなきゃこいつも帰れないというわけだ。
参ったぞ、これは。
こうして逃れる算段を模索してる間にも、隣でガツガツハフハフとオムライスを食べている輩がいる。
大好物にも程があるんじゃないだろうか。
「あのぉ、先生」
「何? 公太郎君」
「おかわり……ってあります?」
「……欲しければこれに名前を書いて」
「いいすよ」
「おまっ、今どういう状況なのか分かる?!」
「へ? だってここ入ればオムライス食えるんだろ?」
ごちそうさま、そう言って公太郎は入部届けを書き始めた。
そんなんでいいのか、公太郎。
「さぁ柳谷君も書いて!」
これが同調圧力というやつか。
日本の美しき協調性ってやつだな。
いやしかしこんなところでそれを求められては困る。
「先生」
「何? 柳谷君」
「どうしてそんな必死なんですか? 部員勧誘するならまだ新入生いっぱいいるんじゃないですか?」
「……無くなるのよ」
「え?」
「このままだと家庭部無くなっちゃうのよ、来年には」
「どういうことですか?」
「……変だと思わないの? とっくに部活動の時間だっていうのに、部員が誰もいないなんて」
まぁそれは確かにそうだ。
しかしそれは先生へのサプライズってことだったハズだが。
「ここに今部員がいないのは単に家庭部の部員がいないだけ。サプライズとかも無いから。自作自演よ!」
そんな堂々と白状されても困るのだが。
となると不思議な点が一つある。
俺は迫真の表情をした先生に問いかけた。
「公太郎の見た部員っていうのはどうしたんですか?」
「あぁ、あの子ね。色々兼部してもらってるから、ここだけにとどまっている訳じゃないの」
「兼部?」
「そう。無くなりそうな部活がここだけってわけじゃないのよ」
それから先生は窓から遠い空を眺め、話し始めた。
来年廃部になるのは、ここを合わせて三件あること。
新人教員には毎度各部活の立て直しを押し付けられていること。
そして対象となったのが芦尾先生一人だけということ。
この学校の教員間にある、軽い闇が垣間見えた気がする。
「もし立て直しが出来なかった場合、私の評価が……」
そう言って青冷める先生。
先生って仕事も大変なんだなぁ。
「部員って三人いないといけないんでしたっけ?」
「ここの校則では五人以上よ。だから今ここにいる三人だけでも、もう二人連れてこないといけないわ……」
半ば連行は前提なのか……。
ていうかもう俺入ってることになってるのか。
しかもちゃっかり悠花も。
……もう二人?
「兼部してる部員を数え忘れてませんか?」
「校則で兼部は認められてないから、あの子は実質無部の状態なの」
「そうですか……」
そうこうしてるうちに公太郎は入部届を書き終えていたようだ。
公太郎は入部届を先生に差し出し、スプーンを構えた。
「先生! オムライス!」
「……そこの冷蔵庫にあるから電子レンジで温めて」
「おっしゃァァ!!」
意気揚々と冷蔵庫へ駆け出す公太郎。
食欲旺盛の育ち盛りは違うなぁ。
半ば呆れつつ公太郎を見送ったが、確かにこのオムライスはうまい。
しかし入部届という犠牲を払うほどのものかと言われると、それは釣り合わないだろう。
公太郎は例外だが。
「さぁ先生の為だと思って入って! お願い!」
……半分泣き落としモードに入ってしまっている先生。
ここまでされると流石に良心が咎めるというものだ。
別に頑なに拒否する理由もないわけだし、ここは一つ立ち返って、俺が部活に入る目的を思い出してみよう。
『悠花の友達を作る』
これが最終目標であり、俺が学生生活を平穏に過ごすための到達すべき点だ。
友達を作るにはまず交友関係、環境を見つけることが重要だ。
俺はまず、俺自身の交友環境を見つけ、そこから悠花の交友関係を築いていくという段階を踏んだ作戦を実行することとした。
そのために部活というひと固まりの団体に身を置き、俺自身の友達を作ると決めたのだ。
そして現状に立ち返る。
人手不足により廃部寸前の家庭部。
唯一の部員は、今先ほど入部した公太郎。
頼みの綱である兼部部員は、実質無部の非公式。
……控えめに言って、駄目だろ。
答えはノーだ。
メリットが無い。
第一このまま部員が来なかった場合、来年にはこの部が無くなる。
つまり一年間ほぼ無意味に投げ出すことになりかねない。
こんなリスクにオムライスはかけられない。
「公太郎もやめとけ。もっと安定した部活探そうぜ」
「別に人集められれば問題ないだろ? 頑張ればなんとかなるって!」
「……まぁ、まだ部活決めてないやつらいるだろうし、出来ないこともないだろうけどな」
しかしわざわざそんな手間をかけてまで入るメリットが無い。
今日の今日で思い入れもない部活にかけられるような親切心は持ち合わせていないんだ俺は。
「ちなみに家庭部だけど、2年前に食中毒者出してて、親経由で伝わってるみたいだから。そのせいでここ数年誰も入ってこないのよ」
……絶望的な前情報である。
これで余計俺が入部しなくなるとか考えないんだろうか。
明確な拒否理由もできたとこで、俺は立ち上がり、出口へと向かおうとした。
「待って柳谷君!」
「そこまで言われたら誰も入りませんよ先生」
「羽衣月さんも入ったわ!」
「……はい?」
「――契約完了」
ビシッと入部届けを見せつける悠花。
なんなんだそれは。
俺にも入れアピールなのか。
「帰還の際は空汰を共に。マイファザーからの指令」
あからさまなアピールに変わった。
これでもう俺の味方はいなくなったわけか。
いや、味方なんてここに来た時点でいなかったのかもしれない。
この状況から抜け出すのはもう至難ばかりだ。
潮時だな。
……というかもう帰りたい。
「分かりました。俺も入ります」
「本当?! ありがとう!!」
当初の目的とは違うが、部活に入る目標は達成した。
まぁここからなんとか部員を増やしていけば、目的達成は叶うだろう。
なんで悠花まで入ったのか理由は定かでないが、こうなってしまっては仕方がない。
俺はこれから待ち構えている、考えうる限りの弊害に不安を抱きつつ、書き終えた入部届を先生に差し出した。