episode5:部活
――二時限目終了。
あいも変わらず俺は学生生活を送っている。
学生なのだから当然なのだけれども。
さて、“悠花に友達を!”と豪語はしたものの、手立てが一向に見つからない。
正確には口に出していないから俺の中止まりの話ではある。
つまるところ、まだ諦める余地はあるし、そもそも口外してないから無いも同然の約束事なのである。
……詐欺師の常套句みたいになってしまったが、断じてそうではない。
そもそもの目的は、俺が悠花と登下校を共にしていることにより発生する弊害から逃れるために立てた目標だ。
自ら首を絞める結果を招いてはいけない。
今一度そのことを肝に銘じ、作戦を練ることとした。
「空汰ー! 購買行かねーか? 俺腹減ってさぁ」
公太郎だ。
こいつの性格であれば易く友人も増えているだろうに、変わらず俺のところに顔を合わせに来てくれている。
やはり持つべきは旧友だ。
しかし、いつまでも旧友とだけ交友を深めていくというわけにもいかない。
学校とはいわば社会の縮図だ。
公共に生き、協調し、存在意義を有しなければいずれ淘汰される。
どこぞの中二病患者でないのだから、高校生相応しく交友を広げていくつもりだ。
席には恵まれなかったが、まだ望みはある筈。
ここで諦めることは容易いがまだ早いだろう。
高校生活はまだ始まったばかりなのだから。
「……腹減った、ってまだ二時限終わったとこだろ」
「いやー、春って腹減るよなー」
「どういう理屈だよ」
公太郎の食欲は昔からあいかわらずのようだ。
おかげで小学生の頃俺と同じくらいだった筈の身長も、今では頭一つ違う。
食欲旺盛もその身体と共に成長しているんじゃないだろうか。
「おっ、お前の悠花さんも購買行くのかな」
「俺のでは無い。断じて」
不穏な公太郎の一言に早くも妙な噂が流れている予感を危惧した。
これは一刻も早く対策を講じなければ。
ひとまずそれはそれとして、公太郎の話通り、悠花は席を立っている。
流石に用件が購買では無いことは言わずもがな、しかし悠花はただ席から立ち上がったままでいる。
周りもその異様さに気付き、視線は悠花に集まっていた。
「いざ行かん礼拝の刻!」
悠花は何の前触れもなく唐突にそう言い放ち、ビシッと力強く廊下の方を指差した。
丁度運悪く、教室に入ってきた女子生徒は差された指に戸惑っていた。
俺は勿論関係ないのだが、この申し訳なさから是非ともその女子に謝罪をさせて頂きたいと思った。
周囲の様子はというと、ほぼ怯えたような引いているような状態で距離をとり始めているのだった。
悠花本人はそれをさも気にしていないようで、スタスタと教室を出ていった。
そして奇妙な緊張に包まれていた教室は、徐々に日常を取り戻していった。
あの瞬間、“羽衣月さんは痛い子”、という共通認識がこのクラス全体に生まれたことだろう。
「……何事?」
「気にしない方が身のためだと思うぞ」
流石に公太郎も呆気に取られている。
無理も無い。
この状況に慣れる方がむしろ異常だろう。
「まぁいいか。悠花さんといえばさ、前にチラッと聞いたけども、空汰と悠花さんは兄妹になったってことだよな」
「あぁ、戸籍上は義兄妹とかになるんじゃないかな。よくわからないけど」
「ふーん。羨ましい話だよな」
「お前はあれを見てもまだそんなことが言えるのか?」
「……でもみんな噂してるぜ。“あの二人いつも一緒に来てるよね”とか“×××が××で××なのでは?”とか“リア充○ス、慈悲無シ”とかなー」
「最後あたり穏やかじゃないな」
「しかも悠花さん見た目があれだからよ、他のクラスでも既に目を付けてる男子がいるそうだぜ」
そう、悠花は見た目だけであれば誰もがお近づきになりたい可憐さを持っているのだ。
俺だって初見は喜んでいた。
「でもこのクラスの男子はもう薄々気がついただろ。現実は甘く無いと」
「そうだろうな。でもまだ他のクラスの男子がいるから、まぁ夜道には気を付けろってことだな! じゃあ俺、購買行ってくるから」
「おい、何去り際にサラッと怖いことを?!」
俺の叫びを聞いたか否か、公太郎はスタコラと去っていった。
しかしやはり、一度クラスにちゃんと説明する必要があるな。
妙な誤解をされたまま噂が広がっては、それこそいずれ俺は精神が滅入って不登校になってしまいそうだ。
義兄妹であること、その成り行き上、登下校同行していること、そして一緒に暮らす家族だということ。
ここまで説明すれば文句あるまい。
しかし説明するにも俺はまだクラス全体に浸透しきっていない。
これは悠花のことも言ってられない。
むしろ悠花の方が先にクラスに浸透しそうだ。
それは勿論、俺が求める意味ではなく。
ともかくだ、悠花に友達を作るには、まず俺が友人関係を築いていかなければならない。
さて、どうしたものか。
そうこう考えてるうちに三時限目の予鈴が鳴り始めた――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――昼休み。
この吉並高校には食堂があるのだが、大抵運動部がひしめいており、とてもゆっくりと座ってはいられない。
そのため昼は弁当を持参し、教室で公太郎と食べることにしている。
さて、ここで重要なのが“誰と食べるか”というところ。
結論、今のところ俺はぼっちではない。
ところで、こいつは今三個目のおにぎりを食べていたハズなんだが、いつの間にかカップ焼きそばに手をかけている。
新手の手品かな?
「よく食うよなぁ」
「? ……あげないぜ」
「いらないから。てか公太郎、そのお湯はどこから沸いてきた」
「家庭科室で沸かしてきた」
「……そうか。って家庭科室ガラ空きなのか」
「いや、先客がいたんだ」
「先客?」
「あぁ、家庭部って言ってたんだけどよ、一人しかいなかったんだよなぁ」
「多分放課後の活動分の下準備とかじゃないか?」
「なるほどなー。そういえば部活決めたか?」
公太郎に聞くまですっかり忘れていた。
部活の体験見学の存在を。
何も交友関係をこのクラスだけに求める必要はない。
いや必要がないわけではないが。
しかし名案だ。
「よし! 今日は部活見学へ行こう!」
「お、おぅ……。なんかよく分かんないけどやる気だな。じゃあ俺も行くぜ」
俺の作戦の第一歩としてまず、部活に所属し、交友を築こう。
『悠花の友達を作る』計画第一段階、始動だ。