episode4:帰還
「帰還!!」
「はいはい」
入学式という今日のメインイベントが終了し、俺たちは帰宅した。
相変わらずわけの分からない中二ポーズをキメている悠花をよそに、俺はまっすぐ二階の自室へ着替えに向かった。
ちなみにこの家は、郵便受けに合鍵がある為、知られてしまえば誰でも入れる。
不用心と言えばその通りだが、目ぼしい物などこれっぽっちもない家だ。
わざわざ強盗などが入ろうものなら、馬鹿の所業と嘲笑えることだろう。
まぁそんな馬鹿が現れるとも思わないが。
しばらくして、母さんたちが帰ってきた。
「たっだいまー!」
「おかえり。どこ行ってたんだ?」
「内・緒!」
と母さんが歳不相応なポーズを披露してきた。
俺が反応しあぐねていると、春男さんが苦笑しつつ家に入ってきた。
そして春男さんは母さんの背中を押しつつ、キッチンへと退場して行った。
そういえば、何か違和感があると思ったら、春男さんの持っていた大量の荷物がすっかり無くなっている。
今、春男さんが手に持っていたのは、買い物袋のみ。
おそらく今晩のメニューと、朝食分のおかずが入っていることだろう。
そして、玄関にもあの大量の荷物の姿はない。
あれは何だったのだろう。
引っ越し荷物の整理で本でも売りに行ったんだろうか。
現に春男さんの部屋には大量の小説がある。
となれば、そう考えるのが自然なところだろう。
そんな取り留めのない詮索をしていると、悠花が二階から降りてきた。
「悠花ちゃんただいま! 今、晩御飯の用意するからね~」
「饗宴の宴!」
それって意味被ってるんじゃないだろうか、と俺は心の中でツッコミを入れつつ溜息を吐いた。
「空汰、お昼外で食べてきたのね。二人きりで? あらあら~?」
「違う。公太郎もいた。同じクラスだったんだよ」
「あら公太郎くんも同じ高校だったのね~。良かったじゃない!」
「あぁうん」
母さんは上機嫌な様子でキッチンへと消えていった。
キッチンでは既に春男さんが料理に取り掛かっていた。
あぁ、春男さん料理できるのか。
よくよく考えると、娘一人育てるだけの能力は備えてる人なハズだ。
職を持ち、稼ぎ、家事もこなせるとなると、かなりハイスペックな人物かもしれない。
ここでふと気になったのは、羽衣月家の家庭事情だ。
前の奥さんはどうしたのかとか、今回再婚に至った経緯とか、まだそういう込み入った話は聞いていない。
あとで機会があったら聞いてみよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
晩飯も食べ終わり、俺は自室に向かった。
ちなみに後片付けも春男さんが率先して取り掛かっていた。
流石に全部任せるのも頼りすぎていると思い、声をかけてみたが「俺が好きでやってるんだからいいよ」と笑顔で返されてしまった。
いい人としかいいようがない。
何故この父にあの娘なんだろうか。
遺伝子の不可思議に触れつつ、俺はスマホを弄りながら寝転がっていた。
しばらく転がっていると、風呂が空いたから入りなさいと母さんからのお達しがきた。
部屋のドアを開けると、風呂上がりの悠花とばったり鉢合わせてしまった。
悠花は例のごとく痛いポーズをバッとキメてきた。
それは人に会ったら必ずやらなければならない決まりでもあるんだろうか。
「お湯は先に頂いたっ!」
「お前は怪盗かなんかかよ! 廊下狭いんだからキメてないで避けてくれ」
悠花は若干ムッとした表情をしたが、すぐに自分の部屋へ行った。
俺の横を通り過ぎるとき、ほのかに香るシャンプーの香りに一瞬気をとられたが、相手はあの中二病だ、という現実を自らに突き付け、我に返った。
これで自制が効くのがいいことなのか定かでないが、俺の考えることじゃないだろう。
俺はこの気疲れを癒しに、風呂へ向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――翌朝。
結局、悠花とは電車も同じ時間のに乗るわけで、一緒に登下校する形となった。
母さん的にも春男さん的にもそれが一番安心だそうだ。
まあ確かに年頃の女の子を一人で歩かせるのは心配もあるだろう。
それと、悠花の方向音痴の件も念押しのように言われた。
一体、どれだけ酷いのだろうか。
放置して逆に見てみたい気もするが、後始末が結局俺に回るだろうし、それはやめておこう。
まあそんなことはいいとして、制服の異性が隣同士で歩いている、というこの状況を見てみよう。
当人は何の気にも留めていない様子だが、俺は気にするぞ。
しかもこの登校時間だ。
他の生徒の目がないハズが無い。
非常に良くない。
クラス中であること無いこと言いふらされたりでもしたら、俺の高校生活が終わりを告げてしまう。
それだけは是非とも避けたい。
誰か俺の代わりに面倒見れるような、そう、悠花の同性の友達を探さなくては。
出来れば家が近い人が都合いい。
いつまでもこんな生活を送るわけにはいかない。
ということで、俺の高校生活第一目標。
『悠花の友達を作る』
……前途は多難そうだ。