episode3:入場
――体育館入口前に着いた。
悠花は遥か前で並んでいる。
今のところ大人しそうで安心だ。
……って俺は保護者か。
それにしてもさっきの爆睡女子の姿がない。
いくらなんでも式には出ないとまずいだろうに。
あのヤンキー男ならともかく。
もしかしてあの女子、ただ体調が悪かっただけなんじゃないか?
だとすれば俺は失礼なことをしてしまったんじゃないだろうか。
いやしかし、初対面の見ず知らずの相手の体調など、俺が分かることじゃない。
過ぎた話はよそう。
『新入生入場、拍手でお迎えください』
アナウンスが聞こえた。
入学式が始まる――。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『新入生退場。この後HRがありますので、各自教室で待機して下さい。』
入学式を終えた俺たちは、バラバラと各教室に戻っていった。
それに続いて親達も退室を始めた。
「ちょっと空汰」
「何母さん、式終わったしあと用無いだろ」
「そうそう、私たちあと用なんてないから、ちょっとお出かけしてくるわね~」
「私たち……って、春男さんと?」
「そぉよ~。あんたもHR終われば今日帰れるんでしょ? お昼はどっかで食べてもいいし、家の冷蔵庫にもなんかあるはずだから。」
「……わかったよ」
「あっ、悠花ちゃんもちゃんと連れて帰ってね」
「帰りもか!」
「だって、あの子“方向音痴”なんだもの」
「……まじか」
「まじよ~。じゃ、母さんは春男さんとランデヴーしてくるから」
母さんはそう言ってスタスタと玄関に向かっていった。
玄関には春男さんが立っている。
それも何故か大量の荷物を持って。
春男さんも大変だな。
さて、両親のことはまず置いといて。
教室に戻って、HRだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「よーし皆揃ったかな~? HR始めますねー」
教室に先生が入ってきた。
「えー、私は1-A担任の“芦尾 真里”です。担当科目は家庭科、好きな食べ物はオムライスです!」
「あっ先生俺もオムライス好き!」
教室に沸く笑い声。
流石、公太郎だ。
ここの多くは初対面。
相手も自分もどんな人間なのか分からない。
その中で、自分が目立つというのはリスクもある。
だが、公太郎はクラスのみんなを笑いへと導いた。
ああいうタイプのやつが、将来困らないんだろうな。
俺が深い考察をし過ぎている中、例の隣人達は右方欠席、左方爆睡と相変わらずであった。
「そんなわけで、一年間よろしくお願いします。ちなみに、席替えは先生達が皆の名前覚えやすいように番号順にしてるから、しばらくはそのままね」
願いは虚しいものだなぁ。
この世の無情を愁いていると、終業のチャイムが鳴った。
さて、帰り仕度をするとしよう。
相変わらず悠花は一人だったようだ。
席は俺より恵まれているというのに、勿体ないやつだ。
しかし、あの容姿なら周りも少しは興味を持ちそうなんだが。
……もしかして、話しかけられた人全員に中二対応をしてしまったのではないだろうか。
であれば、この結果は当然か。
自らその機会を潰していくとは、難儀な中二病だ。
まぁ、俺は保護者でもなんでもないから、どうにかするとか微塵も思ってない。
どうにかしてほしい、とは思っているが。
「悠花、帰るぞ」
「む、我は一人でも拠点に戻れる。問題ない」
「本当か?」
「……問題、な、い」
「たどたどしいじゃねぇか……」
「おーい空汰ー! メシメシー! って誰だこの子? もしかして空汰!!」
「断じて違うぞ」
「またまたぁ~」
「こいつは悠花。かくかくしかじかで一緒に暮らすことになったんだよ」
「へぇ~、そいつは大変だ」
自分で言ってなんだが、“かくかくしかじか”は便利な呪文だなぁ。
と、俺が馬鹿な事を考えていると悠花が横からしゃしゃり出てきた。
「悠花は現世での名。我は神に使えし天使である!」
「……おぅ」
公太郎が反応に困っている。
なんか、ごめんな。
「あっ、そうだ空汰、メシ行かねぇか」
「あー俺、こいつ送らないといけないんだ」
「いや、折角だから三人で行こうぜ! えっと~羽衣月、さんもいいよな!」
「同行する。それと悠花で構わない。」
「おっけー、そいじゃ行こうぜ」
――ということで俺たち三人は、某バーガーチェーン店に着いた。
学校から徒歩5分もすれば街中に入れる為、大抵の買い物や飲食はこの辺りで済むのだ。
店内には、うちの制服もちらほら見られる。
考えることは皆同じというわけだ。
注文を済ませた俺たちは窓際の席に座った。
「空汰、公太郎は古くからの友か?」
「あぁ、まぁな。中学からは別々だったけど」
「空汰とはよく遊んだよなー! また家遊びに行ってもいいか?」
「休みの日とかな」
「やったぜ! それで、悠花さんは中学どこだったんだ? 別の市に住んでたって話じゃん」
「それは最高機密、口外できる類ではない」
「え~何だよそれ~。いいじゃん学校ぐらい」
「天に召されたく無くば、これ以上詮索するな」
悠花がまたふざけはじめたので、これ以上聞いても無駄だと思い、早々に話を切り替えることにした。
「そういえば公太郎、部活とか考えてたか?」
「あー、部活かー。小中とも運動系ばっかだったしなぁ。そろそろ違うのもやってみたい気もするんだよなぁ」
「例えば?」
「例えば、といわれてもすぐには浮かばないけどさ。文化系もいいんじゃねぇかなーって」
「文科系か。俺は中学パソコン部だったしなぁ。三年もやったし、俺も別のことやりたいな」
「悠花さんは? 何かやりたいことある?」
「天界統治」
「天使の領分わきまえろよ!」
「いずれは神に、成り替わる!」
「アッハハ! おっもしろいな~悠花さんて」
「俺は疲れる……」
「まぁまぁ。部活は明日から体験見学あるし、それ行ってから決めても遅くないだろ」
「それもそうだな」
そうして俺たちは昼飯を食べ終え、店を後にした。
「あーそっか、空汰ん家、こっから結構遠いんだっけか」
「あれ? 確かお前のアパート、俺の家からでも歩いて行けなかったか?」
「いや、小学校の時親父の仕事の関係で引っ越してから、こっちに戻ってきた時にはアパート空きなくてさ、別の場所借りたんだよな」
「それでチャリで来てたのか」
「そういうことだ。だからあとで案内するからさ、俺ん家にも遊びに来いよ!」
「あぁ、分かった」
「悠花さんもな!」
「心得た」
「それじゃ。また明日な」
そう言って公太郎は颯爽と自転車で走り去っていった。
相変わらず元気なやつで安心した。
久々に会ったやつの印象が前と全然変わってしまうのは、受け手側からすると、かなり打ち解けづらいものがあると俺は思っている。
これはつまり、お互い何も変わりなく過ごしてたってことか。
悲しいやら嬉しいやら、まあ初日から心強い交友関係があるのはいいことだ。
「それじゃあ、俺達もぼちぼち帰るか」
「歓楽の街中へは」
「面倒臭い。行かない。」
あいにくそんな予定は微塵も考えていない。
俺は早く帰って休みたい。
それに他の生徒もいるであろう街中で、こいつを連れて歩くなんてリスクの高いこと、この上ない。
この世の終わりみたいな顔の悠花を置いて、俺は駅の方に歩き出した。
「我を置いていくとは、万死に値する!」
「どんだけ厳しい法が布かれてんだお前の設定は……」
これから毎日このテンションに付き添わなければならないのか。
まぁ流石に明日からは、放って置いても登下校は一人で大丈夫だろう。
せめて学校だけでも安息地帯であってほしい……。