episode2:教室
「ここだな」
駅から歩いて数分、目先に吉並高校の校章が見えた。
“入学式”の垂れ幕が張られた校舎。
新入生であろう生徒と、横に並んで歩く親の姿がみえる。
実にまぶしい光景だ。
もちろん俺もその一人なわけだが。
ちなみに、俺達の親は式の開始に合わせて来るらしい。
「悠花、春男さんかなり眠そうだったけど、いつもあんな感じなのか?」
「月が出ているうちは」
「まさか、式に遅れて恥かくなんてことは……」
「問題ない。マイファーザーは、やるときはやる男」
「そうかい」
とりあえずそれは信じておこう。
第一印象としても、まじめそうないい人だったし、大丈夫だろう。
「えーと、新入生は1年教室で待機、か」
案内板に従い、歩いていく。
教室前には、クラス分けと席順の張り紙があった。
今年の1年はA~Dの4組で収まるようだ。
大体三十人で一クラスみたいだな。
「1-Aか。悠花は?」
「奇しくも等しい」
「おー、まぁよろしくな。じゃ、俺後ろの席だから。近くの席のやつぐらいは仲良なっとけよ」
「ぅ……」
悠花の小さいうめき声が聞こえたが、気にせず自分の席へ向かう。
この世は弱肉強食だ。
なんか違う気もするけど、現実は甘くないってことが言いたいから、近しいだろ。
まあ中二病拗らせてても流石に高校生だ。
親しい友人も今までにいただろうし。
友達ぐらい、自然にできていくハズだ。
何も心配ないさ。
それよりまずは、我が身が先だ。
先ほどまで散々他人のことを言ってきたが、俺も言えた口ではない。
席に座ってはみたものの、周りは既に和気あいあいしており、とても滑り込める間が見当たらない。
もういっそ物理的に滑り込んでウケを狙いに行くのも手だが、今後の俺の立ち位が半ば決まってしまう危険性がある為、それは最終手段としよう。
しかし、このクラスにも知り合いぐらいはいるハズなんだが、真新しい制服と知ない顔が相乗効果し、うまく認識できない。
やれやれと肩を落としていると、隣から声が聞こえた。
「おーい。お前」
「ん……俺?」
「案内の紙落としたぞ~、って空汰じゃねぇか!」
「もしかして……“公太郎”か?」
“飯井 公太郎”。
小学生の頃、よく遊んでいたやつだ。
中学からはバラバラになり、気が付いたら連絡するのも忘れていた。
我ながら酷い有様だ。
「久っしぶりだな~! 元気だったかよ!」
「ま、まぁまぁやってるよ」
「なんだそりゃ、ははっ!」
そうだ、この他愛もない会話。
これこそ高校生らしいじゃないか。
ようやっと一歩を踏み込めた感じではあるが、実際は初対面と打ち解けたわけでないし、公太郎は前席の方だ。
これでは悠花に言った言葉がブーメランしてしまう。
せめて名前だけでも把握しておかないと、と俺は近い席を見回す。
「右隣は、……いっ!」
あきらかにヤンキーな男だ。
悠花と違う方向で痛いタイプ。
目が合わなくて助かった。
これは知り合いになるだけ損だ。
見た目で判断するのはよくないのだろうが、制服を着崩し、机の上に足を上げてんぞり返ってるあたり、その印象通りでしか受け取れない。
おまけに思いっきり茶髪だ。
金髪でないだけよかったと思えばいいのか?
案の定、彼の周りに近寄る人はいないようだ。
俺の周りにもなんだか人が少ないと思っていたが、こいつの影響だったのか。
早々に席替えを願いたい。
右は望み薄、左は……。
「寝てる……」
ことごとくだ。
運が悪いとしか言いようがない。
公太郎も席の方に戻ったようだし、退路は断たれた。
式まではもう少し時間がある。
さて、と。
俺は左にならい、ぐったりと机に突っ伏した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「新入生のみなさん、おはようございます!」
勢いよく入ってきたのは、おそらくここの担任になる先生だろう。
ようやく式のはじまりか。
先生が入って来ると同時に、バラバラと座り出すクラスの生徒達。
始業前着席状態だった俺は、ゆったりと伸びをした。
ふと右隣に目をやると、その席にあのヤンキー男はいなかった。
指導室行きか、はたまたエスケープか?
まぁどうでもいいか。
左隣は相変わらず寝ている。
起こした方がいいんだろうが、相手は女子だしなぁ。
下手に触るのは厳禁だろう。
放っておいても、式へ向かうみんなの物音とかで起きるハズだ。
しばらくすると、式へと向かうよう指示がされた。
がやがやと廊下に出る生徒達。
前席から順に並んでいくのに従い、俺もそろそろかと立ち上がる。
しかしお隣の彼女は、すやすやと寝息を立てている。
一体、何ターン眠るつもりなんだろうか。
廊下のほうももうすぐ並び終わりそうだ。
……流石に起こした方がいいよな。
周囲の目というものもあるし、ここはさりげなく椅子の足を軽く蹴る形でいくとしよう。
これでも起きなければあとは自己責任だ。
俺は廊下へ向かう流れでスッと足を伸ばし、対象の椅子の足にひっかかりつつ、こけそうなフリをして一言。
「おっとごめん! 引っかかった」
これで自然さもアップだろう。
我ながら完璧だ。
彼女もようやく上体を起こし始めた。
これにて一件落着、と俺はみんなの並ぶ廊下に向かった。
「なに人の椅子蹴ってんのよ」
その声は後方から聞こえた。
「人が寝てるっていうのに、何だってのよ」
俺はその声を初めて聞いたが、声の主は分かっていた。
聞こえなかったふりをしてその場を立ち去ろうと歩みを進めたが、偽装虚しく声の主に腕を掴まれた。
「ちょっと聞いてんのあんた」
ここまでご指名されてしまっては仕方がない。
俺はなるべく自然に、かつこの場をスムーズに去れるよう言葉選びを始めた。
「いやぁごめん、椅子に引っかかっちゃって。でもそろそろ集合しないと入学式始まっちゃうしさ、君も行かないと」
「行かないと何なワケ?」
「えっ、いや何って言われても」
「ったく、邪魔だからどっか行って」
「じゃ、ま? ってお前!」
「五月蝿い」
彼女はその一言で一蹴し、再び眠りについた。
なんで両隣問題児なんだ。
……これ以上関わるのはよそう。
俺は、今日の運勢を最悪にした神に中指を立てつつ、早々の席替えを切に願いながら、入学式が行われる体育館へと向かった。