episode10:活動
――さて、家庭科室に着いたところだ。
机に突っ伏している公太朗の腹から、景気の良い鳴き声が聞こえる。
これがのちに家庭部の活動開始合図になっていくことだろう。
と、ふざけた思考を巡らせた俺は、家庭科室を見回した。
今のところのメンツは、公太朗、悠花と俺。
先生はまだ来ていないようだ。
悠花はというと、何故か教壇の机で頭を抱え苦悩の中二ポーズをキメ、座っている。
頭を抱えたいのはこっちである。
なにやらブツブツと喋っているが、触れないのが身のためだろう。
「ごめーん! 職員会議長引いちゃって。みんな揃ってる?」
バタバタと先生が入ってきた。
「あ、お疲れ様です。俺と公太朗と悠花、揃ってます」
「よーしオッケー。じゃあ活動を開始します!」
先生の掛け声により公太朗がムクリと起き出した。
「せんせぇ~、腹が減りました~」
「んーそっかそっか。じゃあせっかくだし、みんなで何か作ろっか! ちなみに作れるものってある?」
「俺はー、大半なんでも作れるかな~」
「……えぇ?! 嘘だろ公太朗」
「嘘じゃねーよ。まぁ俺ん家親仕事忙しくて、飯は大抵俺が作ってるからってだけだけどな!」
旧友の意外な一面が知れた。
俺は公太朗に一つ負けた気がした。
……何の勝負かは分からないが。
さて、こっちにも一応聞いておくか。
何となく想像で分かってはいるが、答え合わせに。
「悠花は料理、どうなんだ?」
「願うは美味なる晩餐の宴を……」
「はいはい。で、どうなんだ?」
「……むり」
はい正解。
想像通りだ、おめでとう俺。
「まぁ俺も簡単な卵料理とかぐらいしか出来ないから、似た様なもんだろうけど」
「おい空汰……、まさかと思うが“卵かけご飯”を料理と言ってるんじゃあないだろうな?」
「……ダメか?」
「いやダメだろ」
「まぁそれは流石に冗談だけど、肉焼いたり野菜炒めたりぐらいならできるから十分だろ?」
「んんー……、まぁそれなら料理、だな」
公太朗から無事OKを貰えたので一安心だ。
しかし同時にここでの俺の立ち位置が決まってしまった感は、否めない。
単純な日頃の行いの差だから仕方がない。
こうしてみんなの実力把握が出来たところで、先生がパンッと手を合わせ、口を開いた。
「なるほどなるほど。じゃあ今日は最も初歩的な“目玉焼き”でも作りましょうか」
悠花のオロオロ具合を見かねてか、だいぶハードル低めのお題が出た。
油敷いて卵割って焼くだけ、ナイスチョイスだ。
俺だって何度か作ったことがあるし、流石にあの中二病にも出来るだろう。
早速俺たちは準備に取りかかった。
――数分後。
「う……」
小さなうめき声が聞こえたようだが、俺は構わず料理を続けた。
「おーい、空汰。まだかー?」
「急かすなって。こっちは普段やらないから慣れてないんだよ」
「うぅ……」
卵の焼ける音と共に、またうめき声が聞こえる。
俺は関わりたくないので、いそいそと自分の料理を皿に盛り付けた。
少し遠くで見ていた芦尾先生が見かねて近づいていく。
そいつを甘やかしても、ロクなことにはならないと思うのだが。
「羽衣月さーん、大丈夫?」
「……う、無事」
悠花の周りには、無惨にも砕け散った白身と黄身が、あらゆる調理器具と机に纏わり付いている。
どうやったらこんなことになるんだろうか。
これはむしろ前衛的な芸術なんじゃないだろうか。
そして、どこをどう見たら無事なのだろうか。
「うーん。……羽衣月さん、一旦落ち着いて、片付けしよっか」
芦尾先生が諦めた。
この状況で続行しても何も生まれないのは確かだ、無理もない。
しかし、ここまで酷いとは、なんて奴なんだ。
先生の助力の末、しばらくしてから皿が差し出された。
目の前には、ほぼ真円に近いとても綺麗な目玉焼きと、少し形の崩れた俺の目玉焼き、そして深淵とも言える何かがそこにはあった。
「ダークマター?」
「……やみを、しょうかんして」
「苦し紛れに強がんな」
「うぅ……」
「まぁまぁ柳谷君。とにかく食べてみましょ。もしかしたら味はおいしいかもしれないし」
この見た目でおいしい可能性が先生の中ではあるということなのか。
……教員って大変なんだな。
「まぁいいや、腹減ったし。いっただっきまーす!」
「あっ、公太郎!」
「んー……、うぉっ! んぐっ?!」
公太郎は、箸を床に落とし、口から泡を吹いたまま机に突っ伏してしまった。
かわいそうに。
しかし初っ端からそれに手を付けるとは、勇者と言わざる負えない。
お前の骨は、あとで拾ってやるから安らかに眠っててくれ。
「っ?! ……これが闇の力!」
「悪魔の所業だろ!」
「……成程。流石空汰」
「何の感心だよそれは!!」
残るは俺の目玉焼きと、公太郎の作った目玉焼き。
もちろん安全性しかない。
どちらを取っても良かったが、公太郎のは出来が良すぎて俺にはとても手が出せない。
ここは無難に地産地消といこう。
俺が皿に手を伸ばすと、皿が逃げて行った。
「おい、悠花」
「……これは私が頂く。光栄に思え」
こいつの中では、どんな設定になっているんだ。
立場がわけ分からな過ぎる。
「俺のを酷評しようとしたって無駄だぞ」
「――ギクッ」
図星なのかよ。
こんな中二病、相手にしても疲れるだけだ。
仕方がなく俺は、公太郎の作った素敵な目玉焼きに箸をつけた。
「おぉ……これは」
黄身の部分が半熟だ。
箸を入れた途端にとろりと崩れ、白身の上を滑っていく。
俺は黄身の崩れた真上から醤油を垂らし、白身に切れ目を入れる。
程よい感触で切れた白身を黄身に絡め、口へと運ぶ。
とろけた黄身はまろやかに、白身を焦がした面は香ばしさを与えてくれる。
「うまい……っ!」
そう、俺はまさに至福を味わっていた。
公太郎、是非俺の家に遊びに来てくれ。
感無量の俺の向かいの席では、中二病が何やら取り出していた。
「目玉焼きに……、ソース派?」
「地獄の番犬が誇るソースこそ至上」
「それブル○ックだろ」
「……この世では、そう呼ばれているらしい」
そもそもこいつ首一つしかないだろ。
下らない突っ込みを胸に仕舞いながら、俺は残りを堪能した。
悠花は、さも不服そうに目玉焼きを平らげていた。
「はい! じゃあ今日の活動はこれでおしまい! みんな片付けしようね。先生は職員室に用があるので、終わったら鍵を閉めて私に持ってきてねー!」
あっという間に今日の部活動が終了してしまった。
一人の犠牲者を残して。
「あっそうだ、公太郎? 無事か?!」
「うーん、腹減った……。あれ、何で俺寝てたんだ?」
どうやら前後の記憶が飛んだらしい。
本人にとってそれが一番幸せなことだろう。
俺は特に何も伝えることなく、片付けを続行した。
それにしてもなんてものを作る中二病なんだ……。
うちでは悠花を料理場に立たせてはいけないな。
俺はそう固く決心した。