episode9:方針
彼の友人に。
などと決意したものの、どうしたものか。
当人は相変わらず、一人で本を読んでいる。
ブックカバーが真っ黒で、一体何を読んでいるのやら分からないが。
先程までまばらにいた生徒も、いつの間にか片手で数えられる程に減っている。
放課後なのだから当たり前だが。
しかしあいつ、いつまで教室にいるつもりなんだ。
そんなに本が読みたいなら家に帰ってゆっくり読んでいればいいのに。
いや、もしかしてあいつは既に何かの部活に所属している?
であれば、それまでの暇つぶしにこうして教室で一人で本を読みふけっているのも納得だ。
きっとそういうことだろう。
しかし念のためだ、聞いてみよう。
「よ、よう。やっぱり家庭部には入れない?」
「しつこいね君。言っただろう? 僕は家庭部になんか入らない。」
「それはつまり、既にどこかの部活入ってるってこと?」
「……この“鷹宮 春繁”には夢がある。その為の努力は惜しまない。その為に無駄なものはいらない。理由は以上だ。」
……さっぱり意味不明だ。
一部どこかで聞いたことのあるような言い回しだが、気にしないでおこう。
全く対話になってない返答、こいつも見た目によらず不思議の国の輩なのか?
その類はもう十分足りている。
いや手に余るぐらいだというのに。
彼、鷹宮はやれやれとでも言うように深くため息を吐き、口を開いた。
「僕は華々しく迎えるつもりだった。この高校生活という重要な時期を。僕は努力した。その結果がトップでなければ僕はいけなかったんだ。」
なんだか話が見えないが、鷹宮は熱く語り始めた。
質問したのは俺のほうだし、黙って聞いておくことにしよう。
鷹宮は、なお熱弁を続けた。
「だが今年、僕は逃した。僕より優れた輩がいたんだ。この”吉並高校”、首席合格者は、新入生代表の挨拶を任される。ヤツはあの日、首席合格者として代表挨拶をするハズだった。だが、その姿は無かった。」
「そして当日。僕が代わりに挨拶をすることになった。念願の代表挨拶? いや違う! この僕が代替品? 見ず知らずの人間の?! 在り得ない!!」
迫真の激昂が響く。
それと時を同じく、教室に残っていたわずか生徒もそそくさと教室を出ていった。
できれば俺も出て行きたい。
……そういえばこいつ、新入生挨拶してたんだな。
たった今、朧気に思い出した。
おそらく大半の生徒は俺と同じような認識だろう。
鷹宮は、まだ続けた。
「……しかし、進行に穴を開けるわけにもいかない。ここで任を投げ出してしまえば、それでこそ恥さらしというもの。僕は臆病者なんかではない。僕は任を遂行した。」
いちいち芝居がかる話し方だなぁ。
やっぱり不思議の国出身だろうか。
そろそろ会話に加わろうかと思い、質問してみた。
「それで、その主席のヤツには会えたのか?」
「……いや、まだ会っていない。名前は先生から聞いたのだが」
「ふーん」
「クソッ!! 思い出したら腹が立ってきた。次こそこんなヘマはしない! 僕は帰る! 君も分かったらあと僕に付きまとうな!」
鷹宮はそう言ってバタバタと教室を出て行った。
いやしかし、あんな向上心旺盛の勤勉人間もいるんだなぁ。
改めて高校という社会の広さを知った気がした。
そんな話を聞いてたら俺もなんとなく気になってしまった。
主席合格した生徒、一体誰なんだろうか。
……名前聞いておけばよかった。
鷹宮と友人になるという目的は、華々しく散ったものの、ひとまずはその主席の生徒を探してみるのもいいかもしれない。
主席ってくらいだから多分、人脈とかも広くて、いい人なんだろう、多分。
そこから俺の友人ネットワークが広がっていけばいいなぁ、と淡い期待を寄せつつ、俺は家庭科室へ向かうことにした。