閉め出される。
本日、娘に閉め出されました。
娘はもうすぐ一歳十ヶ月になります。駆け回り、色々なイタズラを仕出かします。
まだ説明も完全には伝わらないし、危険のないことなら大体多目に見ていた私ですが、今回はヤバかった。
玄関の外にあるポストを覗き、「アラ結構色々来てるわ」なんてのんびり回収していたところ、鍵がカチャリとかかる音。
スゴく嫌な予感がしましたが、とりあえず平静を装ってドアを開けようとしました。
…………開かない。
私は表面上落ち着き払ったまま、果敢に挑戦します。
…………気のせいじゃなかった。
我が家の玄関は鍵が二つ付いており、娘の手が下の鍵に届くことは知っていました。
なのに私は丸腰と言える状態で家を出てしまった。
ボロい部屋着。キーケースなし。スマホなし。……打つ手なし。
実家は歩いて行ける距離なので、助けを求めることはできます。けれど我が家の鍵がある訳ではないので、電話を借りて仕事中の旦那さんに泣きを入れるくらいしかできません。家に娘を一人残して行くのも不安でした。
私は庭に回り(借家です)、窓を開けるように娘に頼みました。娘は楽しい遊びと解釈したのか、一緒になって窓を叩きます。
この間15分ほど経っていましたが、私はまだ平常心を心掛けていました。
なぜこういう時、誰も見ていないというのに、人はなに食わぬ顔を続けるのでしょう。そしてなぜ、走馬灯のように過去の情景が思い浮かぶのか……。
私は何年か前にもこんなことがあったことを思い出していました。
あれは旦那さんとまだ結婚前、同棲していた時のこと。
朝のゴミ出しを二人で行い、仕事へ向かう旦那さんを笑顔で見送り、さて中に戻ろうかとアパートのドアを開けようとすると。
…………開かない。
私は表面上落ち着き払ったまま、果敢に挑戦します。
…………気のせいじゃなかった。
どうやら旦那さん、無意識に鍵を掛けてしまったようでした。
この時の私の格好といえば、申し訳程度に羽織ったカーディガンにTシャツ、ショートパンツ、サンダル。季節は九月、朝晩の冷え込みが辛い時期でもありました。もちろんキーケースも携帯電話もなし。
アパートから実家はそこそこ近いけれど、歩いて行ける距離ではありませんでした。何よりこの防御力の低い格好で一時間近く歩く勇気はない。
旦那さんの上司の家が資材置き場になっていて、そこでまだ作業をしている可能性を考えました。資材置き場は比較的近いことを思い出し、私はうろ覚えのまま歩き始めます。
登校中の高校生、ゴミ出しに来たオバチャン、みんなが私を『変な人キタ』の顔で見ます。それでも必死に歩きました。
結果は惨敗です。方向音痴が仇になりました。
……もうここにすがるしかないと、私は近所の交番を訪ねました。
私より若いお巡りさんに『困った人キタ』の顔をされながら、事情を説明、保護されました。
お巡りさんは親切で、電話を貸してくれました。これで事件解決、と思いきや、私が間抜けなせいで話は終わらなかった。
旦那さんの携帯番号が分からない。というより、誰の番号も分からなかったのです。
実家の電話番号くらいはさすがに知っていましたが、折り悪く固定電話を解約したところでした。
私は誰とも連絡が取れなかったのです。
お巡りさんは更に、住所録に登録されている家主の電話番号なら調べられると提案してくれました。
すぐに自分のアパートの住所を言うと、登録されているのは自分の携帯番号でした。
旦那さんの上司の方に繋がればいいのでは?と、地図で探します。
……たどり着けないほど方向音痴なのに、分かるはずありませんでした。名字が掲載されてるけど、あたりを付けた近辺はちょうど上司さんの名字の密集地帯。この中から探すなんてムリ。そもそも、何度か顔を合わせたことはあるものの、旦那さんの上司に迷惑はかけられない。
とりあえず、実家の電話番号に連絡しました。
でもそれが実家の誰の番号かは分かりません。母なら遅く起きる人なので何時間も気付かないでしょう。姉の旦那さんなら、仕事中は電話の確認ができません。どっちにしても絶望的です。
そうこうしている内に、車同士の接触事故が起こり、当事者達がぞろぞろと交番へやって来ました。居たたまれない。
他人がいる場で事情を詳しく聞くことはできないということで、申し訳なさそうに取調室に追いやられました。
デスクが置かれた狭い個室。薄暗く、私は何をやってるんだろうと気が遠くなりました。まさか自分が取調室に入ることになるなんて、人生とは分からないものです。
しばらくすると、たまたま仕事終わりだった姉の旦那さんが迎えに来てくれました。閉め出しからかれこれ二時間近くは経っていたので、駆け付けてくれた旦那さんを見て大号泣。
しかも温まるからとロイヤルミルクティのペットボトルを差し出され、更に大号泣。
私は実家にめでたく保護されたということです。
娘はお昼が近くなりお腹が空いたのか、泣きながら窓の鍵を開けてくれました。
閉め出されて三十分程度だったので、あの時のような大ごとに発展しなくて何よりでした。
おしまい。