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妻の散文  作者: 朝な夕な
5/11

好きな人には意地悪をしたくなる方です。

 出産の話をします。

 娘は現在一歳七ヶ月の健康優良児なのですが、ちょっとトラブルがあり、私は帝王切開で彼女を産みました。

 予定日を過ぎ、もう少し様子を見ても出てこないなら入院ね、っていう年始の夜。陣痛が始まりました。

 最初は少し痛いな、くらいのものが、段々激痛に変わっていきます。痛みに弱い私は『ダメダメこれ死ぬわ』とすぐ弱音。旦那さんに叱られ、また励まされながら深夜に産婦人科へ。

 本当に痛みが嫌いだったので、事前に無痛分娩を選択していました。

 無痛分娩とは硬膜外麻酔を打って、ほとんど痛みのない状態で赤ちゃんを産むという方法。『出産の痛みなんて一生味わえないんだし』という友人もいますが、チキンな私はこの存在を知った瞬間『これだ!』と運命を感じました。

 画期的な無痛分娩が日本でまだ主流になっていないのは、『麻酔が万一胎児に影響したら』という考えが根強いからです。海外では当たり前だと言っても、ここは日本だし。という人もいます。『お母さんは出産の痛みに耐えてこそ一人前』という日本独特の考え方も普及を妨げています。特に最後の考え方はお年を召した方に多く、自分の母と旦那さんの両親が『自分の好きなように産んだらいいよ』と言ってくれるタイプだったので本当によかったです。

 話に関係ないですが、帝王切開になったことと無痛分娩には全く因果関係はなかったことを先に言っておきます。

 とはいえ、麻酔が効き始めるまではやっぱり痛い。『イヤだよ~、もうやめたいよ~』と愚痴をこぼします。

 そうこうしている内に、お腹の中でなぜか大暴れしていた赤ちゃんの動きが、突然弱々しくなりました。胎児の心音を測る装置も、何だかおかしい。

 あとになって、予定日を過ぎると胎盤が働くのをやめ、胎児へ栄養や酸素が供給されなくなってしまうという話を聞きましたが、その時の私は何も分からず、何となく不安になってナースコールを押しました。

 私の不安は的中し、看護師さんはすぐ医師を呼びます。

 医師はあまり重々しくなく『自然分娩を待っていたら、赤ちゃんの生存率が低くなりますね。帝王切開にしますか?』と聞いて来たので即、頷きました。

 家族の同意書が必要だからと、仮眠のため一旦アパートに帰っていた旦那さんに電話。出ない。仕方なく実家の母に連絡すると、近所に住む母は『二十分で行くよ。不安が赤ちゃんに伝わっちゃうから、落ち着くんだよ』と励ましてくれました。私、安心して涙。そして旦那さん、つくづく使えねぇ~。

 何とこの時、旦那さんの携帯電話は故障ぎみだったのです。着信音でも何でも、なぜか音が最小に。おそらく既に寝ていて、私の電話にも気付かなかったのでしょう。しかしアラームだって最小音です。目覚まし時計もないのに、どうやって起きるつもりだったんでしょうか、あの人。

 とにかく母に頼んで行き掛けにアパートにも寄ってもらい、旦那さんを引っ張ってきてもらいました。深夜に突然チャイムが鳴ったからメッチャ怖かった、と旦那さんは言っていましたが、嫁が陣痛で苦しんでるのにあっという間に寝こけてた、あなたの方が怖いです。

 怖いことはまだ続きます。私は手術室に入り、いよいよ帝王切開が始まりました。

 私はこれまでの人生、大きな怪我や病気をしたことがなく、これが初めての本格的な手術。部分麻酔をかけられ、緊張した顔の私が無影灯に反射して映ります。

 ……え。見えすぎませんか、これ。磨き上げられた銀色の金属部分が、ほぼ鏡みたいなんですけど。ゾッとするんですけど。

 ほんの少し目線を下げると血の赤が見え、私は慌てて目を反らしました。映ってるよね。これお腹が開いてるの絶対映っちゃってるよね!?

 しかし手術中である以上、私にできるのは顔を背けることだけ。目が無意識に吸い寄せられそうになるのを堪えるために、現実逃避の鼻唄を奏でます。手術台の上で半笑いになりながら鼻唄を歌う全裸の女。ある意味こっちの方がホラーです。



 色々ありましたが、母子ともに無事でした。よかったよかった。旦那さんと母もホッとした表情です。

 私が手術室にいる間、彼らはこんなやり取りをしていたそうです。


「……もし、あいつか赤ちゃんかって選択になったら、俺は、あいつを選びます」

「あのね、まだそういう段階じゃないから」


 元看護師の母、バッサリ。旦那さんは直ぐ様謝ったそうです。その話を聞いて、私は大爆笑。全てが無事終わったあとだからこそ笑えるというものです。

『私は旦那さんか赤ちゃんを選べって言われたら、この子を選ぶよ』と言ったら、旦那さんちょっと拗ねてました。そういう所がカワイイです。旦那さんが私を守ってくれるから、私は全力で赤ちゃんを守れるんです。

 その後も旦那さんと母のやり取りを、笑い話として色んな人に言いふらしました。

 カワイイからついつい意地悪をしてしまいます。

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