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妻の散文  作者: 朝な夕な
4/11

やっちまった話。

 やってしまった。わりとドジでそそっかしい私だけど、ここ最近一番のヤツだ…………。もう、戻らない…………。


 旦那さんはひどい天パです。

 どれくらいひどいかと言うと、頭皮に這うように伸びるせいでドレッドの人が手入れしてないみたいに見える、というくらいのうねり具合。正直、伸ばせばあらぬ箇所の毛くらいになると思っています。あくまで想像ですけど。

 そんな髪なので若い頃は縮毛矯正をしていたらしいのですが、私と出会った頃には6分刈り一直線という状況でした。今現在もそうで、月に一度はバリカンを使用していました。彼は出来た人間なので、粗方を自分で刈り、私は仕上げの処理だけを任されていました。けれど私は、旦那さんと付き合って初めて、バリカンに触れた女なのです。それが、悲劇の始まりでした。

 今日髪を切りたい、と旦那さんが言い出したのは、金曜日の夕方のこと。

 彼の仕事も早く終わったので、時間的にも余裕がある。私は気軽に頷きました。

 お風呂で全裸になってバリカンを操る旦那さん。夕食の準備をしながら娘にご飯を食べさせていた私は、彼に呼ばれてお風呂場に向かいました。

 鏡で見える部分は綺麗に整っている。仕上げに後頭部や耳の上を刈り上げれば私の任務は完了です。簡単な仕事でした。その慢心が、事件に繋がってしまったのだと思います。

 そう。私は慢心していた。同棲から数えれば、一緒に生活するようになって五年以上になる。その間何度もバリカンを使用していたわけで、私は結構手慣れてきたと自分を評価していた。うっかり。ドジ。そんなふうに旦那さんに評されているにもかかわらず。

 ご飯を食べている真っ最中の娘のことを考えながら、私はバリカンを動かします。二度程頭を撫でた所で、私の手が止まりました。

 あれ?色が違う?

 何だか周囲に比べて、頭皮の色が剥き出しな気がしました。私が刈った所だけ、バリカンがハッキリ四角い跡を残しています。


 ――――――YA⋅BE⋅E。


 一瞬意識が遠のきます。けれどいつまでも黙っていたって髪が急激に伸びるなどという奇跡は都合よく起こりません。私はすぐにスイッチを切り、しんと静まり返ったお風呂場で自白しました。

「ごめん。何かヤバい」

 曖昧な言葉と私の表情に何かを察知した旦那さんが後頭部に触ります。うん。ないよね。一部やたらとないよね。

 旦那さんは明日会社の飲み会です。もう笑われる予感しかしない。私はどうすればいいのか分からず、ひたすら謝り続けました。このドジは笑えない。笑って許せない。

「何でこんなんなってる!?」

「分かんない!いつも通りやったのに⋅⋅⋅」

 旦那さんが私からバリカンを引ったくりました。彼はすぐに原因を突き止めます。

「お前コレ、表裏逆に使ってんじゃねーか!アタッチメントついてる方使わねーと意味ねぇだろ!」

 我が家のバリカンは、付属のアタッチメントで何分に刈るか調節できるものでした。旦那さんのこだわりは6ミリ。長くも短くもない6ミリが絶対だったのに、アタッチメントを使わずに刈ってしまったようなものでした。今まで私は、全く予備知識なくバリカンを使っていたのです。バリカンに表裏があるとか、全然知りませんでした。そんなの当然過ぎて説明もされないのかもしれませんが。

 さすがに温厚な旦那さんも少し苛立っています。慌ててもう一枚鏡を用意し、視覚から確認する旦那さん。もはや無言です。

 私はない知恵を絞って、打開策を提案します。

「そうだ!薄毛の人が使う、振りかけるだけで髪が生えてるように見えるヤツ。あれをピンポイントで使おう!」

 植物由来の黒い極細繊維が静電気か何かで付着して、振りかけるだけで気になる地肌が見えなくなる!雨にも風にも負けないよ!というあれです。うちの姉がそれを持っていることを思い出したのです。(ちなみに姉は薄毛で悩んでいるわけではありません。美容系のネットニュースに手軽な白髪を隠す方法として載っていたらしく、衝動買いしたそうです。しかも白髪すらないので本当に意味がないという⋅⋅⋅そういう後先考えない姉なんです)

 わりと本気で名案だと思ったのですが、旦那さんの目は死んだままです。

「それ⋅⋅⋅土台の髪がないのに静電気でくっつくの?つーか使ったことないのに、そんなにうまくいく?」

 3ミリしか残っていない髪にもくっついてくれると、私はベストセラーのあのアイテムを信じていましたが、いかんせん不器用な自分自身は信用できませんでした。すぐには答えられません。

 旦那さんは何とか隠せないか、試行錯誤していました。けれど帽子をかぶってみても、うなじからやってしまったのでどうしても隠しきれません。

「もう⋅⋅⋅マルコ○味噌みたいにツルッツルにするしかねーか⋅⋅⋅」

 自嘲気味な旦那さんを、私は鼓舞します。(←犯人)

「ダメだよ諦めちゃ!まず3ミリで試してみよう!」

「でもこれ、確実に3ミリより短い⋅⋅⋅」

「やってみてダメならツルッツルにすればいいんだよ!試してみなきゃ分かんないでしょ!?(←犯人)」

 何とか説得に応じてくれた旦那さんと、再びお風呂場に直行。まず私が後頭部を刈ります。今度はアタッチメントの向きを慎重に確認しました。

「――――――――イケる!!!!!」

 私の見立て通り、3ミリで誤魔化しがきくようになりました。鏡で確認し、旦那さんです納得の表情。これならイケる。離れそうになっていた私達の心が、ここで一つになりました。

 ということで後は旦那さんに任せ、私はずっと放置していた娘の所に駆け付けました。ご飯を一粒もこぼさずに食べ進めていました。スゲェ。

 ぐずらず綺麗に食べてくれていた娘に感謝し、問題が解決したことに感謝し、私は浮かれていました。よし、ビール飲もう。

 しかし、髪を整え終わった旦那さんがリビングに姿を現した時、私は無言で硬直しました。


 何で?ねぇ何で、カタギじゃないオーラが漂ってるの?


 たった3ミリ。私は正直、旦那さんの6ミリへのこだわりを軽んじていました。たった3ミリでこんなにも印象が変わってしまうなんて、思わなかったのです。

 ちょっと怖い顔だけど逞しくて熊みたいな人→サングラスとハンドバッグを与えたら絶対マズい人に大変身です。

 怖い。嫁の私から見ても怖い。こんな人に街中で出会ったら目なんか合わせない。絶対背中に龍とか棲まわせていらっしゃる。

 私はもう、笑うしかありませんでした。

 料理を作っている間も、視界に過るたび笑います。スゴい存在感だ!


 いつもと違う旦那さんを肴にビールを飲みました。結局、飲めば楽しくなっちゃう私達なのでした。





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