二階へ
「終着地点はまだですかっと」
階段を跳ねるようにして上っているが、先はまだまだ長そうだ。
雲が近づいてきているが、この雲の先にも階段が続いているとしたら面倒だな。いや、ちょっと待て。階段が長いだけなら幸運なことじゃないのか。
この邪神の塔は雲を突き抜けそそり立つ塔らしいが、二階がここまで高ければ下手したら二、三階でクリアーということもありうる。
最低百階ぐらいを覚悟していたから、本当にそれで済むなら助かるが。
まあ、塔の中は別空間で次元が歪んでいて実は本来の高さと比例しない。なんてファンタジーあるあるネタをかまされたら、どうしようもないが。
「ここらで休憩するとするか」
階段の途中にある踊り場はかなり広々としていて、休憩するにはもってこいの場所だ。
丸一日歩いてみたが階段では魔物が一切現れないので楽なのはいいが暇すぎる。一階は朝晩の区別もない。塔内部なのだから当たり前だろうが、こんな馬鹿げた塔が存在する時点で常識を当てはめるべきじゃないよな。
生活必需品として渡された小型の鍋を携帯用コンロの上に置く。このコンロも異世界の発明品で精神力を燃料として火をつけることが可能なタイプ。
科学と魔法が融合すると便利な道具が生み出されるようだ。
使い勝手がいいのはありがたいことなので、水筒と同じく仕組みやらを深く考えるのは止めよう。
「乾燥肉と野菜を放り込んで、醤油垂らして完成」
肉も野菜もドライフードのように乾燥して縮んでいるが、お湯で戻すと本来の大きさになる。
一人で食べるのに器は必要ないので鍋から直接食べることにした。
「おっ、普通に旨いな」
肉が何の肉なのか若干気になるが考えても答えが出ないなら、考えるだけ無駄だろう。
この醤油って実は大当たりなのかもしれないな。一滴だけでこの味なら暫くは味付けには困らなそうだ。
食べ終わり鍋を水筒の水で洗い流すと、バックパックに戻しておく。
大容量のバックパックに食料が満載されているので、一ヶ月は余裕を持って過ごせるが節約したら倍はいけそうだ。
敵を倒したら食料を落としてくれるようなので、あれが毒入りでなければ飢え死にだけはしなずに済むが。
以前は黒虎がバックパックを背負ってくれていたので、荷物が邪魔になることはなかったが一人となると背負ったままで戦うと動きの邪魔になる。
とはいえ、置きっぱなしにして戦うのは不安だしな。荷物持ちがいればありがたいが、この世界で人を信用するのは無謀だ。
そもそも、この塔内で人が生き残っているとは思えない。
「まあ、自力で何とかするしかないかって、独り言が多いな」
相棒がいた時は一方的だったが話しかける相手がいた、寂しいのかね。
人と一緒に行動するのはごめんこうむりたいが、一人の寂しさを感じるって矛盾してないか。
「はぁ、寝よう」
疲労感は大したことないが眠れる時に眠っておかないとな。
人も世界も信じられないのであれば、自分の体調はいつも万全にしておかないと。
目が覚めると白かった。
壁も階段も頭上も白。そういや、この塔には多くの人が挑んでいる割には一階が妙に綺麗だったな。敵の死体は霧散したので汚れの原因にならないのは理解できるが、一階で倒されたプレイヤーや異世界の住民はいなかったのだろうか。
荷物どころかゴミ一つ落ちてなかった。実はあの敵が掃除して回っているのだろうか。だとしたら、ほんの少しだけ愛着が湧く。
「今日も上りますか」
独り言が癖になっているな。まあ、誰にも聞かれてないから別にいいか。
干し肉を齧りながら階段をひたすら上へ上へと進んでいく。そろそろ雲の中に突入しそうだから、気を引き締め直さないと。
雲で視界が防がれた場合、足元の階段が消えるか魔物が奇襲を仕掛けてくるのが良くあるパターンだ。特に横スクロールアクションだと足場が落下して、何度か殺された覚えがある。
慎重を期すために石の棍で階段を叩きながら上っていく。時間がかかるが命には代えられない。前のダンジョンの癖で死んでも蘇るのではないかと、心のどこかで油断している自分の甘えた考えを払拭しないとな。
命が一つしかないことを自分に言い聞かせる為にも、こういった地道な作業はやるべきだ。
可能なら階段の全てを専門業者に委託して精密検査を終了した後に渡りたい。
でも、ある程度のところで妥協しないと、神経を張り詰め過ぎては体力よりも前に精神がやられかねないから、そこも気を付けないと。
こう考えると前のダンジョンの難易度が低かったのではないかと誤解しそうだが……あり得ないな。
「我ながら疑い深い性格になったもんだ」
異世界に来てから性格が捻じれ過ぎて、もはや原形を留めていない。
昔から人を容易に信用しない性格だったが完全に悪化している。
「こりゃ、一生独身だな」
元からモテなかったから別にいいけど。まあ、それ以前に地球に戻れたらの話だ。
独り言を呟く度に虚しくなってきたので、黙々と上を目指すことにした。
あれから一時間が過ぎて雲に突入すると少しじめじめする。視界は白く少し気温が下がったか。『熱遮断』があるので氷点下になろうが生き延びられるけど。
更に慎重に進んでいるが、魔物の気配もなく足場が崩れることもない。
ここで油断をさせて最後の最後で罠を仕込むという流れは経験済みだ。最後まで絶対に気を抜かないぞ。
「最後まで何もなかったわけだが」
雲を抜けると目の前に巨大な扉が待ち構えていた。
門番がいる訳でもなく、見るからに重厚そうな金属の扉がポツンと置かれているだけ。取っ手が取りつけられているが、一つ疑問がある。
「これ引くのか押すのかどっちだ」
そんなどうでもいいことを口に出しながら、取っ手に手を掛けようとしたが思いとどまり、扉を石の棍で軽く叩いてく。
ここまで来て、扉に仕掛けられていた罠で死んだらシャレにならない。
衝撃を与えても反応はない。なら、じっくり調べるか。扉に手を触れて何か違和感がないか探ってみる。素人が調べたところで何がわかる訳でもないのだが、やらないよりましだ。
「ん? あれっ」
何だろう、何故かわからないが取っ手を強く握ったら危ない気がする。近くに丸い線が描かれているが、デザインか何かだと思っていたが……これ罠か。
そうか魂技『暗殺』の効果。罠や毒について詳しくなる能力だから、罠を察知できるのか。ということは今まで慎重にやってきたが罠があったとしたら事前に……いや、慢心は無用だ。こういう地道な作業の繰り返しが生存率を高める。
「今度からはもう少し大胆にやってもいいか」
俺は少し離れた場所から取っ手に向けて石の棍を伸ばしてみた。
強めに押すと怪しいと思った場所がスライドして霧状の何かが噴き出ている。毒か何かなんだろうな。
怪しい霧が完全に消え去るまで待ってから、もう一度扉を調べる。
もう一つ罠が仕掛けられていることはないようだ。
今度は自ら手を掛けて扉を開いていく。ちなみに押し開くタイプだった。
目も眩むような光が溢れ出したので、片目を細めて光を睨みつける。もう片方の目を先に閉じていたのは、目が潰された場合や急な暗闇の場合に対応する為だ。
光の消えた先は薄暗かった。完全な闇でないのは頭上から降り注ぐ月明かりのおかげだろう。
異世界らしく日本で見た月より二回りぐらい大きく、おまけに三つ浮かんでいる。夜空が見えるということは、高さの概念なんて信じるだけ無駄か。
邪神の塔が何階建てなのか何処かに明記しておいて欲しい。
辺りは薄暗い夜に相応しい雰囲気で、十字や長方形の石材が幾つも地面の上に置かれていた。和も洋も取り揃えているな。
「墓場か」
どうやら二階はホラーゾーンのようだ。