大怪獣ドーム亀現る!
難易度を急に上げすぎじゃないか。
「ここでドーム亀か、やってくれる」
俺が勝手に名付けたのだが、東京ドームぐらいの大きさがある巨大亀。
甲羅は苔に覆われているので遠目で見れば山っぽい。
「あれ倒すんですか!? む、無理でしょ!」
「一応、前に倒したぞ」
「ほ、本当ですか! じゃあ、今回もその方法でお願いしやっすっ! ちなみにどのような方法ですか、先生!」
勢いよく頭を下げて媚びてくる幸。
期待しているところ悪いのだが、彼女に真実を告げなければならない。
「前回は大量の毒を湖に流し込んで毒殺した」
一瞬にして幸の眉根が寄る。何か言いたげだ。
「毒ですか。毒、ないですよね」
「ないな。おまけに湖にもいないから毒があったとしても、じわじわ毒殺は無理だ」
「ど、ど、どうするんですか!」
「どうしようか?」
問いに問いで返すと幸の眉間のしわが深くなった。
あんな巨体の前にピラミッドの石なんて意味がない。軽々と蹴散らされてしまう。
足が遅いので作戦を練る時間があるのが唯一のメリットだな。とはいえ、相手が接近するまで待つのは愚の骨頂。
まずは距離を縮めて攻撃を仕掛けてみるか。
「幸はここで警戒しておいてくれ。敵があれだけとは限らないから」
「わっかりました! ご武運を!」
手と生首だけで敬礼している。あのノリに言いたいことはあるが……絶望して落ち込むよりマシか。
全力で駆け寄っているが思ったよりも遠い。あまりの巨大さに遠近感が狂っていたようだ。
眠たげな眼をした亀が俺をちらっと見たようだが気にした様子はない。
それもそうか。人間で例えるなら足下をうろつく蟻のようなものだから。
「真っすぐクリスタルを目指しているみたいだな。この歩行速度だと到達まで五分、いや、もう少しかかるか」
足は遅いが歩幅が尋常ではないので、思ったよりも早くたどり着くだろう。
無駄だとは思うが一応やってみるか。
弦を限界近くまで引き、亀の甲羅に打ち込んでみる。
カンッ、と軽い音がして弾かれた矢が地面に落ちた。
……三本連続で放つ。突き刺さることはなく墜落。
「わかっていたけど、甲羅を打ち抜くのは無理と」
甲羅以外となると頭と四本の脚か。露出している部位も見るからに皮が分厚そうだ。
弦を限界まで引き絞り、渾身の一矢を足に向けて放つ。
意外にも矢は根元まで深々と刺さった。
「これはいけそ……ないな」
ドーム亀はちらっと矢の刺さった足を見たが、それだけだ。無視して歩き続けている。
これだけの巨体だ、矢なんて蚊に刺された程度か。
魂技でこいつに通用しそうなのがあればいいが。
今、俺が所有しているのは
『暗殺』(暗視、体幹、気配操作、射撃、隠蔽)『不撓不屈』『石の匠』『未来予知』『麻痺耐性』『幻覚耐性』
と、このステージ前に解放した『炎使い』で十一の魂技。
使えそうなのは『炎使い』だよな。
鏃に炎をまとわせて再びドーム亀の足を狙う。
刺さってすぐに違和感に気づいたようで、一回足を大きく振った。
それだけで立ち止まりはしなかったが、普通に矢を打ち込むよりは効果ありだ。
「本気でゲームに寄せたいならHP表示があると助かるのにな」
ダメージがどれだけ通っていて、あと何発撃ち込めば倒せるのかがわかればやりがいが生まれる。
敵のHPが万単位残っていて、こっちの攻撃が1しか通っていないとわかったら別の手段に切り替えればいい。
今の状態だと、このまま攻撃を続けていいかどうかの判断も難しい。
次々と射るがあれから足を一度も止めていない。これは時間の無駄か。
となると、あの薄く開いた目を射るのが常套手段。
「これで無反応だけはやめてくれ、よっ!」
放たれた矢は糸のように薄く開いた瞼の間をすり抜け、右目に命中する。
どんっ、と地鳴りと共に振動が足元から伝わり、体が浮き上がった。
ドーム亀が頭振って地団駄を踏む子供のように暴れている。さすがに眼球の防御力は低かったか。
短い脚で目を擦ろうとしているが届いていない。
首を伸ばして掻いたところで矢が取れるわけもなく、更にイラついたのか暴れている。
ドーム亀の残った左目が俺を捉える。爬虫類なので表情はいまいち伝わってこないが、たぶん怒っているのだろう。
体を俺に向けると、闘牛のように前足で地面を何度も踏み鳴らす。
どうやら敵として認識してもらえたようだ。
大きく弧を描くようにドーム亀の側面に回りながら、残った左目を狙うが瞼を閉じて塞がれた。
「そりゃ、学ぶよな」
警戒して更に細くなった目を狙うのは早々にあきらめて距離を取る。
ドーム亀が短い脚を振り上げ、俺に向けて突っ込んできた。
あんな巨体に体当たりをされたら即死どころか、地平線の向こうまで吹き飛ばされる。
全力で横に躱しながら少しでも速度が落ちないかと矢を射続けるが、わき目も振らずに猛進してきた。
あの鈍さなら避けられると判断したのは甘かったか。歩幅の大きさもあるが、地面の揺れが想像以上で、こちらの走りを阻害される。
なんてことを考えていると、体がすっぽりと影に覆われた。
見上げた先にあるのは亀の足裏。
あんなものが落ちてきたら一巻の終わりだ。
怪力キャラならアレを受け止めて支えたら見栄えもいいのだろうが、俺がやっても潰されてまっ平らになる未来しか待っていない。
少しでも時間を稼ごうと手のひらから火炎放射器のように炎を放出して、足裏をあぶりながら左右ではなく正面に向かって走る。
ギリギリで踏みつけを躱すと、そのまま亀の胴体の下を走り抜けていく。これだけ大きいと体の下が死角になり俺を見失うだろう、と考えての行動だったが……そうくるか!
甲羅の屋根の下に潜り込むような形になっていたのだが、その屋根を支える四本の柱――足を引っ込めやがった。
巨体で俺をプレスするつもりだ。
「うおおおおおおっ!」
地面を全力で蹴りつけ、飛ぶように走っていくが頭上がどんどん近づいてくるのがわかる。
影の切れ目が視界に入った。あと少し、もう数歩で抜け出られる!
髪の毛が触れる程に亀の腹が迫ってきたのを感じ取り、上半身を限界まで倒して四足歩行の獣のように大地を駆けていく。
軽量化と数秒でもいいから逃げる時間を稼ぐために、石の棍を地面に垂直に突き刺して置き去りにした。
抜けた! と思うと同時に後方から土砂交じりの風が押し寄せ、巻き込まれた俺は地面を転がる。
あおむけの状態で動きが止まった。
このまま何もかも投げ出して寝ころんでいたいが、そうもいかないよな。
上半身を起こして振り返ると、ドーム亀がゆっくりとこちらに体を向けている最中。
狙いを俺に定めたようだな、それこそこっちの狙い通り!
どう考えても相手を倒すには戦力が足りない。倒せなくても勝利することは可能。
時間制限いっぱいまで逃げ切ればいい。
これがこのステージの正しい攻略法だ。とはいえ、命懸けなので最良の方法だとは口が裂けても言えないが。
ドーム亀とはこれで通算三回目の戦闘となるが、一回目は毒殺、二回目は甲羅炙り、三回目も甲羅を炙って終わらせたかったが、前回は湖の水を抜いて動かない相手を見下ろす形だったので炎が届いた。
今は見上げる状態で常に動いているので、炎で甲羅を炙る手段が使えない。
立ち上がり武器を構えようとしたところで、棍が手元にないことを思い出す。あんな細い石の棒でドーム亀を支え切れるわけがない。
粉砕されたんだろうな……このステージをクリアー出来たら買いなおそう。
棍があった場所に向けて軽く手を合わせてから、弓を構える。
もっと相手を苛立たせるために、まだ方向転換中のドーム亀に矢の雨をプレゼントしておく。
煩わしいのか首を振るたびに砂埃が舞い、左目が大きく見開かれている。
言葉は通じないが感情は理解できる気がした。
「実際に亀が怒るとあんな感じなのかね」
猫しか飼ったことがないので詳しいことはわからないが。
ドーム亀に手を出してから五分は経過した。あと十五分、逃げ切ってみせるぞ。
「はーーーーーーっ、はあ、はあ、はあ」
「汗だくで呼吸が荒いだけで不審者に見えますよね」
命がけでドーム亀から逃れた俺に向かって生首が煽ってくる。
言い返したいが、今は呼吸を整えるので手一杯だ。
よくよく考えたら、囮に最適の人物がいるじゃないか。幸なら『透過』があるので滅多なことではやられない。
次、同じような状況に陥ったら押し付けよう。
しかし、よく逃げ切れたもんだ。我ながら感心する。
タイムリミット直前で躓いた時は一瞬死を覚悟したが、近くまで様子を見に来ていた幸の射撃が偶然、ドーム亀の左目に当たり難を逃れた。
その一件があったので、今は黙っておくか。
ギリギリだったが俺の思惑通りに事が運んだ。時間切れと同時にあの巨体は消え失せて、視界には澄んだ空が一面に広がっている。
「網綱さん、お疲れさまでした。そのまま眠ってもいいですよ?」
「起きるよ。イタズラされそうだし」
全力で駆け回っていたので呼吸は乱れていたが『不撓不屈』のおかげで体力は有り余っている。これぐらいで動けなくなるほど柔じゃない。
さっきまでドーム亀がいた場所に目を向けると、遠くの方に小さい三角形が見えた。
クリスタルから遠ざけるように逃げていたが、ここまで引き離していたのか。戻るのが若干だが面倒くさい。
「もしかして、あの亀さん倒したらボーナスポイント貰えたりしたり?」
幸に言われるまで思いもしなかったが、ありそうだな。
ボーナスがなかったとしても討伐ポイントは桁外れに違いない。惜しい事をした……とは思わない。クリアーできただけで満足しておこう。
帰りは急ぐ必要もないので、のんびり歩いて戻ると三十分近くかかった。
「頑張って逃げたもんだ」
「ですよね。見る見るうちに亀さんが遠ざかっていったので、びっくりしました」
これだけ距離を稼げていたのなら、最後の方は挑発をしないで逃げに徹しておけばよかった。
必死すぎて状況の確認をする余裕はなかったから、仕方がないか。
ピラミッドに到着して手を触れると、クリスタルを取り囲む石がすべて透明となる。
中心部まで歩み寄り、防衛終了後のポイントを確認しておく。
「見てくださいよ! 今回のポイントめちゃんこ多いですよ!」
「苦労したかいがあったけど……今までのポイントが霞むな」
クイズ番組で最終問題の点数だけ十倍みたいな違和感がある。くれるものはもらっておくが。
「でもでも、これだけポイントがあれば誰か雇えません?」
「あっ……いけるな。一人だけなら雇えそうだ」
あのメンバーの中から一人を選ぶのか?
もう一度名前を確認して、人となりを思い出してみよう。
『沢渡 大輔』俺が一方的に射殺した相手。彼は俺のことを認識すらしていない。
『鳴門 光輝』相手の発言が嘘か本当かを見抜く魂技を所有していた少女。
『来生 晴斗』知的なサラリーマンといった感じだった。光輝の父親。
『樽井 小樽』ふくよかな肝っ玉母さんのイメージがある。一対一で何十回も俺が殺した相手。
『田中 伽魯羅印』アメリカ人と日本人のハーフ。お笑い芸人を目指していた、キャラの濃い女性。大阪弁と片言の英語が混ざっていたな。一時期は仲間として一緒に行動していた。
『焔 織子』ライダースーツを着た魅力的な女性だった。二度俺を裏切り、最後はラスボスすらも欺いた。彼女を非難する気はない。俺と同じく生き残りたいだけだったのだから。
『豪徳寺 杉矢』ベテランの役者。最終的には敵として戦った間柄だが、未だに尊敬すべき人だ。
『黒虎』唯一無二の相棒。黒い体に白の虎模様があった巨大な虎。俺の過去の後悔が生み出した存在。何度も食われたというのに恨みは微塵もない。
このうちの誰を選ぶべきか。候補は決まっている。
杉矢、田中、織子、黒虎の誰かだ。気心が知れた相手で、能力も知り尽くしている。
戦力として頼りになるのも間違いなく彼らだ。
知った間柄……だからこそ、戸惑いもある。
見た目はそっくりな偽物と対面して俺は平静を保てるのか?
動揺を隠し通せるのか?
「どうしたんです。選ばないんですか?」
俺とクリスタルの間にひょこっと顔を割り込ませてきた幸。
いっそのこと、幸に選んでもらうのは……なしか。
戦力として割り切るなら最強は杉矢だろう。だけど、一番会いたいのは――
「よっし、決めた。仲間を雇うよ」
迷いを振り切り、俺は雇いたい相手の名前にそっと触れた。




