チュートリアル終了
『防衛開始』を押して敵を迎え入れる準備を整える。
幸はそそくさと俺に背を向けて、ピラミッドの頂点を目指して上っている最中だ。
ピラミッドを中心にしてぐるっと木の柵で囲っているので、そう簡単には敵が進軍できない。
柵は視界が確保できる高さなので辺りを見回す。
今まで現れた敵は木人形と石人形。正直、苦戦するような相手ではない。厄介な点を挙げるとすれば気配が感じられないことぐらいだ。
「隊長! 前方に敵兵です! ……えっ、何あれ? 鳥?」
ピラミッドの頂点から、スマホの望遠機能を生かして警戒していた幸が驚いた声を上げる。
彼女の指差す方向に目を凝らすと、今までの人形とはデザインの違う個体が見えた。
地面に足を付けないで浮いているのと、キラキラと輝いて見える人影。
浮いているのは小さめの鳥のように見えるが、鳥にしては飛び方が妙だ。
人影の方は光って見えるのは光を放っているのではなくて、日光を反射しているのか。
「網綱さん、網綱さん! 飛んでるのコウモリですよ! あと人っぽいのは半透明です!」
「蝙蝠と半透明の人型となると……なるほどな」
「一人で納得してないで教えてくださいよ!」
「あのダンジョンで遭遇した敵だよ。あのダンジョンの仲間を再現できるなら、敵も再現できて当然か」
第三ステージの暗闇で遭遇した蝙蝠。
第四ステージの雪原にいたアイスドールと勝手に呼んでいた氷の人形。
ここからは敵のレパートリーが一気に増えそうだ。
「強さとしては大したことがない。『咆哮』があれば楽に倒せるが、まあなくても問題はないか」
肉眼で識別できる距離まで迫ってきた蝙蝠を次々と射落とす。
そういえば、あの頃はコンパウンドボウを持ってなかったら、棍で叩き落すしか手段がなかったんだよな。
そんな事を考えながら連射している間に蝙蝠が視界から消えた。残りはアイスドールのみ。
的を空から地上に変更して矢を放つ。
狙いを違わずに頭を貫くと、一体が溶けるように消滅した。
首を傾げてから、もう一体も同じように射る。頭に命中して消滅。
「こんなに弱かったか?」
本音がぽつりと漏れる。
黒虎と苦戦した印象が残っているが、よくよく考えたら接近戦で戦ったから厄介だっただけで、死んだのも黒虎の自爆だった。
飛び道具があれば恐れる要素はないのか。
相手も氷の礫をこちらに向けて飛ばそうとしてくるが発動までに時間がかかりすぎだ。その間は動きが止まるので絶好の的でしかない。
俺が強くなったのもあるが相手の実力を把握しているのが大きい。命を失いながら得た情報だ、有効活用しないとな。
ピラミッドの周りをぐるぐる回りながら、敵を一切寄せ付けずに倒し切れている。
「とりゃー、ていっ、ていっ! う、うーん、FPSとか苦手なのにぃぃぃ!」
銃声よりも叫び声の方が響いている幸をちらっと見る。
命中率はお世辞にもよくない。FPSとは一人称視点で射撃をするのがメインのゲーム。俺もどちらかというと一人称視点より三人称視点の方が好みなので、気持ちはわからなくもない。
見ている方向の敵は片づけたのでピラミッドに駆け寄り、頂上まで登る。
「ぬぬぬっ、ちょこまかと! よーし、そこで休憩しなさいよー。はい、そこ動かない!」
「熱中しているところ悪いが矢の補充に来た。ちょっと場所も代わってくれ」
「はーい、どうぞどうぞ」
ポイントで購入したアイテムや武器はすべてピラミッドの上に置いてある。幸の役割は見張りとこれを盗まれないようにするのがメインで狙撃は初めから期待していない。
幸が居たポジションから眼下を眺めると、俺が戦っていた方面以外の三方から敵が迫っている。
だが、事前に設置していた柵や落とし穴に引っ掛かっているので、進軍速度がかなり遅くて、こっちまでたどり着けそうなアイスドールはない。
なので、まずは蝙蝠を優先するべきだ。
石の上に山積みになっている矢を手に取り、間髪入れず射撃していく。
矢が大量に必要なのは第一ステージで理解して、相当数用意しているから尽きることはないだろう。
「おおおっ、お上手ですね! よっ、現代によみがえった那須与一!」
「表現が古い。どうせ、そのキャラもゲームで知ったとかだろ」
隣で歓声を上げて盛り上げている幸が、わざわざ手を露出させて頭をボリボリと掻いている。
どうやら図星だったようだ。
「でもー、網綱さんだって歴史とか神話とか地名とか、本よりもゲームで覚えませんでした?」
「否定はしない」
「でしょー」
浮遊している生首が勝ち誇った顔をしているのが、若干イラっとする。
そんなやり取りをしている最中も狙撃の手は緩めない。
蝙蝠は数が多く、動きが不規則なので普通なら幸のように苦戦してもおかしくはない。だが『射撃』を得た今なら、無駄口を叩きながらでも百発百中だ。
アイスドールは柵を壊すよりもまたいだ方が早いと判断したようで、足が止まったところを射抜いていく。
「うーん、警戒していたのにそれ程でもないですよね」
「今のところはな」
邪神も射撃の命中率が五割を切っている幸には言われたくないだろうな。
蝙蝠の動きは他の敵よりも素早く本来は厄介なのだろうが、人形シリーズと違って気配を感じられるので、視界の外から迫ってきていても捉えることができる。
「んんっ? ええと右手の方角は東なのかな」
幸が右手をじっと見つめ何やら呟いている。
「どうした」
「ここって東西南北がわからないじゃないですか。だから右から来たら方角はどっちなのかなーって」
「右からでいいんじゃないか?」
「それもそうですね。じゃあ、ええと、右の方から砂埃が迫ってますよ」
手渡されたスマホの望遠機能を利用して、その方向を画面越しに見る。
気配を感じ取れない遠方から何かが大群で迫ってきているようだ。先頭にピントを合わせると、四足歩行の動物の群れがいた。
「巨大ネズミまで、ご登場か」
第五階層の森林ステージで遭遇したネズミだ。食料として重宝したイメージしかないが、群れとなると油断できる相手ではない。
その数はざっと三十、四十、五十はいるな。
進路方向には木の柵がある。だが、あのままぶつかれば破壊されそうな勢いだ。
射るにしても射手距離の外で尚且つ、蝙蝠とアイスドールの処理で忙しい。ネズミがピラミッドに到達したとしても石を破壊する威力はないだろう。
しかし、あれだけの数がピラミッドを登り迫ってきたら、こちらの身が危ない。
幸は『透過』で逃げ切れるかもしれないが、俺は生身でかじられたら死ぬ。
本格的に人手不足かもしれない。早急に仲間を雇用した方がよさそうだ。石も軽々と破壊できる敵がいつ出てきてもおかしくない。
実際の話、ダンジョンで遭遇した敵の中には、石ぐらい軽々と破壊できる力を秘めた魔物が何体もいた。
そいつらはいずれ現れるはず。それまでに対策をしておかなければならない。
「網綱さん! 網綱さん! 考えこまないでくださいよ! 敵が敵がっ!」
悲鳴にも近い声で叫ぶ幸。
そうだな、まずは目先の敵だ。
蝙蝠を一掃しつつ、幸にはアイスドールを狙うように指示をする。まだアレの方が当たると思う。
なんとかそっちを処理し終えると、ネズミの群れの先頭が柵に体当たりしてなぎ倒したところだった。
さすがに、深く打ち込んだ杭は折れなかったが板張りのところは破壊された。
倒れたのも数体いるが四分の一程度。
残ったネズミがピラミッドまで到達すると、勢いを緩めることなくピラミッドの石に激突していく。
「うあああああっ! ゆ、揺れてますよ!」
破壊はされてないが、ひびが入っている石も見受けられる。
暢気に構えている余裕はないな。俺は駆け下りながら矢を連射。矢は刺さっているが、頭部に当てた矢は刺さり具合が浅い。
石のダメージからして、頭蓋骨が分厚く硬いのか。
至近距離まで迫ると棍を手に薙ぎ倒していく。首や胴体を重点的に殴りながら、試しに頭に棍を軽く振り下ろしてみる。
頭を粉砕できたが少しだけ手がしびれた。これは勢いよく振りぬいた方がいい。
下から腹をすくい上げると視界に新たなネズミが飛び込んでくる。棍を振り下ろすよりも蹴った方が早いか!
顎の下につま先を突き刺し、そのまま蹴り上げる。
宙に浮かんだ二体が落ちるよりも早く、前後左右から新たな二匹が牙をむき出しにして噛みついてきた。
「あいにくだったな」
俺の体を支柱にして棍をぐるりと回転させて360度カバーする。
筋繊維を千切り、骨を断った感触が手に伝わった。
一気に四体葬れたが、おかわりが待っている。
時折騒いでいる幸の様子をうかがうと、銃と手だけが浮かんでネズミに弾丸を打ち込んでいた。
「もう、もう! 罪悪感が半端ないので、一発で倒れてくださいよ! ひいいいぃぃ!」
ただ、銃の威力が足りていないようで一発で仕留めきれずに何発も撃っている。もっと性能のいい銃を買わないと今後が辛いな。
罪悪感か。今もそう思える心の余裕があるというのは、戦闘経験が少ないということなのだろう。
俺は生物の命を奪う行為にはもう慣れきってしまい、息を吸うように殺せる。
相手もこちらを殺しに来ている以上、魔物とはいえ殺される覚悟はしているだろう。
やつらは邪神や運営を手伝うラースフォーディル人に生み出され、利用されるだけの存在だと考えると……哀れみは覚えるが。
「うおおおっ! ていっ、ていっ、ていっ! 寄らば撃つううううう!」
銃声にも負けない奇声が感傷に浸らしてくれない。
余計な事は考えずに戦いに専念するか。
それからは、氷の礫を避け、ネズミを吹っ飛ばし、蝙蝠を撃ち落としていると敵の攻撃が止んだ。
幸の銃声もしないので、見える範囲に敵はいないようだ。
時間を確認するためにピラミッドの二段目の石を一つずらす。事前に作っておいた覗き穴からクリスタルを確認する。
時間は……まだ二十分もあるのか。
「あれ、もう終わりですか。スナイパー幸の手にかかればこんなものですよ」
わざわざ『透過』を切って銃口に「ふうー」と息を吹きかけている。
格好を付けているつもりのようなので、一先ず無視だ。
このまま平和な時間が流れる、なんて生易しいゲームではない。
となると嵐の前の静けさというやつか。
「まだ時間が余っている。油断は防衛終了の声を聞いてからにしてくれ」
「えーっ、まだ終わりじゃないんですか」
肩を落として露骨にがっかりしている。
俺もそろそろ休みたいところだが……そうはいかないようだ。
初めは気のせいかと思うぐらいの微弱な振動だったが、今は体が揺れる程の大きさとなっている。
「じ、地震じゃないですよね……」
幸でもこの揺れのおかしさに気づいたか。
一定の感覚で揺れる地面。そしてゆっくりと近づいてくる巨大な気配。
地面に向けていた視線をゆっくりと上げていく。
地平線の上に山が見える。
――さっきまでは存在していなかった山が。
それは徐々に大きさを増していく。
「な、な、な、な、な、な、な」
幸は驚きすぎて言葉が出ないのか、指をさしてぶるぶると震えている。
「こいつには会いたくなかったな……」
近づいてくる山のような存在は、森林ステージで俺がからめ手で倒した巨大な亀だった。




