不意打ちの出会い
『防衛フェイズ終了しました!』
十回目の聞きなれた声がした。
あれから順調に攻略していき、第十ステージを無事に終えた。
敵の姿が完全に消えたのを確認して振り返ると、そこには平原に雄々しく建つピラミッド。
周辺には鉄条網が張り巡らされ、物騒に飾り付けられている。
アレを建造したのは言うまでもなく俺と幸。
「自分でやっておいてあれですけど、ちょっとやりすぎたような気が……」
「そう、だな」
初めは木枠だけだったが、もう少し強化しようとレンガを購入。木枠の上からレンガを張り付けるようにして並べて強化。
それだけでかなりの防御力を見せつけたので、更にレンガで強化をしていくうちに魂技『石の匠』を解放したら石材の扱いが容易になり、鉄よりも安く加工しやすい石を大量購入して補強、増強しているとこうなった。
二階建ての一軒屋ぐらいの規模となり、今のところ敵の攻撃を通さない鉄壁の守りを見せつけてくれている。
クリスタルのことを心配しないでよくなったので、俺も戦いに集中できて順調そのものだ。
『防衛フェイズ』が終了したのでクリスタルに触れないといけないのだが、ピラミッドに埋もれて外からだと何処にあるのかもわからない。
だが、設置する時は手作業なのだが一度設置したものは、手を触れて念じると黒い枠組みだけの透明となるので、設置物を気にせずにクリスタルに触れることが可能となる。
それの仕様に気づけたからこそ、遠慮なく石を盛れた。
「第十ステージをクリアーですから、そろそろ何か変化がありそうな気がビンビンしませんか?」
「何かあってもおかしくないタイミングではあるよな」
ここまでに現れた敵は木人形、木人形(兵士)、木人形(弓兵)、木人形(重装備)、木人形(槍兵)といった感じで、木人形を少し強化した敵と、石人形シリーズばかりだ。
石人形は木人形と材質が違うだけでデザインが一緒という、開発費が少ないスマホゲームのような手抜きっぷりだった。
それでも石の方が耐久力も高く攻撃力もあり動きもよくなっていたので、木人形よりは数倍厄介な敵だ。
たぶん、この流れだと次は材質が鉄になった人形だろう。
「弓の性能も愛用していたコンパウンドボウに近づいてきたから、かなり戦いやすくなってきた」
「私も銃を手に入れたので、少しは戦力になってますからね」
幸はポイントで銃を手に入れてからはピラミッドの頂点に居座って、群がってきた相手を狙撃するのが役目となっている。
魂技も十解放できているので下手したら序盤より楽かもしれないな。
ちなみに解放したのは、
『暗視』『体幹』『気配操作』『射撃』『隠蔽』『不撓不屈』『石の匠』『未来予知』『麻痺耐性』『幻覚耐性』
となっている。『暗殺』に必要な五つの魂技を解放したので正確に表記するなら現状は、
『暗殺』『不撓不屈』『石の匠』『未来予知』『麻痺耐性』『幻覚耐性』
こうだ。
幸は元から魂技の数が十だったので全部解放済み。なので戦力として十分役に立ってくれるようになった。
「最後までこんなんだったら楽勝なのにー」
「そんなに甘くはないだろうな」
敵のデザインは手抜きだが、それと難易度は別の話。
こちらもルールやシステムを把握してきたところで、邪神も難易度を上げてきそうな嫌な予感がする。
「網綱さん、網綱さん! 見てくださいよ! 『仲間雇用』ができるようになってます!」
「おっ、ようやく解放されたのか」
とうとう謎のベールに包まれていた『仲間解放』が明らかになるのか。これでクリスタルの項目がすべて使用可能となった。
「じゃあ、ちょっと拝見させてもらおう」
「なんだか、ワクワクしますね」
命がけのゲームで不謹慎とも思われる発言をする幸だが、俺は同じ心境ではない……とは言えない。悔しいことにゲームとしては面白いのだ。
正直に言えば『仲間雇用』はどういった内容なのか興味がある。
指で軽くタッチすると詳しい説明が表示された。
「えっと、ポイントを消費して仲間を雇用できます。仲間の種類は……えっ」
声に出して読んでいた幸が首を傾げている。
同じく隣で文字を目で追っていた俺は息を呑む。
「今までに倒した相手を雇うことが可能……か」
幸の代わりに後の文章を口にした。
「これって、どういうことなんでしょう」
「そのまま受け取るなら……この邪神の塔で倒してきた様々な敵を雇える、ってことだろうな。初めの方にいた黒い人影やゾンビとか」
たぶん、そういう意味だと思う。この邪神の塔で現れた敵なら流用も簡単だろう。……きっとそうだ。そう思いたい。
――幸には言えなかったが、妄想に近い考えが一つ頭に浮かんでいる。
「あり得ないよな……」
これだけの文章だと、様々な意味に読み取れる。想像の余地が広すぎる。
説明の内容が俺の考えと合致するなら……やめよう、妙な想像も期待も願望も。
「ここでごちゃごちゃ言うよりも、先を読もう」
「そうです、よね」
まだ途中だ。続きにもっと詳しい説明があるだろう。
『データに基づき肉体を構築。精神や性格はプレイヤーの体験に基づいていますので、本来のものとは異なる場合があります』
「えっと、これって私たちの記憶をもとに選んだ仲間をその場で作り出すってことですか? 3Dプリンターみたいにガーッと」
大袈裟な身振り手振りで表現している幸に対して、返事をする心の余裕はない。
無言で更に読み進める。
『雇えるキャラは以下になります
沢渡 大輔
鳴門 光輝
来生 晴斗
樽井 小樽
田中 伽魯羅印
焔 織子
豪徳寺 杉矢
黒虎』
「…………」
こうきたか。
驚きはしない。
予想をしていなかったと言えば嘘になる。今までの説明文を読めば誰だって頭をよぎる。
今までに俺がこの手に掛けてきた……人々。
キャラの名前は全員、俺が直接殺した相手だ。
そんな人々を偽物だとはいえ雇えというのか。
思わず天を仰ぐがそこには雲一つない青空があった。偽物の空は腹が立つぐらい澄み切っている。
「あ、網綱さん。眉間にしわが寄ってますよ? どうしたんですか、凄く怖い顔してます」
おずおずと話し掛けてきた幸の顔が怯えている。
よほど酷い顔をしていたようだ。
深呼吸をして頭の淀んだ空気を換気してから、幸に向き直った。
「ごめん。色々と思うところがあってね。自分が殺してきた人を雇うシステムなんて、邪神もいい趣味しているよ、ほんとに」
今更どの面下げて会えというんだ。
仲間になるキャラは本物ではない。肉体も精神も作りものだ。
そんなことは重々承知しているが、この世界の技術ならクローン人間を生み出すぐらい容易にやれるだろう。見分けがつかないぐらいそっくりに仕上げてくるに違いない。
雇用可能な彼らのデーターは、あのダンジョンを造った責任者が手元にいるんだ。手に入れる手段があっても不思議ではない。
彼らを前にして俺は平静を保てるのか。
喜ぶのか、悲しむのか、憤るのか、混乱するのか。
笑うかもしれない、泣くかもしれない……意外と何も感じないかもしれない。
そうなったら安心すると同時に怖くなりそうだ。もう、普通の人には戻れないという事実を突きつけられそうで。
だとしても、もう一度逢いたいと思うのは間違いなのだろうか――
「ほーら、浮遊生首ですよ~」
笑顔の幸が目の前でぷかぷか浮いている。
また酷い顔をしていたようだ。幸に心配されるとは……重症だな。
「あー、すまん。ちょっと考え事をな。幸は仲間として雇用したい相手はいるかい?」
「う、うーん私は不意打ちで倒してばかりだったので、相手の実力がわかんないんですよ。だから、ぜーんぶお任せします」
「そうか。じゃあ、雇用問題は担当するよ。ただ、どっちにしろポイントが全然足りないんだけどな」
キャラごとにポイントが異なっているのだが、一番安い『沢渡大輔』でも今のポイントでは足りない。多分実力に応じたポイントなのだろう。
ちなみに沢渡大輔が誰なのか一瞬戸惑ったが、あのダンジョンの第九ステージで複数人相手に殺し合いをした際に、俺が狙撃で一方的に倒し続けた相手だ。
生き延びるためとはいえ、あの時は申し訳ないことをした。彼は俺の姿を一度も確認できないまま絶望の中リタイアした。他の人とは違った理由で会うのが辛い。
このメンバーの中で誰に一番会いたいかと問われれば、黒虎に決まっている。
「黒虎は二十万ポイントか……。今はまだ二万ポイントちょいしかないから、しばらくは節約生活だな。無駄遣い禁止だから、節制するように。少しずつでも貯めることを意識しよう」
「マイホームを購入しようとして必死になっていたパパみたい……」
こっちを見て微妙な顔つきになった幸を横目に、今度は冷静に考えを巡らす。
今までのポイント量だと仲間を雇用するのはかなり厳しい。だがこのポイント設定をしてきたということは、ここから敵を倒した際のポイントが飛躍的に増えると考えられないだろうか。
そしてポイントと比例するように敵が強化される。ということは難易度を跳ね上げてくるのではないか?
他にも気になるのは雇用できるキャラの中に鴨井がいないことだ。あのダンジョンで最強であり最恐で最狂の男だった。
彼を雇用するには隠し条件でもあるのだろうか。それとも雇用できるメンバーには何か隠し要素があるのか。
「一から考えを改めたほうがいいかもしれないな」
「そうですよね。節約に贅沢は厳禁ですから! 外食なんてもってのほかでしたよ!」
俺と考えの相違があるようだが、やる気はあるようなので黙っておこう。
まずはやれることをやる。雇用問題ばかりに気を取られてやられてしまっては元も子もない。
「もう少し防衛設備を強化しておこうか。どうにも嫌な予感がするから」
「それは『未来予知』の力ですか?」
「ああ、そうだよ」
と言っておけば話が早い。『未来予知』はそんなに万能ではないけど。
修羅場を潜り抜けてきた、生き延びることに特化した男の経験から弾き出された……ただの勘。
そして、厄介なことに嫌な予感の的中率は高い。
「じゃあ、もういっそのことピラミッドから城砦に進化させましょうか!」
「魅力的な提案だけど、それだと材料費が足りなくなってくる。ポイントを無駄遣いすると後が困る」
かといって節約ばかりに気を取られて守り切れなかったら本末転倒だ。
ゲームで高価な回復薬をもったいないからと最後まで残しておいて、結局使わずにクリアーしたことが何度もあるので、何事も適度が大切。
「これがゲームならコンテニューを前提に取りあえずやってみる、とかできるんですけどね」
「命はコンテニュー出来ないからな。前のダンジョンと違って」
やれることをやるしかない。
雇用に関してはポイントが達してから考えればいい。
……そう割り切れればよかったのに、ピラミッドを更に増築している最中も彼らのことが頭から離れなかった。