準備
扉の先に見えたのは遮蔽物が全くない広々とした平原。
見上げると青空が広がっている。
六角柱の水晶らしき何かが目の前に浮いている。全長は俺よりは低いが幸よりは高い。
「これが守るべきクリスタルか」
「強化とかアイテム購入はこれでやるんですよね」
俺の前にいる幸は……全裸の後ろ姿が丸見え状態でクリスタルに触れている。
………………全裸?
とうとう露出癖が悪化して見られる快感に目覚めてしまったのか。かわいそうに。
ためらいもなく変態行動する幸に関心していいのか呆れていいのか。そう思いながら危険人物から数歩下がっておいた。
後ろ姿とはいえじろじろ見るのは失礼だから、極力そっちを見ないようにしておく。
「あっ、本当に文字が出てきましたよ」
平然としている幸には触れてやらないのが優しさだと判断して、視線を向けずに無言で後方からクリスタルを覗き込む。
『クリスタル強化』
『防衛強化』
『武器アイテム』
『仲間雇用』
『魂技解放』
『敵情報』
『防衛開始』
これだけの項目が並んでいる。
「さっきと同じで、これに触れたら内容が出るみたいですよ。一番下のはどういう意味なんでしょうね」
物怖じせずに『防衛開始』に触れようとしていたので、視線を向けずに横に並ぶと幸の手を掴む。
「幸、俺が言うまで触らないでくれるかな。何の準備もしないで始まったら、下手したら死ぬんだよ?」
相手から目を逸らしながら穏やかに微笑み優しく語りかけると、視界から幸の手が引っ込んで後退る音がした。
俺が笑顔で接しているというのに失礼な反応をしてくれる。
「す、すみません。勝手に触ったりしませんから、その顔やめてください! 目がこっち向いてないですし、目が笑ってないから怖いんです!」
ご要望通り笑顔を引っ込めてから、幸に代わってクリスタルの前に陣取る。
一番下の『防衛開始』はゲームスタートだよな。これは間違っても今は押さないように気を付けよう。
順当に上からいくべきだよな。
『クリスタルは注ぎ込んだポイントだけ耐久力が増える。現在100』
「あれっ? 初めからクリスタルのHP100もあるんですね。敵の木人形とかいうのは攻撃力1でしたから……百発も耐えられるなら余裕ですよ!」
「確かに思ったより難易度は低く感じるけど、問題は何体敵が来るか」
第一ステージは楽に学ばせてくれるだけならいいが、警戒はしておくに越したことはない。
ただ本当にチュートリアルで難易度が低いなら、説明にもあったポイントが増える要素を狙っていきたい。明らかになっているのはクリスタルをノーダメージで守り切るのと、仲間を倒させないようにする、だったか。
「この上の方にある赤い100ってなんでしょう?」
幸が指摘したのは項目から少し離れた場所にある、赤い数字とptというアルファベットのことか。
「ふつうに考えるなら、それがポイントだろうな」
「ということは……今だとHPを100増やせるってことですよね」
「たぶん。でもまあ、他にも使い道があるから今は保留だ。他のも調べて……ん?」
次の『防衛強化』に触れると『今は閲覧不能です』と文字が出た。更に『第一ステージ前は仲間雇用も使用できません』と書いてある。
試しに『仲間雇用』にも触れたが無反応。
「徐々にやれることが増えていく流れか」
「一度に全部解放されると、わけわかんなくなりますもんね。こういう気遣い大事ですよ」
第一ステージは本当にチュートリアルらしい。
じゃあ、調べられるところだけ試すか。
『武器アイテム』は、ずらっと購入可能なアイテムが並んでいる。
武器は片手剣、両手剣、弓、槍、メイス、ナックル、斧とそれ以外にも大量にある。種類は豊富なようだが、俺には愛用の武器があるので必要は……んんっ?
慌てて背中に手を回し、ポケットをまさぐるがない!
「おいおい。何で今の今まで気付かなかった」
「どうしたんですか、急に怪しげな踊りを」
「違う。武器や道具がないんだよ。バックパックも消えている」
「どうしたんですか、忘れ物してくるなんて迂闊ですね。私のは透明だから見えてないと思いますけど、ちゃんと……ちゃんと……ありませんよ!?」
背後からバタバタと慌てているような音がする。
扉を開けてくぐるまでは持っていた。それは間違いない。バックパックも背負っていた。
だというのに、扉を通り過ぎた際に全部消えた。
これは元からの仕様なのか、今までのステージを正攻法でクリアーしなかったことに邪神が腹を立てた対策なのか。
どちらにしろ、手に馴染んでいた武器を失った状態でやらされるのは確定だ。
……このステージが終わったら返してくれると信じているぞ、邪神。
「ないものは諦めるしかないな。ポイントの使い道は武器になりそうだが、もう一つの『魂技解放』も見ておこう」
触れるとクリスタルに幾つものスキルが並ぶ。
『ベルセルク』『暗殺』『熱遮断』『石の匠』『棍技(網綱流)』『未来予知』『炎使い』『麻痺耐性』『幻覚耐性』『毒耐性』『木工』
俺の所有している魂技で間違いない。
「私の魂技が書いてますね。でも、なんか文字薄くないですか?」
幸と俺とでは見えている文字が違うらしいが、文字が薄いのは同じか。
これは魂技が封印されている状態を示しているのだろう。つまり、今俺も幸も魂技が一切使えない状態ということになる。
……魂技が使えないということは、幸の『透過』も使用不可になっている。
……もしかして、幸は裸を見せびらかしているのではなく、自分の『透過』が切れているのに気づいてないだけ?
「んっ、んんっ」
咳払いをしてから白のコートを脱いで、背後の幸に手渡す。もちろん、そっちを見ないで。
「ど、どうしたんですか。裸でもそんなに寒くないけど、ありがとうございます。はっ! 急に優しくして……まさか私を惚れさそうと! 私はそんな安い女じゃありませんからね! でも、どうしてもって言うのなら、お友達からなら考えてあげても」
勝手な妄想で照れているようだ。
黙っていても直ぐにわかるよな……。仕方がないので教えてやろう。
「この文字は魂技が封印されているって意味だよな。だから、俺も幸も魂技が使えないということになる」
「それぐらいわかってますよ。それがどうしたんですか?」
俺の言葉の真意を分かっていないな。
もういいか、気を使って回りくどく言うのは俺らしくない。
「あれだ。つまり、既に魂技が封印されているってことだ。幸の『透過』が切れているから、真っ裸」
「は、い? ……え、もしかして、見たんですか!?」
「後ろ姿だけだけどな」
極力そっちを見ないようにしていた俺の努力を褒めて欲しい。
俺が大きく一度頷くと慌ててコートを着こむような音がしたので、ゆっくりと振り返る。
小柄な幸にはサイズの大きすぎるコートに包まれた幸がいた。かなり恥ずかしいのか、フードを口元まで下げているので顔が全く見えない。
なんか、巨大なてるてる坊主みたいだ。
幸はしばらく立ち直れないっぽいので、『魂技解放』について考察しておくか。
魂技表の下に『レベル1解放』とある。これは俺が現在レベル1なので一つ魂技が解放できるということだろう。
となると
『ベルセルク』『暗殺』『熱遮断』『石の匠』『棍技(網綱流)』『未来予知』『炎使い』『麻痺耐性』『幻覚耐性』『毒耐性』『木工』
の中から選ぶのは複数の魂技が融合した『ベルセルク』か『暗殺』の二択。
『ベルセルク』は『不撓不屈』『咆哮』『野生』『回復』の四つが融合している。
『暗殺』は『暗視』『体幹』『気配操作』『射撃』『隠蔽』の五つか。
長期戦と複数を相手にするなら『ベルセルク』
各個撃破と身体能力の向上を重要視するなら『暗殺』
……第一ステージならどっちでもいいだろうが、対応力のある『暗殺』を優先させよう。
ちらっと幸に目をやると、まだ丸まっていて動かないので先に済ませておく。
たぶん触れたら『解放しますか?』みたいな文字が出てくるよな。そう思って指でタッチすると
『暗視』『体幹』『気配操作』『射撃』『隠蔽』
が現れた。
お、おう。融合したスキルは別々に取らないとダメだというオチ。
そんなに上手くは事が運ばないよな。……やってくれるじゃないか。
こうなると話が違ってくる。『ベルセルク』も同じように融合した魂技から選ぶ仕様だから、全部から一つ選ばなければならない。
幸のように全裸プレイ前提なら『野生』を選んでもいいが。……ちょっと待てよ。常に裸の幸と『野生』の相性が抜群によくないか?
なんで『野生』に目覚めなかったんだ、もったいない。基本全裸なら野生児みたいなものだろうに。
幸のことはさておき、自分のことを決めないとな。これだけある魂技の中から選ぶべき一つは……『体幹』だ。
これが身体能力の向上に繋がるのは、あのダンジョンで理解している。
「決まりだな」
俺が選び終わったので、丸まっている幸を呼んで選ばせた。
彼女は迷わずに『透過』を選んだそうだ。まあ、当たり前だよな。
軽く体を動かしてみたが『体幹』のおかげでさほど違和感なく戦えそうだ。とはいえ弱くなっているのは間違いないので、慢心だけはしないでおこう。
「となると次は武器か」
コンパウンドボウも伸縮自在の棍も使えないとなると代用品が必要となる。
「弓と棍が欲しいな」
武器の項目に両方ある。弓といっても何種類もあって、物によって消費ポイントが違うのか。
『和弓』『クロスボウ』『複合弓』『小弓』等、弓だけでも目移りする。
その内の一つ『和弓』に触れると、また大量に項目が現れた。
『粗末な木』『竹』『石』『合成』『グラスファイバー』『カーボンファイバー』……と材質まで選べる凝りよう。
そして、弓の種類と材質によってすべてポイントが異なるようだ。
愛用のコンパウンドボウは『複合弓』に含まれているのでそれを選びたいが……高い。最低限の材質でも500ポイントを消費する。
最高級品ともなると桁が三つほど違う。これはポイント稼ぎを本気で狙った方がいいな。不謹慎かもしれないが、こういったやり込み要素はゲーマーの血が騒いでしまう。
棍も必要だから弓でポイントを全部使うわけにはいかない。今後の事も考えると、これで決まりか。
「幸も武器を一つ選んでくれ。ポイントは余らせておいたから」
「え、ええと、武器ですか。あのー、私基本は素手でしたので別になくてもいいですよ」
「いや、『透過』が通用するという保証がない。対応されていたら、そこで詰むだろ? 遠距離系の武器かリーチがある槍なんてどうだ」
未だにフードで完全に顔を隠したままの幸が、手を打ち合わせて大きく頷く。
俺に言われて初めて気が付いたのか。
「何がいいのかな。鉄砲とかあったら便利だけど……えええーっ! 千ポイント以上しますよ!」
一番粗末な拳銃でそれだからな。誰もが選びそうな強力な武器は軒並みポイントが高い。
あと恥ずかしさを誤魔化すためなのか、いつもよりも声が大きく無理してテンションを上げているようだ。
「網綱さんはなんにしたんですか?」
「石の弓と石の棍だよ」
そう、俺が選んだのは両方とも石製。今は関係ないが俺の魂技には『石の匠』がある。石材に対して効果があるので、いずれ役に立つはずだ。
「弓得意だからいいなー。あー、弓だと矢も必要ですよね。網綱さんは……しっかりしてるから、もちろん矢も買ってますよね」
さりげなく放たれた言葉に「当然」と返したかったが……幸の横に並んで矢を購入しておいた。




