ルール
「網綱さん、網綱さん。起きてください。起きないとイタズラしますよ~」
幸が俺の頬を指で突いて起こそうとしている。
昨日最後に聞いた声と違って今日は元気ハツラツのようだ。
無理しているのか気にしてないのかは不明だが、どちらにしても触れない方がいいだろう。
「イタズラか。痴女のレベルを上げるのかい?」
瞼を開けて平然と返すと、驚いた顔の生首が後方に下がっていく。
こっちににじり寄ってくる前から気配を察して起きていたのだが、何をするのか興味があったので放っておいただけだ。
「び、びっくりしたなーもう。起きているなら言ってくださいよ」
「熟睡していても即座に起きられるようにはしているけどね」
と言ったものの最近熟睡した覚えがない。
何かあった時に瞬時に動けるようにしているので眠りは常に浅い。それでも人の上限を超えた精神と身体能力のおかげで、今のところ何とかやれている。
「あ、そうだ。文字が変わっていたんですよ! 次の七階層のルールみたいです!」
邪神のチャットから、いつもの説明文章に戻っている。
幸に促されるままにガラス板の前に進むと、確かに文章がごっそり入れ替わっていた。
『七階層は陣地にあるクリスタルを制限時間内に壊されないよう守り切って欲しい』
「今度のゲームはタワーディフェンスなのか?」
一行目を読んで思わず口にした。
「タワーディフェンスって、あの敵がうじゃうじゃやってきて防衛する類のですよね。私あれ系が苦手でほとんどやったことないんですよ」
「頭使うからな」
「そうなんですよ。遊びは楽しくやりたいじゃないですか。適度な謎解き程度ならいいんですけど、なんでゲームで悩まないといけないのかと私は問いたい!」
熱く語ってくれるのは勝手だが……苦手なのか。
指揮は自分がとった方がよさそうだな。
「ゲームとは娯楽なんですよ! 楽しんでなんぼなのです! 私に言わせれば製作者は自分の考えた難しい謎解きを入れるぐらいなら、もっと中身を充実させ――」
幸はまだ何か言っているが無視して続きを読もう。
『敵の進撃は三十回。凌ぐたびに敵の勢力は増していく。防ぐ時間はクリスタルに表示されるので、それを参考にして欲しい。この戦っている時間を防衛フェイズと名付けた。それが終わると今度は戦略を練る時間を設ける。時間は無限で好きなだけ考え、準備してもらって構わない。これを戦略フェイズと呼ぶ』
「えっと、つまり『防衛フェイズ』と『戦略フェイズ』が交互にあって、防衛した後は休憩時間も無限だってことですよね?」
「そうだとは思うが」
幸も同じところを読んでいたようだ。
この設定はタワーディフェンスではありがちだが。
『ステージは毎回異なり、クリアー後に情報などがクリスタルに表示される。それを参考に味方を配置してくれたまえ』
「味方を……配置?」
予想外の言葉に目を見張る。
タワーディフェンスでは敵の攻撃を凌ぐために防衛拠点の塀を強化して、兵士を配置するのが一般的だ。
ゲームでそうだとはいえ、実際にこちらも味方を得ることができるのか。
「味方ってなんなんでしょうね。ファンタジー系なら魔物を召喚して使役するのが王道ですけど。それとも兵隊さんとか……もしかしてSFっぽくロボとか!?」
目を輝かせて妄想しているようだが、どちらにしろ邪神が作り出した何かを味方にするというのは正直不安がある。
会話を交わして邪神の考えはある程度は理解したので不正行為はないと信じたいが、この世界の人々を数千万か数億かは知らないが殺してきた相手。
同情の余地はあるとはいえ、それだけのことをやってのけた相手を信じ切るのは無謀すぎる。
「他に説明がないようだが……下の方にルール説明の文字があるな」
「ゲームとかだとここをクリックしたり、スマホだと画面に触れたら詳しい説明が出たりしますよね」
幸が軽いノリで『ルール説明』の文字に触れると画面の文字が入れ替わった。
ゲームを題材としている塔なので当たり前と言えば当たり前の仕様か。
『ポイントの稼ぎ方 拠点の強化 仲間の雇い方 育成要素 敵情報』
いくつもの項目が新たに出現した。
予想以上に凝った作りのようだ。
「えっと、どれから見ます?」
「順番に見ていこうか」
そう言ってから一番上の『ポイントの稼ぎ方』に触れる。
『攻め込んでくる敵を倒せば一定量のポイントが得られます。他にも《クリスタルをノーダメージで守り切る》《味方が一人も犠牲にならない》等の条件をクリアーするとボーナスポイントが加算されます。得られたポイントは防衛施設や装備、仲間を雇う際に必要となります』
「ふむふむ、なるほど、なるほど」
読みながら激しく頷いている生首は本当に分かっているのか不安だ。
複雑な設定ではないので大丈夫だとは思うが。
「ありがちで分かりやすい設定だから助かるな」
ポイントを稼いで拠点を強化するゲームは何度かやったことがある。
ただ気になるのは仲間を雇うという点だ。それは後の説明ではっきりするだろう。
「次は『拠点の強化』を見てみるか」
「ここ大事ですよね!」
文字に触れると説明の文章が入れ替わったので目を通す。
『ポイントを消費して拠点を強化できます《柵や罠の購入》《クリスタルの耐久力上昇》《武器購入》《道具購入》等』
「まあ、これもありがちだな」
「わかりやすくていいじゃないですか」
「確かに」
序盤はクリスタルを強化するか柵を購入して様子見もありだな。
実際にやってみないと何が本当に有効なのかは判断がつかないが。
「一番気になるのが、これだよな」
「ですよね。仲間ってどんなのかな?」
俺の予想ではこの要素が一番のポイントではないかと思っている。
『仲間はポイントを消費して購入できます。ポイントが多ければ多いほど強力な仲間になります』
説明はこれだけか。複雑よりも簡単な方が覚えやすくていいが、これについてはもう少し詳しくやってほしかった。
「むむむ。これはポイントの管理がとっても大切みたいですよ」
「そうだな。いかにして稼ぐか。そして、ポイントをどう使うか。それが攻略の鍵だ」
残りの項目はあと二つ。育成要素というのは購入した仲間を育てるシステムだろうな。
これがゲームなら育成システムは好みだが、自分の命に関わる状況だと素直に楽しむことはできない。
『育成要素。ステージをクリアーするとプレイヤーのレベルが上がります。レベルを上げると封印されている魂技を解放することができます。皆さんの魂技はすべて封印状態から始まります。頑張ってレベルを上げましょう』
予想外の内容に言葉が出ない。
育成要素は俺たちにもかかわって来るのか?
冗談じゃないぞ。魂技が使えないとなると難易度が違ってくる。
この文章を読むまでは心のどこかにまだ余裕があった。でも今は違う。
あのダンジョンで育てた数々の魂技が使えなくなるようになると、大幅な戦力ダウンだ。
ヤバいぞ、これは……。
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ! これだと、私たちの魂技が使えないってことになりませんか!?」
無意識のうちに頭を強めに掻いていたようだが、説明文を指差して取り乱している幸を見て、少しだけ冷静さを取り戻せた。
俺まで冷静さを失ったらダメだ。勝負を始める前から負けを認めてどうする。
幸に気づかれないように深呼吸を繰り返す。
「落ち着け。慌てたところでどうしようもない。とりあえず、最後の説明も読んでから考えよう」
「そ、そうですね。大丈夫ですよね、きっと」
不安そうな幸に「そうだな」と返したかったが、この状況ではそんな楽観的なことを口にはできない。
残っていた『遭遇した敵情報』にも触れる。
『倒した敵の情報はクリスタルで確認できます。クリスタルの耐久力やポイントの量。仲間やアイテム購入。魂技の解放もすべてクリスタルで行えます。今回は特別サービスとして第一ステージの敵情報を公開します』
これはありがたい。戦いにおいて敵の情報があるとないとでは攻略難易度が変わってくる。こういった情報をまったく見ないでゲームを進める人もいるそうだが、俺はじっくりと調べる派だ。
攻略サイトは利用しないが、ゲームから提供される情報は隅から隅まで読む。
「敵情報なんてあるんですね。でも、私そういうのあんまり見ないんですよ。ゲームは行き当たりばったりで楽しまないと!」
「……はあああぁぁぁ」
「なんでため息吐くんですか!?」
幸は本当に俺と真逆だな。ゲーム内の情報は飛ばすくせに行き詰ると攻略サイトを利用する。
楽天的なところに助けられることもあるが、こういった頭を使う要素となると頼りにならない。
こういったゲームでは参謀的ポジションの仲間が欲しい。心からそう思う。
「敵の情報を見てみるか」
「ねえ、なんでため息を吐いたんですか! ねえってば!」
迫りくる生首を手で抑えながら敵の情報を確認する。
『木人形 攻撃力1 防御力1 HP10 木製の敵。ハッキリ言って雑魚』
……一昔前のRPGみたいだ。能力値が手抜きすぎる。
さすがに説明不足だろ、これは。
ないよりかはマシだが、もっと詳しい説明が欲しい。
「んー、弱いのは伝わってきますけど、そもそも私たちの攻撃力とかがわからないと、比べようがないですよね?」
「おっ、珍しく的を射た意見じゃないか。こっちの攻撃力が11以上なら一撃で倒せるということだけど、これも試してみないと。おそらく、第一ステージはチュートリアルのような感じだと思う。説明を信じるなら、敵も弱そうだしな」
「結局やってみないと、わかんないんですね」
ここは邪神のゲーム好きを信じて挑むしかないか。
俺と幸は簡単な打ち合わせをして、扉を開く。
第七階層……一筋縄ではいかないようだ。