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暗殺思考の狂戦士(ベルセルク)  作者: 昼熊
二章

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プレイヤーと邪神

 予想以上にあっさりボスを倒すと俺と幸はボスがいた場所まで移動する。

 幸はクリアーした喜びはあるようだが、素直に喜べないらしく引きつった笑みを顔に張り付けていた。


「網綱さんが仲間でよかったと、心底思います」

「その言葉、あのダンジョンでも聞いた気がするな」


 最後の殲滅側と探索側に分かれた時に、仲間の一人に似たような事を言われた。

 そんなに昔の話でもないのに異様に懐かしく感じてしまうのは、ここで過ごす時間が濃密すぎるからだろう。

 サラリーマン時代なんて昨日何を食べたかも思い出せないぐらい、空虚な毎日だったのにな……。


「どうしました。もしかして、怪我でも?」


 至近距離で生首が覗き込んでいたので顔を逸らす。

 普通なら照れる場面なのかもしれないが、浮かんでいる頭相手だとホラーにしか見えない。


「いや、何でもないよ。さてと、奥の扉を開けたら休憩所かな」

「きっとそうですよ! これで六階層クリアーですね!」


 少し沈んでいた気持ちが、幸の喜ぶ声で掻き消される。

 一人でいると頭がマイナス思考に寄りがちだが、誰かがいるだけで気がまぎれる。それだけでも幸がいるありがたさを感じるよ。

 俺が両開きの扉を押し開けると我が家に帰ってきたような安心感がある、殺風景な休憩所があった。

 楽な勝利だったとはいえ緊張していたようで、部屋に入ると全身の力が抜ける。

 荷物を部屋に置くとその場に転がった。


「さすがに網綱さんでも疲れました?」

「ちょっとな。疲れたというより緊張が解けたんだと思うよ」


 大の字で床に転がると開放感がある。

 このまま、仮眠でもしたいが。


「っと、一応この部屋を調べておこうか」

「そうですね。安心したところに嫌がらせしてきそうですし」


 俺も幸もあのダンジョンを経験したので疑い深くなってしまっている。

 でも、この世界ではこれぐらい警戒しても足りない。

 部屋の真ん中にガラス板があり、そこの文字が書きこんでいるのも定番の流れだ。


『六階層クリアーおめでとう。まさか、あのような方法でラスボスを倒すとは。製作者として……物申したいところもあるが、ここは素直に称賛しておこう』


 この文章……やはりリアルタイムでこちらを見物しているようだ。

 もしかして、現在進行形で文字を入力しているのであれば会話が成立するのではないのか。ボイスチャットと文字チャットで会話するように。

 駄目で元々だ。やるだけやってみよう。


「ところでこの文字を書き込んでいるあんたは誰だ。ここの住民が言うところの邪神でいいのかい?」


 天井を見上げて話し掛ける。


「網綱さん!? 過酷な環境で頭が……」


 わざわざ手の透過を解いて、口元を押さえながら後退っていく失礼な生首は放っておこう。

 俺は文字の浮かんでいるガラス板に視線を戻すと、表示されていた文字が入れ替わっていた。


『ご名答だよ、網綱君。私はこの塔を造った邪神と呼ばれている存在だ』


 その回答を聞いて全身に電撃が走ったかのような衝撃が突き抜ける。

 まさか反応してくれるとは思わなかった。このチャンス逃すべきじゃない。

 動揺を抑え込み、大きく息を吸って吐く。

 幸は事の成り行きを理解したようで、驚愕のあまり体の輪郭が浮かび上がっているが今はそれどころではない。


「やはりそうか。物は相談なんだが、地球からこっちに強制的に連れてこられた連中だけ解放して、あんたは元の世界に帰るってのはどうだ?」

「な、何を言っているんですか、網綱さん!」


 驚いて俺に迫ってくる幸の顔を手で制しておく。

 俺の目的は地球からこっちに送り込まれた人々を救うことだ。……いや、あのダンジョンで共に戦った皆を助けたい。それだけだ。

 この塔を造った邪神と対立する必要はない。


『本当に君は面白い人間だ。興味深い提案だが、私に対する恨みや復讐心はないのかね?』

「ない。でもまあ、あんたの行動はやりすぎで八つ当たりだとは思うが」

「ちょっ、ちょっと、網綱さん! そこはオブラートに包んで媚びていきましょうよ! すみませんね、この人ってずる賢いんですけど頭がちょっとあれでして」


 体半透明生首が慌ててフォローを入れようとしているが、それを口にしている時点でどうかと思う。


『ふむ、大方の事情は聞いているようだな。何百年も無茶な内容のゲームをやらされ、見世物にされていたのだよ。もちろん召喚した奴らが元凶ではあるが、その行為を認め眺め辱め……楽しんでいた連中も同罪とは思わないかね』


 ただの文字の羅列だというのに、そこからは恨みつらみといった感情があふれ出し伝わってくる。思わず身構えてしまう程に。


「思わない……とは言わない。俺もここに喚んだ連中を許す気はないからな。正直に言えばこの一件に関わったラースフォーディル人は全員死ねばいいと思っているよ。幸はどう?」

「えっ、私ですか!? えっと、そうですね……私も許せないです、はい」


 急に話を振られて戸惑ってはいたが、小さく頷いている。

 日本から無理やり連れてこられ、何度も殺され、何度も殺し、何度も絶望した。

 あの行いを許せるとしたら、それはもう聖人か何かだろう。


『そうであろう。ならば、我の気持ちも理解できるな』

「そうだな。でも、俺たち……地球人は関係ない。あんたと同じく巻き込まれた側だ。恨みの対象じゃないだろ。それどころか、あんたと同じ立場のはず」


 本当にこっちの願いを聞いて欲しければ、こんな話し方を止めて媚びるべきなのだろう。だが、理不尽に巻き込まれダンジョンで力尽きた仲間や人々のことを思うと……そこは譲れなかった。


『言い分は理解した。確かに君たちには同情するが、解放してやるわけにはいかない。どうしても、このゲームをクリアーしてもらわなければならないのでな』


 話の通じる相手のように思えたが、そうそう上手くはいかないか。

 期待していただけに落差も大きいが、この程度で落ち込むほどやわじゃない。


「クリアーにこだわる理由を聞いても?」

『そうだな、それは召喚された際の契約……いや、これは呪いとでも言うべきか。それに関わっている。とだけ言っておこう。詳しい話を聞きたければ、わかっているだろう?』


 その試すような口調に対して俺は、


「最終ステージでラスボスとして現れたあんたの口から直接聞け、ってところか」

『それがゲームの王道というものだろう。網綱、貴様には期待している。では、さらばだ』


 文字を読み終えて大きく息を吐く。

 もうこれ以上の問答は無理か。聞き出せたのは相手の立ち位置ぐらいだが、悪くない情報だった。

 平然を装っていてもかなり緊張していたようで、膝の力が一気に抜けて地面に座り込んでしまう。


「だ、大丈夫ですか!?」

「ああ。さすがに緊張して疲れたよ」

「網綱さんでも緊張したりするんですね?」


 不思議なものを見るような目でこっちを見るな。

 俺を何だと思っているのだろうか、幸は。


「さっきの口ぶりだと邪神さんって、私たちに対して悪意がないようですけど……ダンジョン構成とか酷くないですか。素の性格が悪いのかなぁ」

「さーてね。何か事情がありそうだったが、それを知るにはラスボスまで進まないとな。あと、この会話も聞かれていると思うけど、いいのか?」


 俺の発言が何を意味するのか瞬時に理解した幸の顔から血の気が引いていく。


「違うんです! い、今のは軽いジョークですから勘違いしないでください! 私は邪神様を尊敬していますから!」


 動揺して体が浮き上がっている全裸の幸が天に向かって拝み、土下座している。

 彼女の裸体を見ないように背を向けて、食事の準備を始めておく。

 肉体の疲労もそうだが精神的に疲れたので、この安全地帯で一日ぐらいゆっくり過ごさせてもらうとしよう。

 言い訳が尽きた幸が首から下を透明に戻して、俺の前にやってきた。


「大丈夫ですよね? 邪神様、怒ってませんよね?」

「気にしてないだろ。ここに挑んだ連中からの罵詈雑言なんて聞き飽きているさ」


 未だにびくびくしている幸の前に料理を置く。

 今日の献立は味噌汁と焼き鳥だ。味噌はこの塔で得たアイテムだが焼き鳥は享楽の町で購入した物。

 火は通っていなかったので『炎使い』の能力を活用していい感じに焙っておいた。


「私の想像だと聞く耳を持たない悪の権化ってイメージだったのに、なんか違いましたね……」

「あれが本性だという保証はないけどな」

「網綱さんってあれですよね。疑い深いというか」

「そうかい? むしろ、あれを経験して未だに誰かを信じられる方がどうかしていると思うけどね」


 幸は怒っているような泣いているような、何とも言い難い表情で焼き鳥を食べている。

 彼女は『透過』という恵まれたスキルのおかげで、俺ほどは酷い経験をしてこなかったのかもしれない。


「あのダンジョンの最終ステージで幸はどっち側だった?」


 なんとなく浮かんだ疑問を素直に口にすると、カランと音がした。

 幸が手にしていた味噌汁の入ったお椀が足元に転がってくる。

 視線を上げると、幸はうつむいていて表情が見えない。


「どっち側って、探索側と殲滅側の話ですよね。網綱さんは……」


 感情の消えた声が俺に問い掛ける。


「探索側だよ」

「やっぱり、そうでしたか。私は……殲滅側です」

「そうか」


 予想していた答えだったので特に驚きはしない。

 もし俺の時も彼女が敵側にいたらもっと面倒なことになっていた。ダンジョンをクリアーできたかどうかも怪しいな。


「探索側の人は、殲滅側を恨んでますよね。当たり前ですけど」


 すっと顔を上げて見つめる彼女の顔は真剣で、視線を逸らさず見つめ返して口を開く。

 殲滅側は探索側を罠に陥れライフポイントをすべて削ればクリアー。探索側は殲滅側の相手もしながら、ダンジョンのボスも倒さなければならなかった。


「リタイアした人は恨んでいるだろうな」

「そう、ですよね」

「だけど、俺はそうでもない。従わなければクリアーできないんだ。生き残るために必死になって何が悪い。姑息な手段だろうが、卑怯者と呼ばれようが……生きなければならなかった。それだけだよ。それに恨むならダンジョンを作って俺たちを呼び寄せた、ラースフォーディル人であって、必死になって生き延びようとしていた殲滅側じゃないさ」

「…………」


 幸は何も言わず天井を見上げている。

 余計なことを言ってしまったようだ。彼女を責めるつもりはなかったのだが、結果そうなってしまった。

 それからは互いに何も話さず、俺は部屋の隅に移動して眠ることにする。

 ちらっと幸に目をやると、『透過』が発動していない状態で体育座りをして顔を埋めていた。

 いつも明るく楽天的に見えた彼女だったが、それは自分の犯してきた罪を誤魔化すためだったのかもしれない。

 ……その忌まわしい思い出から逃れるために、役割を忘れ、現実に目を向けずゲームに没頭していたのかもしれないな。


 俺だって他人のことは言えない。

 あのダンジョンをクリアーできなかった人々を救う決意をしたのは……自分のためだ。どんなに理屈を並べて誤魔化そうとしても、自分の心だけは偽れない。

 俺が耐えられないだけだ。多くのプレイヤーを倒し、その屍で道を作り、踏みつけ歩んできた自分を許せない。

 ふとした瞬間に我に返ると、罪悪感や焦燥感で胸が締め付けられる。

 俺はあのままに日本に戻っても平穏な日常は送れなかったという確信がある。いつか記憶が風化するかもしれないが、そこまで俺の心が持つのか。

 魂技で強化された精神とはいえ……。


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