ボスの正しい倒し方
結局あれから百回ボスに挑み、倒せたのは五回。
それも偶然の産物に近い。成功率はたった5%か……。
「もっとやり込めば、確率上がりますか?」
「いや、正直怪しいな。攻撃パターンも完全に覚えたが、一定のタイミングで避けられない攻撃を挟んでくる。あれをやられたらどうしようもない」
クリアーできた五回は運よくその攻撃がなかったに過ぎない。
回避不能の攻撃なんて覚えたとしても対応不可だ。
それに、その攻撃がなくても難易度が異様に高く何度も死んでいる。
せめてもの情けのつもりなのか最終ステージは制限時間が他のステージの十倍以上あるので、じっくりと戦うことは可能。
「このゲームってクソゲーですよね……」
「実在するゲームでも、たまに開発者が難易度を上げるだけ上げて『ほーら、やれるもんならクリアーしてみろよ!』って悪ノリで作ったとしか思えないボスとかいるからな」
普通はそういうボスは隠しボスなんだが、それをラスボスに持ってくるのはアウトだろ。
ただこっちは2Dの世界じゃないので防ぐ手立てがあるかもしれない。
……だけど今の状態で、かもしれないに賭けるつもりはないが。
「さーて、どうしようか。少しでも確率を上げたいところだが」
「こうなってくると完全に運ゲーですよ。ここまで、スマホのゲームと同じだと最後だけ手を抜いて簡単にする……なんてのはないですよね」
「期待するだけ無駄だろうな。時間はあるんだ、もう少しやってみるか」
それから二人で協力してスマホの方に挑戦するが、やはり回避不可能の攻撃に対する突破口が見つからない。
合計二百回やったが回避不可能の攻撃をするタイミングに規則性はなく、あの攻撃をどうにかしない限り勝ち目はないだろう。
「ボスまではノーミスでいけるのに、あの攻撃は頭おかしいですよね!」
「だな。あの避けられない攻撃もそうだが、普通の攻撃も実際に避けられるかどうかも怪しい。だけど、これ以上ゲームをやり込んでも結果は同じだ」
俺はスマホを幸に返して大きく息を吐く。
もう一度手元にある武器をすべて確認して立ち上がった。
「一つ策が浮かんだけど成功するかどうかは……分からない。それでも俺の提案に乗るか?」
「えっと、今の状態なら嫌です。ただ、ちゃんと何をするか話してください」
「そりゃそうだな。実は道中でも、こそっと何度か試したんだが――」
手招きをするとスーッと生首が寄ってきた。何処かで見張られていることを考慮して小声で囁く。
何をしようとしているのかを明かすと、幸が目を限界まで見開いて俺の顔を凝視した。
驚きすぎて体の輪郭が完全に浮き上がっているが黙っておこう。
「そ、それって……いいんですか?」
「さあな。実際にできるならルール違反じゃないだろ。ゲームは製作者が直してなければ、それは裏技だから」
幸の生首が傾いているのは首を傾げているのか。
眉根を寄せた顔は納得がいってないようだが、これが最善の策だと説得してラストステージの攻略を開始した。
「火の玉が上下から降って来るぞ!」
「よいっしょー! とうりゃー!」
溶岩の上に架かった橋の上を疾走しながら飛び出してくる火の玉を避ける。
お互いにこのステージはうんざりするほどやり込んだので、目を閉じていても躱す自信はあるが念には念を入れて、声掛け確認を怠らない。
幸は攻撃能力がしょぼいが回避能力は高いので、俺とそん色のない動きで後を付いてきている。といっても生首が上下に激しく揺れているようにしか見えないが。
《透過》の魂技が有効なら避ける必要はない。それは理解しているが、万が一を考えて避けるように伝えてある。
今のところゲームとの動きの差はわずかで順調と言っていいだろう。
稀に奥行きのないゲームとの差異はあるが、こちらとしては上下前後の動き以外にも逃げ場があるので、こちらが不利になることはない。
「そいつにはナイフを」
「はい、お任せください!」
予め幸に渡しておいたナイフを、進路方向で立ちふさがっている炎上カエルに投げつけている。
額にナイフが突き刺さった炎上カエルはあっさりと消滅した。
ナイフは一定の速度で一直線に進むので、誰が投げても狙い通りの場所に飛ばせるので重宝している武器の一つだ。
武器は同じ種類を同時に二つ装備することができない。ただし、回数制限のある飛び道具は別。なのでナイフとバクダンは半分ずつ持つことにしている。
飛び道具以外はムチ、ソードを幸。
オノだけ俺が使っている。
といっても攻撃の大半は自分が担当して、遠方の敵の処理をたまにさせる程度だが。正直な話、幸には攻撃系の魂技がないので任せるのは不安しかない。
「次は難所だ。気合い入れていこう」
「何十回もやりましたからね、大丈夫ですよ!」
ドンという音が幸の方から聞こえたのは、自信ありげに自分の胸でも叩いたのだろう。姿が見えないので心霊現象にしか思えないが。
石造りの廊下を走っていると壁に掛けられていた肖像画の人物が大きく口を開け、四方八方から青白い球を吐き出してきた。
更に地面の足場が崩れていき、まともに走ることすらできない。
どの足場が残って何が崩れるかは把握済み。逃げ場のないような攻撃に見えるが実はこの青白い球、見た目より当たり判定が小さい。
少し不安だったが球が掠るように避けてみると、ダメージもなく通り過ぎていった。
「ゲームと同じですね!」
「だな。だけど、油断はしないようにっ」
青白い球に隠れて迫ってきていた雑魚敵をオノで真っ二つにしながら注意を促す。
この敵の動きも初見だったら危なかった。ゲームでは見事に引っかかっていたから。
でも、スマホのゲームと現状を比べると実は……今の方が楽だったりする。
ゲームキャラよりも自分たちの方が素早く動けて、更に奥行きがあるので避けられる方向が格段に増えているからだ。
そのおかげで幸の動きを観察できる程度には余裕がある。
俺はかなり余裕をもって躱しているが、幸も問題はないな。
もし、これが初見だとしても魂技を活用すれば、ギリギリで乗り切れた可能性はあるだろう。
ボス前の弾幕を潜り抜けて肖像画が飾られている大広間を抜けると、攻撃は一斉に止んだ。
ゲームではステージの途中だというのにラスボス前には休憩ポイントが設置されていたが、こちらも同じ仕様で助かった。
目の前には長さはそれほどでもないが幅の広い木造の吊り橋がある。
「溶岩の上の橋なのになんで燃えないんだろうな」
「それは触れてはいけないポイントでは……」
俺の素朴な疑問に呆れた声のツッコミが返ってきた。
幸の顔を見ると極度に緊張しているようだが、俺の声が聞こえているなら大丈夫か。
橋の向こうはさっきの大広間と同じぐらいの空間が広がっている。その空間の半分を占めているのが、十の頭を持つ竜。
「大きすぎて遠近感がおかしくなりそうですね」
「ここからだと、そんなに大きく見えないが……この場所から違和感なく見えるのが異常だからな」
これだけの距離で人間が立っていたら顔の確認もできない。
だけど竜の頭ははっきりと見えている。床に伏せて目を閉じているので眠っているようだ。俺たちが相手の間合いに入っていないので戦闘モードではないのか。
吊り橋の支えている四つの支柱の内の一つをコンコンと叩く。更に手にしたオノでガンガンと力を込めて叩いてみた。
「まったく欠けないな。やっぱりステージのオブジェクトは破壊できる物と何をしても壊せない物に分かれていると」
「えっと、やっぱりあの方法をやるんですか?」
「もちろん。一応はナイフが届かないか試してみるけ……どっ!」
手にしたナイフを竜に向けて投げつけたが、吊り橋を越えたあたりで地面に墜落した。
やっぱり射程範囲外か。
「まあ、失敗したら一か八か正攻法で勝負だけどな。でも試して損はないだろ?」
「そう、ですよね。ルール違反だから失格とかないですよね? 大丈夫ですよね?」
「やったらダメだとかなかったからな、大丈夫だろ。ここの運営は意外と融通が利くようだし」
なんとなく上を見つめて言ってみる。
もし、誰かさんが覗き見していて違反行為だったら、何かしらの反応をするのではないかと想像して。
やはりというか何も起こらないので、計画を実行することにした。
「じゃあ、武器を全部渡してくれるか」
「……はい」
幸に渡していた武器を受け取ると、俺はラスボス討伐の準備を始めた。
ナイフの切っ先が黄色の竜の頭に突き刺さる。六つ目の頭を破壊したことで、残りの頭は四つとなった。
順調、順調。
こちらは一切攻撃を受けずに一方的に攻撃が成功している。
俺としては大満足の結果なのだが……隣の幸は何故か不満顔だ。
お互いに無傷で安定した戦いだというのに、半眼で口がへの字なんだが。
「どうして、そういう卑怯と言うかズルい発想が浮かぶんです?」
「最近のゲームも好きだけど、父親が所有していたレトロゲームも結構好きでね。昔のゲームって案外裏技とかバグが多くて、製作者も想定外の抜け道とかあったりするんだよ」
俺はこの場から動かず竜を眺めながら腕を動かして、幸と会話をしている。
ただ、この攻略法はゲームでは不可能だ。ゲームを現実で再現しようとするからこんな抜け道が発生する。現実とは異なる物理法則やルールが存在するなら、それをプレイヤーが逆手に取ればいいだけの話。
「おっと、残り二つか」
残りの頭から視界が埋まるほどの攻撃が放たれているが、俺たちは避ける事すらしない。
そもそも、ほとんどの攻撃が橋の半ばぐらいまでしか届いてないし、こっちまで攻撃が届いたとしても破壊不可のオブジェクトに当たり霧散する。
俺と幸は吊り橋のオブジェクトに隠れているので、相手の攻撃は一切通らない。
竜も自ら動いて吊り橋付近まで移動すれば俺たちへ攻撃する方法もあるというのに、ゲームの仕様を忠実に再現しているようでその場に固定されている。
吊り橋を挟んでいるのでこちらの攻撃も本来なら届かない。このステージで得た武器の攻撃範囲外だから当然だ。
だが、それはこのゲームで得た武器の話。
俺は今、相棒のコンパウンドボウで攻撃をしている。普通なら矢は相手に当たっても弾かれるだけだが、今はすべての攻撃が通用していた。
何故か? それは――矢じり代わりにナイフを括りつけているからだ。
ナイフは手で投げるとある程度進むと失速して地面に落ちる。だが、今このナイフは矢の推進力で飛んでいるので関係ない。
コンパウンドボウの射程距離はナイフとは比べ物にならない。このぐらいの距離なら何の問題もなく届く。
矢に攻撃判定がなくても、矢じり代わりのナイフさえ当たればいい。
矢の数も抜かりない。暇があれば矢を制作していたので百本は確保している。
「おっとナイフが尽きたな。バクダンも使い切ったか」
「残りの頭は二つですから、ここから正攻法で……」
幸が何か言っているが無視して伸縮自在の棍を取り出す。その先端にソードとオノをムチで括りつけて槍……というよりハルバードのようなものを作り上げた。
完成品を見た幸の眉間にしわが寄る。何か言いたそうだが聞く気はない。
ハルバードもどきとなった棍を掴み伸ばしていく。それはぐんぐんと伸びて竜の目の前に到達した。
そして、棍を押したり引いたり振り回してみる。先端のソードとオノがラスボスに当たりダメージを与え続けている。
ラスボスの吐き出す攻撃は棍にもソードにも当たっている筈なのだが、弾かれることもなく素通りしていた。
初めからこの方法でもよかったのだが、頭が多すぎると狙いにくくダメージ判定のない首に当たって弾かれる可能性を考慮していた。残り二つならその心配も激減する。
「この六階層で初めに遭遇した敵の攻撃を弾こうとして、無理だったのを覚えているかい?」
「え、ええ、まあ」
この戦いはもう作業なので、のんきに会話をしながらラスボスの頭を削っている。
「ここで拾った武器以外の攻撃は敵に当たっても弾かれて無効。相手の攻撃を棍で弾こうとすると、まるで幻でも殴っているかのようにスカる。このゲームは相手の攻撃を相殺する仕組みがない。互いの攻撃は物理法則を無視して素通りして相手に当たる」
「ゲームだと相手の攻撃で弾かれちゃうと、一生敵に攻撃届きませんもんね……」
「そうだな。ここの製作者は元のゲームを再現しようとして頑張りすぎたのが敗因だ。互いの攻撃が相殺されないなら、棍も先端のソードも攻撃を無視してこうやって相手の傍まで接近できる。まあ、あとはこうやって棍を動かして安全地帯から竜を攻撃するだけ」
話している間に竜の頭が残り一つになった。
今も懸命に攻撃を繰り出しているラスボスに若干悪い気はするが、このまま倒させてもらおう。
一見クリアー不可能に見えるボスだが、俺と同じ発想をできればクリアーは可能だということだ。
そんな事を考えながらも腕は振っている。
ザクザクと刺されて消えていく竜の最後の頭が悲しそうな顔をしていたのは……バグだと思いたい。