チュートリアル終了
二体同時に追加される敵の討伐を五回繰り返すと、今度は敵が三体同時に現れるようになった。
四十体目の敵を倒したから、敵の出現条件が変更されたようだ。
ここでは調子に乗って敵を倒し続けると最終的には、何十体もの黒い人影に取り囲まれることになるのだろうか。
興味本位で試してみたい気もするが、この三体を片付けたら再び階段を目指そう。
敵の強さには変更がないので三体同時でも、それ程苦労することはなかった。あと身体能力が少し上がってきている。
ここの敵でも魔素は取込めているようだ。魔素集めという名の経験値稼ぎをしたいなら、後で相手をするのも悪くない。
三体目の腰を曲がってはいけない方向に曲げてやり、霧散したのを確認すると追加を無視して走り出す。
逃げてしまえば敵が何体いようが関係ない。思う存分引き離してやるよ。
身体能力が同じで数が増えただけなので、前回と相手の速度が変わらないので軽々と差が広がっていく。
今度は全力疾走でなく適度な速さで階段を目指して走り続けてみよう。まあ、適度といっても短距離走で世界陸上一位の選手より早く走っているのだが。
今度は十時間走り続けてみたが軽い疲労程度で済んでいる。『ベルセルク』に融合された『回復』の効果で消耗に比例するぐらい、その場で体力が回復しているのかもしれないな。
さて、かなり進んだことにより目的地の線にしか見えなかった何かが、階段であることがハッキリとわかる距離まで近づけた。
あと十分もあれば壁を斜めに走る階段に着くな。
壁際に設置された階段は上を目指し伸びているが、その先へ視線を向けると階段が途中で雲に埋もれていた。
見上げると真っ白なので天井が白いのかと思っていたのだが、上空を真っ白な雲が覆っているようだ。これだと富士山ぐらいの高さはありそうだ。
階段の真下まで移動するか。そこからが本番だからな。
壁の側面に貼り付くように設置されている階段は幅も広く、俺が三人ぐらい寝転んでもまだ余裕があるぐらいだ。上っている最中に足を踏み外して落ちるようなことはないだろう。
「さてと、待ち人は……まだまだ先か」
かなり引き離したから、やってくるまでに数時間は余裕がありそうだ。
バックパックの中から食料と水筒を取り出し、腹八分目程度で抑えておく。ここで拾った保存食が本当に安全なのかわかるまでは、食料はできるだけ温存しておかないと。
この階は地面に罠もなく黒い敵が湧くだけの面で間違いなさそうだ。そうやって油断させておいて階段に罠が仕掛けられているのかもしれないが。
俺は手にした伸縮自在の棍の長さを調整しながら、周囲の地面を念入りに叩いていく。
自分を中心に半径百メートルの範囲を調べ終わったが、罠が起動することはなかった。他者が見たら慎重すぎると蔑まれそうだが、臆病すぎるぐらいの慎重さがあっても死ぬのが前のダンジョンだった。
「ここでなら、暴れても問題ないな」
俺はここで魔物たちと戦いを繰り広げるつもりでいる。理由は単純でドロップするアイテム目的と魔素集めだ。
敵を倒せば魔素を吐き出し、それを吸収して身体が強化される。つまり、経験値を溜めてレベルアップしたい。
回復薬と保存食も集めておいて損はない。今後、鬼畜難易度になれば食料を集められる余裕もなくなりそうだからな。
なら、邪神が慈悲を与えたつもりなのかは知らないが、楽なこの場で稼げるだけ稼がせてもらおう。二階以降にもっと魔素やアイテムの美味しい場所があるかもしれないが、これはゲームじゃない。確実に勝てる場所で鍛えるのが妥当だと思っている。
まだまだ、敵がやってきそうにもないので再び仮眠を取ることにした。体を休められるときに休めるのも重要なことだ。俺は何時でも反応できるように壁に背を預け、石の棍を抱きかかえたまま眠りに着いた。
今度は夢を見なかったようだ。
足音と気配を察知して頭が覚醒する。魔物が三体元気よくこっちに向かっているが、あの魔物は体力が無尽蔵みたいだ。持久戦に持ち込まれると不利になる恐れもあるのか。
後数メートルの距離までようやくたどり着いた黒い人影の顔面に矢を三発撃ち込んだ。威力を抑えて放ったので貫通はしていない。
貫くと拾いに行くのが面倒だからな。三本の矢を拾っている最中に新たな魔物が三体現れる。拾う手間と時間のロスが痛いので、矢はここでは使わない方が良さそうだ。
「じゃあ、糧になってもらうとするか」
敵の強さを調べる為に倒した数を記憶しているが、これで七十か。
四十からは敵が四体になり、五十を超えると鎧と武器を装備した人影が二体になった。動きにキレがあり身体能力も向上させて難易度を上げたようだ。
更に六十体目は敵の武装はそのままで数が三体となった。
相手も強化されていくが、こっちも魔素を取り込んで身体能力が上がっているので、今のところ被弾も無く体力も余裕がある。
「百体目に何かありそうだよな」
九十を超えた敵の強さによっては階段を駆け上がって逃げることも考慮しよう。
記念すべき七十討伐を終えて小さく息を吐くと、今度はさっきよりも巨大な頭が地面から湧いてくる。
ざっと見回したが一体だけのようだ、とっとと潰そう。
まだ肩口までしか出ていなかった魔物の頭に棍を振り下ろした。いとも簡単に霧散したな。呑気に床から現れる演出をするからこうなる。
アニメや特撮じゃないのだから、出てくるまで待つ義理はない。
そうして、敵の強さが不明のまま、モグラ叩きを続けていた。
「これで敵のランクアップかな」
八十体目を倒したので、次からは何かしらの変化がある筈だ。
細心の注意を払いながら床に意識を集中する。地面から今度は二体同時に、それも高速で浮き上がってきた。
「対策をしてきたか」
近い方の敵の脳天に棍を振り下ろしたのだが、手にした湾曲した剣を交差して受け止められた。
これで相手の両手が塞がったので、素早く棍を引き戻して胴体を最速で薙いだのだが、これもあっさり受け止められる――三本目の腕が手にしている剣で。
肩より下を見たことなかったので知らなかったのだが、今回の敵は四本腕で湾曲した剣を全ての手に握っていた。身長も三メートルは越えている。
「一筋縄ではいかなそうだ」
もう一体が俺の背後に回り込み、挟み撃ちの格好となり普通なら絶体絶命のシチュエーションなのかもしれないな。
俺は大きく息を吸い込むと、その場にしゃがみ全力で真上に跳躍した。今の身体能力だと垂直飛びで五メートルといったところか。
自分たちの身長を越える跳躍を見せるとは思っていなかったのか、呆けたようにこちらを見ている。目も口もないので実際のところは不明だが。
俺は肺一杯に空気を吸い込むと、それを一気に放った。
「うおおおおおおおおおおおおおおっ!」
吐き出された咆哮が大気を振動させ、眼下にいる二体の全身に襲い掛かる。
二体とも一度大きく体が縦に揺れると、その場に硬直して動かなくなった。
最上級魂技である『ベルセルク』に融合された『咆哮』は更に威力が上がっているようだ。身じろぎ一つできなくなった二体の内、一体だけを砕いておく。
そして、もう一体の背後に回りじっと観察する。どの程度、硬直時間が続くのか調べて置かないとな。できれば他の魔物との硬直時間を比べて、敵能力依存なのかそれとも一度かかればどんな相手でも時間は同じなのか知る必要がある。
そうやって九十体目を撃破してわかったのは、この敵は一分近く身動きが取れなくなるということだ。そして、硬直が解けた直後は動きが鈍く、半分の力も出せていないようだった。
完全復帰には三分は必要なようだ。これは重要な情報だから覚えておこう。
必要な情報を集め終わったので最後の一体を倒しておく。普通に二対一で戦っても、怪我一つなく撃退できた。まだ、余裕があるので次も大丈夫だとは思うが。
今度の敵はある程度離れた場所から現れたので、出始めを潰すことはできなかった。
「これは、意外だったな」
今度の敵は俺とほぼ同じ身長と体格の人影だった。それも、武器も鎧もない素っ裸の人影が一体。
「かなり腕が立つってことか」
腰を少し落として棍を正面に突き出すようにして構える。
相手は無造作にこっちへ突っ込んでくるな。足の速さは中々だが、隙だらけに見える動きだ。こちらの油断を誘っているつもりなのか……ならば!
素早く踏み込むと相手の胸元を目掛け、棍を突き出す。
さあ、右か左どっちに避けるのか――正面から棍を受け止めた人影は後方へと吹っ飛んでいった。
んー? 何を考えている。少しも避けようともしなかった。命中して数メートル先に転がっている人影。
それが何もなかったかのように、むくりと起き上がった。そして、そのまま再び突進してくる。
今度は横に薙いでみたのだが、それも狙い違わず首元に命中すると、首と頭だけ横に伸びた。そして、その状態のままこっちへ向かってくる。
あー軟体系の魔物か。打撃無効化か弱める効果がついていそうだな。
そうか、じゃあ取るべき手段は決まっている。壁際に置いていたバックパックに駆け寄り、中から生活必需品として渡された包丁を取り出し、無造作に寄ってきた敵の脳天に突き刺した。
その攻撃はあっさりと突き刺さり消滅する。
「ほんと、こういうところゲームだよな」
邪神はゲームを参考にして塔を作っているそうだが、こういうゲームにありがちな設定も忠実に再現しているのは好感度が高い。
打撃は無効だが斬撃は効果があるモンスターなんて、ゲームあるあるネタだ。どうせなら物理攻撃無効化にすればいいのにと思ってしまいそうになるが、序盤にそんな敵を出すのは素人だからな。
この邪神がどんな性格は知らないが、初めからチートな敵や避けられない罠を出すなんてゲームのワビサビを理解しない愚か者の手段だ。ゲーム好きとして言わせてもらえば攻略のできないダンジョンなんてダンジョンを名乗る資格すらない。
プレイヤーに攻略させて楽しもうとしているのなら、これぐらいの配慮はしてくれると考えたのだが、これでハッキリした。
邪神はゲーム感覚で邪神の塔を建造している。だとしたら、この後の展開も期待できるかもしれないぞ。
考え事をしながら、九十九体目の魔物を倒すと……白の地面一面が金色の光を放ち始めた。
そして、記念すべき百体目として地面から現れたのは、漆黒の闇を固めた球だった。
「これは、意外だったな」
百体目にレアな敵が現れて、貴重なアイテムをドロップするのではないかと考えていたのだが、この演出からして当たりのようだ。
まあ、まさか巨大なスライムが現れるとは思わなかったが。




