予習ふくしゅう
ここで拾った武器しか通用しないのは理解したが、それをじっくり確かめている時間もない。残り時間は20を切っている。
ゴール地点はおそらくあれだろう。進行方向に直径一メートル以上の水晶玉が浮いていて、その水晶玉には数字が浮かんでいて、それが減っていく。
カウントは頭上に浮かんでいる数字と同じなので、ゴールと見て間違いない筈だ。
「幸、あの水晶玉に触れたらゴールだと思う」
全力で走りながら、俺の真後ろを追従している幸に向けて大声で説明をする。
「あ、あれですね! ま、間に合いますかっ!?」
どうだろう。道は一直線。途中に居る敵は斧を投げつけて処理済み。
俺たちの足の速さだとギリギリ……いや、間に合わないかもしれない。悩み躊躇していた時間のロスが痛すぎる。
『ベルセルク』の力を発動して全力で駆ければ間に合うが、その後動けなくなってしまう。あの場所で暫く休憩できるなら、その手も使えるが博打要素が強すぎる。
説明ではどちらかがゴールしたらクリアーだと言っていた。となると――。
「幸、右手だけ透過を消すってできるか?」
「ええ、できますけど。はい」
俺の問いに何の疑問も抱かずに透過を右手だけ切ったようで、小さく細い手が現れた。
よっし、じゃあ――その手を力強く掴む。
「えっ、な、この状況で何をっ!」
勘違いして頬を染めているが、その反応を無視して大きく踏み込むと、全力でその手を前に向かって放り投げた。
身体能力が大幅に上がった俺の怪力は、手と顔の重さしか存在しない彼女を軽々と投げ、目の前を後頭部と手が勢いよく滑空していく。
「えええええええええっ!」
そして、普通に走るより速く通路を飛び越え、そのまま水晶に激突するとカウントダウンが残り5で止まった。
「よっし、成功」
「何が成功ですかあああああっ! 死ぬかと思いましたよ!」
顔を真っ赤に染めた幸の身体の輪郭が薄ら浮かんでいる。本気で怒っているようだ。
「クリアーできたから良しとしよう。ほら、いつもの大丈夫はどうしたんだ」
「そうですね……大丈夫、じゃねえでしょ! なんで偉そうなんですかっ」
少しは言い訳した方がいいのかと一歩踏み出すと――目の前に水晶玉と怒り心頭の生首があった。
なるほど、クリアーすると残された方は一気にゴール地点まで飛べるのか。
上に浮かんでいる数字を確認すると60で止まっている。水晶玉から二メートルぐらい先に白い線が引いてあり、そこから向こうは空に浮かんだ道が連なっていた。
「ここにいる間はカウントも減らないようだから、作戦を練ろうか」
「そ、そうですね。また、横アクションゲームをやらされるわけですよね。それも人気作品の美味しいところを集めたようなステージを」
「さっき程度の難易度なら問題ないが、難易度は右肩上がりだろうな。ゲームなら」
「どっちかがクリアーすればいいというのはありがたいですけど、見捨てたり、捨て駒にする可能性がありますよね!」
興奮すると徐々に裸がハッキリと見えてくるぞ。
どうやら、さっきのとっさの判断を責めているようだな。まあ、わかるけど。
「ごほんっ。バカだな、俺が幸を利用したり犠牲にするわけがないよ」
「さっきしたばかりでしょ! わざとらしくキザっぽい声出さないでください。あ、そうですよ。裏切らないように、あの拾った指輪しましょう! 直ぐに、今、直ぐに!」
拾った指輪って追跡者を倒して手に入れた『仲間の指輪』か。
幸の『鑑定』を信じるなら『リングを付けた者同士は危害を与えることができなくなる。リングを付けた片方が死んだ場合、もう片方のリングを付けた方も死ぬ』だったと思う。
「え、嫌だ」
「一切、迷いませんでしたよね。なんでですか、こうなったら一蓮托生ですよ! ほら、私も裏切れなくなるし!」
幸が裏切れなくなるのは魅力的だが、それ以前に彼女の『鑑定』が正しいという確信がもてない。
もし別の効果があって、俺に指輪をはめさせる為に嘘を吐いた可能性だってある。初めて会った時と比べれば、少しは信用しているが……全面的に信じる気にはまだなれない。
「幸と心中なんてごめんこうむりたい。大丈夫……俺を信じてくれ」
「むーりー。大丈夫じゃない!」
ぷいっと顔を横に向けて、頬を膨らませている。
さっきのことを根に持っているな。
「わかった。じゃあ、次からは俺が先頭で進んでいくから少し間をおいて付いてきたらいい。それなら裏切れないだろ?」
「まあ、それなら……」
渋々だが了承してくれたようだ。
今クリアーしたのがゲームで例えるなら1-1ステージだろう。あと何ステージあるのか、不安しかない。
「火を吐きながらぐるぐる回るトカゲがいますよ!」
「著作権ギリギリの範囲で攻めてくるよな!」
物理法則を無視して飛ぶ火吹きトカゲを新たに手に入れた武器――ムチで叩き落す。
ここに現れる敵は基本的に一撃で落ちるのでまだ対応ができるが、たまに鎧や防具を身にまとった敵が現れることがある。
こういった敵は厄介なことに一撃入れたら防具が壊れるだけなので、すべて防具を剥がした状態で攻撃を加えないと倒れない。
「なんで体に攻撃を当てて兜がはじけ飛ぶんでしょうか……」
「製作者の邪神に訊いてくれ。でもまあ、急所に当てなくても倒せるのは楽でいいな」
一撃で倒せる相手は肩や足に当たっても死んでくれるので、その点は楽だ。
このステージはリザードマンゾーンらしく、多種多様なリザードマンが出てくる。
両手にハンマーを持ったリザードマンや骨のリザードマン。背中に羽の生えたリザードマンもいたな。
「数字があと20ですよ!?」
「ゴールは見えている、一気に行くぞ!」
目の前に三体浮かんでいる羽リザードマンはムチで届く距離ではないので、武器をナイフに持ち換える。
投げつけたナイフはリザードマンの額に突き刺さり、あっさり消滅した。
手持ちの投げナイフは残り二十本。一番遠くに届く飛び道具なので無駄遣いはできない。
障害物が消えたので俺たちはゴールに問題なく飛び込めた。
ステージとステージの間は時間制限もなく休憩できる空間になっているので、ここで毎回休憩を取ることにしている。
「今、何ステージでした?」
幸が問い掛けてきたので水晶に手を当てると数字が浮かび上がる。
「3-4みたいだな。前までのパターンだと次が3ステージ最後か」
「また中ボスがいたりしそうですよね」
幸のうんざりした顔が浮かんでいる。
今まで一面、二面とも最後にボスらしき大物が存在した。
といっても雑魚をデカくして、一発では倒れなくなった程度の敵だったので難なく倒せたが。
「ボスとなると武器の整理をしておかないとな。手持ちの武器はムチ、オノ、ナイフ二十本、ソード、バクダン五個」
「あのー、前から少し気になっているのですけど。相手の攻撃が当たるとどうなるのでしょうか? 私は透明だから当たりませんから、試しに当たってみてくださいよ」
「断る。一撃死の可能性もあるからな、試すのは危険すぎる」
前の百回死ねるダンジョンなら試しにやってみただろうが、ここはリスクが高い。この塔では慎重に慎重を期すぐらいでちょうどいい。
「ですよねー。あとは何ステージまであるかですが」
「五か十らへんが区切りよさそうだが、できればこのステージで終わってほしいのが本音だ」
「んー、でも、さっきから気になっていることがありまして。このステージ構成や敵のパターン何処かで見たことがあるような」
空中に浮かんだ生首がゆらゆらと左右に揺れている。
首から下は透明で見えないが、たぶん腕でも組んで考えこんでいるのだろう。
「アクションゲームを寄せ集めたようなゲームだからな。そりゃ何処かは似るだろうよ」
「あ、いえ。そんな曖昧なものじゃなくてデジャブ? みたいな、そっくりなゲームを何かで……」
俺はゲーム好きだったので有名どころのゲームは手を出してきた。このステージは四種類ぐらいのアクションゲームの寄せ集めといった感じにしか思えない。
良作を継ぎはぎしてオリジナル設定を加えた、よくある二番煎じの作品。それが俺の素直な感想だ。
「私の勘だとこのアクションステージは5-5で終了なんですよ。前にええと……あああっ、そうですよ! これでやりました!」
興奮した生首が迫ってきた。それと同時に眼前に何かを突きつけられた気配がする。
透明で見えないが何かを俺の前に突きつけたのか?
「これも何も、何にも見えないんだが」
「あっ、失礼しました! ここだけ『透過』解除しますね!」
目の前の空間にいきなり現れたのは――スマホだった。
「これは……あのダンジョンのクリアー報酬?」
「はい! クリアーの褒美としてもらった、丈夫で充電無用で更にこの世界の一万ものゲームが入っている最高のスマホです!」
確かにスマホとしては最高かもしれないが、あの地獄を乗り越えた報酬として考えるなら……どうなんだろうか。
「今更だが、なんでそんな物を選んだんだ?」
「えっと。あの時は日本に戻れると思い込んでいたので、日本に帰ったら何がしたいか考えたんですよ。そしたら、また引きこもってスマホで一日中ゲームしたいなーって思っちゃって、思わず呟いたらもらえました」
自分の行動を少し後悔しているようで、うつむいた顔は苦笑いを浮かべていた。
それを望んだということは日本では完全なインドア派だったのだろう。まあ、あの地獄を経験したら安全な部屋から出たくない、と思うのも当然と言えば当然か。
「そうか。あー、すまない話の腰を折って。それでそのスマホがどうしたんだ」
「えっとですね、私は一年近くずっとあの牢屋でスマホのゲームしていたんですよ。でね、そのゲームの中にこのステージとそっくりなアクションゲームがあったのを思い出したんです!」
新たに現れた両手がスマホの画面を素早く操作すると、画面に2Ⅾドット風ゲームのオープニングが現れた。
「これです、これ! このアクションゲームにそっくりなんですよ!」
「それが本当なら攻略の鍵になるな。予習ができるとなると難易度はぐんと下がる。でかした、幸!」
「えへへへ。ゲーム好き万歳ですよ!」
そこから俺たちは二人で一緒にそのゲームを始めた。
もとがドットで2Ⅾなので目の前のリアルな風景とは詳細は異なるが、ステージ構成や敵の動きはそのままだ。
製作者が邪神なのか、それとも連れ去られた人間なのかは不明だが、このゲームを参考にして作ったのは間違いない。
……連れ去られた人間が作ったのだとしたら、存在したゲームを真似ることでプレイヤーがクリアーできるように配慮したのかもしれないな。……邪神の目を欺いて。
どちらにしろ、こっちとしてはありがたい話だ。この安全地帯でまずはスマホのゲームを先にクリアーさせてもらおう。