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戦いとは

 潤んだ瞳と上気した肌、そして口の端から流れ落ちる一条の涎。

 首から上だけならエロを感じるかもしれないが、そこから下が俺を攻め立ててくるのだ――拳と脚で。

 腕で受け流し、足運びで何とか躱しているが幾つかは被弾してしまっている。HPバーが見る見るうちに削られていくが、今のところ反撃の糸口もつかめていない。

 石の棍は遠いところで転がっている。コンパウンドボウは持ってきていない。つまり武器がないので無手で現状を打破しなければ負けが確定となる。


「どうしたのですかっ、もっともっと、激しく強く攻めてくださいっ!」


 この人はSかMかどっちだ。攻められるのがお望みなら手を休めてくれ。

 喰らえばHPが消滅する威力を秘めた攻撃は『未来予知』が発動して何とか躱せているが、それ以外の死にはしないが手痛い攻撃を防ぎようがない。

 強くなったつもりでいたが、ここまで己を鍛え上げたプレイヤーが他にもいたのか。命の危険性が無いここで鼻っ柱を折ってくれたことに感謝しないとな。

 普通に戦っても勝てないことがわかったなら、自分の能力を活かして戦うのみ。

 全身を炎で包むと相手が警戒して少しだけ距離を取った。


「炎への耐性があっても急にやられると逃げだしてしまうのは、獣としての本能なのでしょうかっ!」

「さあねっ!」


 あのダンジョンをクリアーしたプレイヤーは熱に対する耐性を得ているので、普通に炎をぶつけてもダメージがないのはわかっていた。

 俺は全身の炎を人型のまま相手に向かって飛ばす。

 視界が炎で遮られて俺の姿が視認するのが難しくなった隙に『暗殺』の能力を発動する。姿を風景と同化して気配も完全に殺した。

 飛ばした炎は彼女の一蹴りで吹き飛んでいるが、姿を隠す場面を隠すことには成功した……よな?


「あれ、網綱さんの姿が消えた。あの、姿を透明にした人と同じ魂技なのかな。流石、網綱さん。まだまだ楽しませてくれるのねっ」


 喜んでいる顔に恐怖を覚えるが、相手の隙が生じるチャンスを見逃さないようにしなければ。


「気配も完全に消えているなんて、凄い凄い! あ、あっ、いいっ、凄くいいっ」


 目は虚ろで自分の胸を抱くようにして体をくねらせている。

 ……試合の最中に達しないでくれよ。

 これは本物の変態だな。厄介なのが、そんな素振りをしているというのに隙を感じない。

 ギラギラと欲望で満たされた瞳が辺りを探り、俺を見つけようと必死になっているのがわかる。

 俺は一歩も動いていないので気配も姿も完全に消えたまま維持できている。というのに、さっきから瞳が俺のいる位置で何度か停止しているのだ。

 俺がここにいるのがわかっているのか? しかし、どうやってそれを判断している。


「やっぱり、そこにいるのですね網綱さん」


 あれは確信を持っている声。彼女は四つん這いに近い格好まで上半身を倒すと、そこから一気に跳んだ。

 姿が消えていないので『縮地』は使っていないようだが、この動きだけでも充分すぎる速度。俺のHPは残り僅か、もう迎え打つしかない!

 姿を消したままでは動きが鈍るので解除すると、飛び込んでくる彼女へ起死回生のカウンターを狙う。

 相手は上半身を極度に前に倒し、両手が肩の少し上にある。一番飛び出ている箇所は顔か。

 拳を握り締め、俺の全力の突きを迫りくる彼女の顔に叩きつける。

 が、俺の拳は左腕で弾かれ、残った右腕が俺の顔面へと伸びてきた。


「おしかったですよ、網綱さん」


 天と地が交互に視界を流れる光景を眺めながら、自分がやられたことを悟った。

 重力を無視してぐるぐると回転しながら飛び続けていた俺の体は、闘技場の壁に激突して止まる。


「完敗だな」


 逆さになった風景を眺めながら、ぼそりと呟く。

 その後、二位の俺もかなりのキョウラクと賞品も貰えたのだが、狙っていた一位の賞品は本間が手にすることになり残念な結果となった。





「勝負は時の運ですよ、落ち込まないで」

「落ち込んではないが、あれ程の猛者がまだいるとしたら邪神の塔攻略も実は終わりに近いところまで進んでいるのかも、しれないな」

「あー、だといいんですけどね。誰が何処まで攻略しているか、途中経過がわかるといいんですけど」


 試合後に町をぶらつきながら顔だけ浮かんでいる幸と会話をしていると「あ、あの」声が掛けられた。

 振り向いた先には本間龍虎がいて、頭を掻きながら大きな体を小さく圧縮してもぞもぞしている。


「どうしました、本間さん」

「決勝戦ではすみませんでした……戦いとなると、その、我を失うところがありまして」


 我を失うというか欲情していたよな。そこを指摘したら、もっと縮こまりそうなので黙っておこう。


「俺も魂技の影響で戦いとなると気分が高揚するので困っているのですよ。お互い困りますよね」

「えっ、あっ、そうなのですよ。私も魂技の影響で過剰な興奮状態に陥りまして、あははははは」


 乾いた笑いだが、旨い具合に乗ってきてくれた。

 反応を見る限り、彼女のあの乱れ具合は、やはり素のようだ……素なんだ……。


「あの、大量にキョウラクが入りましたので、ご飯おごりますから良かったら一緒にどうですか」

「ええと、私もいいですか!?」

「是非」


 ビシッと手を挙げて訊ねる幸に、嫌な顔一つせずに頷いた。


「晩御飯の代金が無くて山岸さんにたかろうと思っていたけど、助かったー」


 やっぱり、カジノで使い果たしたのか。後で説教してやろう。

 酒も料理も旨い居酒屋のような店に着き、俺たちは酒と食事を幾つか頼んだ。


「今日はお疲れ様でした。しかし、本間さんは見事な腕だったね。格闘技か何かをしていたのかい」

「はい。家が格闘技を教えていまして、幼少の頃から父と祖父に叩き込まれていました」


 あの動きは一朝一夕で身に着くようなものじゃないよな。俺の我流とは比べ物にならないぐらい洗練された動きだった。


「網綱さんもお見事でしたよ。実戦で鍛え上げられた無駄を省いた行動と咄嗟の判断力。今まで戦ってきた誰よりも強かったです」

「そこまで褒めてもらえると照れるな」

「表情の変わらない顔で照れるとか言っても……」


 謙遜している俺の横で幸が何か言っていたので、から揚げを口に放り込んでおく。

 そこからはお互いが、あのダンジョンでどうやって過ごしたかといった内容を軽くだが語り、後は日本で何をやっていたのかといった内容を腹が膨れるまで続けていた。


「私はー、この世界で気に入っていることもあるのですぅ。女性は肉体の違いからぁ、どーーしてもぉぉ、同じように鍛えても男性には勝てないのですよぉ」


 完全に酔いが回っている本間が俺に絡んできている。男女差について文句を言っているのか。

 これは男女差別ではなく実際に肉体に関しては男性の方が優れている。スポーツ競技の記録を見れば一目瞭然だ。

 円盤投げやハンマー投げといった投擲競技は比較的記録が近いがそれは、使う道具の重さが違うからだ。女性用は軽く作られているので、その差が縮まっている。

 鍛えていない男とかなり鍛えている女性が戦えば女性が勝つだろう。だが、同様に鍛えた男女が争えば女性が勝てる確率は極端に低い。

 それを彼女は嘆いているのか。


「ずるいと思いませんかぁ。性別が違うだけでぇ、男の方が強いなんてぇぇ」

「わっかるーぅ。男なんて生理もないし、化粧もしなくていいし、ずるいよねぇー」


 幸は同意しているが、発言内容がずれている。


「でもぉ、この世界わぁぁ、魔素を集めて強くなったらぁー、初めの身体能力の差なんて全然関係なくなるしぃ。魂技を鍛えたら、どんな男も倒せるのですぅぅ」


 ビールのジョッキを机に叩きつけて熱弁を振るっている。格闘技を学んでいる際に男女差で苦労してきたのだろうか。


「ここならぁー、私の思うことがぁー、思い通りにぃ、でー、き、る……ので……くかぁー」


 あっ、寝た。隣で幸も本間に寄り添うようにして眠っている。

 また姿が丸見えだが今回は俺が口を酸っぱくして服を着てこいと念を押したので、ちゃんとワンピース姿だ。

 無防備に眠り続ける女性が二人。このまま放置するのも問題か。暴力行為ができない町らしいが、女性はそれ以外にも問題行為はあるからな。

 天井を見上げると蛍光灯が煌々と居酒屋を照らしている。

 しかし、本当にここは危険だ。日本とほぼ変わらない飲食店が点在して娯楽も充実した町。このまま、命懸けで邪神の塔攻略をしなくてもいいのではないかと、弱い心が何度も堕落へと誘おうとする。

 町の住人の違和感に目を瞑れば住み心地は悪くない。だが、これは作られた町で住民も作られた存在。

 でも俺は他の人と違い誘惑に打ち勝たなければならない理由がある。後続が現れないように願った俺には、塔の最上階へ到達する義務がある。


「やっぱり、明日発とう」


 これ以上ここにいてはズルズルと長居を続けて離れられなくなりそうだ。

 この状況でもぬるま湯につかり過ぎたと後悔しているぐらいなのだから、早く動かないと本格的に駄目になる。

 そう思いながら酔いつぶれた二人を肩に担いで、今日で見納めになる夜の町を眺めながらゆっくりと宿へ向かった。


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― 新着の感想 ―
[一言] いよいよこの階層の本番が始まりそうな予感
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