トーナメント戦
扉を潜って対戦相手を待っていたのだが、今更ながらに気が付いたことがある。何で控室が一緒なのに対戦相手は対面の扉から現れるのだろうか……深く考えるのはやめよう。
現れた対戦相手は目深にフードを被り、石床に付く長さのマントを着ている。露出しているのは辛うじて口元だけで、目の前に居るというのに気配も希薄だ。
暗殺者か幽霊と言われても信じてしまいそうになる人だが。
二回戦が始まると同時に相手はマントを脱ぎ捨てた。そこには――何もなかった。
「やっぱり、幸か」
「えっ、バレてました?」
普通なら驚く場面なのだろうが、微かに感じる気配が幸だったので、まあそうだろうなぐらいの感想しか抱かない。
それにイレイザーは消しゴムという意味だったからな。
「まあね。またカジノで散財したのか」
「ち、違いますよ! 一度私の実力を山岸さんに見せつけておこうと思ったんです!」
「興味はあったから、楽しみにしているよ」
実際、幸の『透過』がどれだけ優秀なのか知っておきたかったので丁度いい。この戦いで対応策がわかれば、裏切られた時に処分しやすいからな。……こういう考えを迷いもせずに思いつく時点で俺はもう、どうかしている。
「急に表情が暗くなりましたけど、お腹痛いんですか?」
「元気そのものだよ。じゃあ、そろそろ始めようか」
微かに漂う気配を感じ取り、石の棍を構える。
俺の周りをぐるぐると希薄な気配が動き始めた『瞬足』の魂技を活用しているのだろう。
凄まじい速度で走っているようで、薄い気配が霧状に周囲を囲んでいるかのような感覚に反応が鈍りそうだ。
これ厄介だな。ただでさえ捉えにくいのに高速で移動することで、残っている気配と混ざり合い読み取れなくなってきている。
じゃあ、まずは本当に攻撃が当たらないかの実験をさせてもらうか。
手首を内側に絞り込むようにして石の棍を握り、右肩辺りに両手を持っていく。軽く腰を落として左足を上げ、踏み込むと同時に腰の回転を利用してフルスイングした。
伸縮自在の能力を活かして石の棍を伸ばすことで、相手に届くようにして俺の周囲を一気に薙ぎ払う。
「うわっ、びっくりした」
驚いて立ち止まったようで気配がさっきよりも濃くなったが、石の棍が体を貫通したのに手応えもなく無傷のようだ。
本当に物理攻撃が無効なのか。ならば、炎はどうだろう。
両手に炎を生み出し、鞭状に変形させると幸のいる場所へ叩きつける。
「無理ですよ、山岸さん。私はどんな攻撃も通じませんから」
「本当に貫通するんだな、便利な魂技で正直羨ましいよっ!」
会話中に気持ちが緩んで『透過』が解けないかと期待して攻撃してみたが、あ、うん、駄目だこりゃ。全て無効化されている。
相手の魂技は『軽減』『透過』『瞬足』『地獄耳』『ど根性』『跳躍』『暗視』『鑑定』『熱遮断』『状態異常耐性』だったよな。大事なことなので丸暗記しておいてよかったよ。
戦闘に使えそうな能力は『瞬足』だけで攻撃に関する魂技が全くない。それでも生き残れたということは『透過』がどれだけ優秀だったかということだ。
諜報活動にはもってこいの能力だからな。あのダンジョンで仲間にいたらどれだけ頼もしかったか。
「さあ、どうしますか。能力を無効化される相手には手も足も出ませんが、それ以外の敵には無敵ですよ!」
見えないが、裸体で胸を反らしていそうだ。
ふと思ったのだが、何もない空間に攻撃を加えている俺って……はたから見たら、かなり間抜けじゃないか。
普通に戦ったら、これ程の強敵は存在しない……普通に戦ったら。
「ところで、透過の能力って服を着てない方が扱いやすかったよな」
「今更何を。前に説明したじゃないですか」
「あー、そうだったな。ごめんごめん。じゃあ、今も素っ裸だよな」
「それはそうですけど……それが何か」
顔だけ浮かび上がらせて怪訝な表情で俺を見つめている。
「いやー、こんな大衆の面前で露出プレイって凄いなって思ってさ」
「えっえっ、な、何を言って――」
「見えないとわかっていても、人前で裸って中々できない行為だよ。見えないからって興奮して変なことをしていてもわからないしさ。ああ、ごめん、露出が趣味ってのは内緒だったな、悪い悪い」
「なっ、そ、そんな趣味ありませんよ! 今の発言を撤回してください!」
興奮しすぎだ輪郭が浮かび上がってきている。このままだと本当に衆人の面前での露出プレイになりかねない。
俺は白のコートを脱いで左腕に掛ける。
「いきなりコートを脱いでなにする気ですかっ!?」
これは狙っていなかったのだが、かなり動揺させてしまったようで皮膚の色が見え始めている。
俺は珍しく全力で駆け寄ると、咄嗟に反応できない彼女に石の棍を全力で叩きつける。
動揺している半透明の体には当たり判定があったようで、彼女の頭の上にHPバーが表示されると半分まで一気に減った。
そこで更に体の色が濃くなったのでコートを肩に掛ける。これで後ろからは全く見えないし、前は俺が遮っているので俺以外には見えない筈だ。
さて、終わらせるか。
自分がダメージを喰らったことが信じられないようで、落ち着きのない彼女の耳元に口を寄せて「全部丸見えになっているよ」と呟くと、心の乱れが最高潮に達したようで本当に全てが見えてしまっている。
眼福だと喜ぶ場面ではないので、もう一撃加えてHPバーを0にした。
俺の勝ちが決まるより早く、コートの前を閉じておく。体格差があるのでこれで彼女の体がすっぽりコートで覆われた。
「うううっ、こんな多くの人の前で裸を」
「あー、今のは、動揺させる為の嘘だ。観客には見えてなかったよ」
「そ、そうなのですか。みんなには見えてなかったのですね、良かった……。じゃないですよ! 網綱さんは見たんですよねっ⁉」
恥ずかしさを誤魔化す為に、俺の胸をぽかぽか殴っているが痛くも痒くもない。
透明になっているとはいえ日頃から素っ裸でうろついているのに、見られるのは人並に恥ずかしいのか。
全裸に慣れてしまって癖になっているのを隠しているのではないかと、未だに疑っていたのだが違ったようだ。
その後の対戦者は大して強くもなく、あっさりとAブロック優勝となり、Bブロックの勝者である、本間と戦うことになった。
「やはり、最後の相手は山岸さんでしたか」
「こちらも予想通りだよ」
全ての敵を一撃で倒してきた本間。他のプレイヤーとは実力が違い過ぎて殆ど参考にならなかった。ただ、強いということを再認識させられただけだ。
決勝戦となると『ベルセルク』の力を解放してもいいのだが、封印した状態での全力をぶつけてみたい。命の懸かっていない戦いなのだから、少しは楽しんでも罰は当たらないだろう。
「全力でいかせてもらいますよ」
「望むところです、山岸網綱さん」
頬を両手で挟み込み勢い良く打ち付ける音が響く。
気合が入っているな。少しの隙が命取りになりそうだ、精神を研ぎ澄ませて一挙手一投足を見逃さない。
――試合が始まると腰を落として、じりじりと間合いを詰めていた本間の姿が視界から消えた。
瞬きもしていないし、目を逸らしてもいないというのに正面から風圧を感じると、目の前に彼女がいて手の平を俺の胸元に伸ばしている。
やばい、これは全身鎧を一撃で倒した技か!
そう思った時には全身の骨を砕くような衝撃が走り、力が抜けて膝から崩れ落ちた――
相手がじりじりと間合いを詰めてくる姿を見た瞬間に、俺は躊躇わず横に跳ぶ。
彼女の姿が掻き消えて、さっきまでいた場所に右腕を突き出していた。
久しぶりの『未来予知』が発動してくれたおかげで助かった。ほんの数秒先の未来が見えるだけの能力だが、こういった場面で力を発揮してくれる。
「まさか、見切られるとは……最高ですよ、山岸さんっ」
驚きの表情から口角だけが吊り上がっていき、歓喜を顔中で表現している。その表情は直ぐに消えたのだが、背筋に冷たい物が走り抜けた。
笑い方が不器用なだけなのかもしれないが、狂気を感じる壮絶な笑みだった。
笑っているように見えた目の奥にぎらついた危険な光が見えた気がしたのだが、過剰な警戒心が見せた一瞬の幻だったのかもしれない。
「ようやく、本気で戦える相手に巡り合えました。私の全てを受け止めてください!」
熱烈なプロポーズにも聞こえるが、拳と蹴りが振る告白は勘弁してほしいなっ!
足を払ってきた下段の蹴りを後ろに跳んで躱すと、喉元に手刀が伸びてきたので石の棍で受け止める。
更に右回し蹴りが脇腹を狙ってきたので棍を半回転させて弾く。
防御ばかりでは勝てない。少し大きく後方に跳んでから、棍の間合いになるとそこから渾身の突きを放つ。
左手の手甲の表面を滑らすようにして受け流したか。また、怒涛のラッシュが来るのかと身構えたが、何故かそこで間合いを広げた。
距離を取れば棍を武器にしている俺の方が有利になる。……違うこれは。さっきの瞬間移動が来る!
今度は『未来予知』に頼らずに経験と勘に従い、棍の末端を床石に突き刺した。正面に棍を立てれば真っ直ぐ突進してくることは難しい筈だが。
どんっ、と鈍い音が響いた音を耳にした認識した時には、俺は地面すれすれを滑空していた。
何だ、何が起こった!?
痛みはなかったが頭上を確認すると自分のHPバーが六割減っていた。
床石に指を立てて強引に動きを止めて相手を見据えると、右手を突き出した格好の本間のHPバーが三割程度減っている。
突き刺していた石の棍が倒れているということは、彼女は正面から棍にぶつかりながら俺に突きを繰り出したのか。
やはり、あの瞬間移動は真っ直ぐしか進めず、急に手前で停止もできない能力か。
「この『縮地』を完全ではないにしろ防ぐなんて、凄過ぎですよ! ほんっとうに最高です、山岸さん! いえ、網綱さんと呼んでいいですか!」
本間が上気した顔で息を荒く乱している。かなり興奮しているようだが、この人は戦闘狂っぽいな。戦うことに興奮を覚えるタイプか、厄介な。
口にした縮地って、瞬間移動したかのように見える移動方法だよな。俺の予想は正しかったということか。ゲームや漫画でお馴染みの能力だが魂技だと考えて良さそうだ。
「お好きにどうぞ」
「もっと、もっと素敵なところを見せてください! もっと、もっと、もっとおおおっ! 楽しませて感じさせてください!」
目が血走り、口の端から今にも涎が零れそうだ。大きな胸を自ら鷲掴みにして、荒い呼吸を繰り返している。
ああ、ヤバい人か。本間はまともな人だと信じていたのに、まさかこんな性癖を隠していたとは。
この人、俺よりバーサーカーの素質があるぞ。
足下に転がっていた石の棍は蹴り飛ばされて拾うことも難しい。
楽しませる隙もなく倒したいところだが、本間相手にこの状況でどうやるか。
頭を働かせろ、あのダンジョンではそれしか俺には武器はなかったのだから。あの時のことを思い出せ。