闘技場
どたどたと走ってくるゴブリンに対し、手にした石の棍を無造作に振り下ろした。
力の半分も込めていない一撃だったが、相手は避けることすらせずに脳天で受け止めHPバーが一気に全て減る。
「勝者、山岸網綱」
歓声が聞こえてくるが、この町で訊き慣れたNPCの声だけなので嬉しくもなんともない。
倒されたゴブリンはむくっと立ち上がると、そのまま扉の向こうに消えて行った。手ごたえはあったのだが、本当に無傷なのか。
次に現れたのは棍棒ではなく手に短剣を装備した、さっきより細めの個体だ。頭の上に浮かぶ文字にはゴブリンシーフと書いてある。
ゴブリンシリーズが続きそうだな。シーフ、つまり盗賊設定なら素早いということか。短剣に毒でも塗ってそうだ。
「第二試合開始致します。レディーゴー!」
確かにさっきのゴブリンよりは足が速いようだが、それでも少しマシな程度。
今度は横に薙いでみたのだが、避けきれずに横っ腹で棍を受けて吹っ飛んでいる。
またも一撃でHPバーが消えた。
「勝者、山岸網綱」
今のところ問題はない。観客席のプレイヤーに驚いた様子もないので、この程度の実力は彼らも備えていて、尚且つ序盤の敵は雑魚だということなのだろう。
それから、合計すると十体連続で敵を撃破したのだが、全部ゴブリンだった。アーチャー、シャーマン、マジシャン、ファイター、ボクサー等の頭に全部ゴブリンが入っていたが、ハッキリ言って雑魚だった。
十一体目になると、一回り大きな砂のような肌色のゴブリンに変わったので名前を確認すると、ホブゴブリンとなっている。
「ゴブリンの上位種か」
身長も一気に伸びて俺より少し大きく、腹は出ているが腕や胸筋が立派だ。見た目だけでゴブリンよりも強いことが理解できた。
ちらっと観客席に視線を向けると、プレイヤーたちは椅子に深々と腰を掛け談笑しているな。この敵も苦戦するような相手ではなさそうだ。
試合開始と同時に駆け寄ってくるホブゴブリンは今までのゴブリンと比べて力強さがあったが、脳天に石の棍を振り下ろすと避けようとはしたのだが避けきれずに、肩口に石の棍がめり込む。
HPバーが八割方減ったが死んではないな。本来なら重傷で動くのもままならない怪我の筈なのだが元気いっぱいだ。ここら辺もゲーム仕様なのか。
凝りもせずに突進して棍棒を振り上げたので、喉元を突いておいた。
動きは少しマシ程度で力と耐久力が上がっているな。でも、この程度ならまだ力を隠したまま戦える。
ここではプレイヤー同士の争いごとができないようだが、何か抜け道があるかもしれないので本当の実力を全て見せるのは控えた方が良いだろう。
そこからはゴブリンたちと同じ流れで敵が現れ、二十体までは問題なく討伐が完了した。
「次はなにかな」
新たに現れた対戦相手は二足歩行の犬だった。名前はコボルトとなっている。
コボルトか……実際はゴブリンと同一視されている場合があるのだが、俺の好きなとある昔の作品で犬型の姿で現れてからそっちの姿が浸透したのだったか。
ゲームでよく現れる定番のパターンだとゴブリンより強くて動きが素早い。俺の好きな作品では銀を腐らせる能力もあったが、銀製品は持ってないから関係ない。
普通に戦ってみたが、ホブゴブリンよりも素早いが力と耐久力は劣るといった感じで、こちらも動きを速めたら問題なく対処できた。
そこからはまたも同じ展開だった。製作者はもう少しやる気を出すべきじゃないだろうか。流石にこれは手抜きとしか思えない流れだ。
三十体を倒して新たに現れたのは豚の頭の肥えた体の魔物、オークだった。
予想通り過ぎて特に感想はない。動きが鈍いが力と耐久力があるというのが外見で判断できる。この敵は魔物同士の戦いで一度見ているので、大体の能力は把握済みだ。
ここからは少し格が上がるので、油断をしないようにしておこう。見物しているハンターたちの一部が真剣な表情を浮かべているので、どうやら苦戦するハンターが現れるレベル帯らしい。
オークは見た目を裏切らずに鈍重でドスドスと足音も重い。両刃の斧を手にしているが、破壊力重視の武器は対人戦ではあまりお勧めできない。
防御力の優れた魔物には有効だろうが、対人戦は破壊力よりも速さが重要だと俺は考えている。
現に俺から距離を詰めると斧を振り上げたが、その動作が遅すぎる。
大きな鼻と目の間に突進力も加わった突きを放つと、石の棍が顔面に潜り込み一撃でHPバーは全てを失った。
わざわざ脂肪に囲まれた体を狙う必要性はない。
あっさりと片付けるとプレイヤーが数人驚いた表情を浮かべている。彼らは実際に戦って苦戦したのだろうか。
次も定番のパターンだろうと考えていると、今度のオークはアメフトの選手が被るようなフルフェイスの兜を装着して現れた。
なるほど、弱点を補ってくるのか。こっちの方が楽しめそうだ。
結局、徐々に装備が整っていくオークを相手に四十体まで倒したところで、俺は棄権することにした。途中から観客席で俺を見学していた人物が控え室であった女性だったのも確認済みなので、この程度で終わらせておいた方が良いだろう。
興味を持ってくれたのなら、また今度話しかけやすくなるだろうし。
今回の報酬と現在の数字を足すと、101300キョウラクとなった。四十体抜きで五万ぐらい増えたことになるが、次からは続きから始まるそうで敵一体ごと報酬も上がっていくそうだ。
闘技場の外に出て次何をするか頭を悩ませていると、前方からこちらに向かって歩み寄る人影があった。
ワンピース姿の目が大きな女性で艶やかな黒髪が肩まで伸びている。素朴な印象だが化粧をしていないのにこの顔なら充分美人の類いだろう。
そんな女性が、じっとこっちを睨んでいる。
「網綱さん」
俺に詰め寄った女性はいきなり名前を読んできた。
「どちら様でしょうか?」
「面白くないボケですね」
「えっと、何処かでお会いしましたか」
俺がそう答えると、頬を引きつらせて怒りを抑え込むような表情に変貌した。
「な、何を言っているんです! 何ですかその話し方、気持ち悪い。私ですよ、幸です! 海鳴幸です!」
「いやいや、俺の知っている幸はそんなんじゃないよ。まず、服を着ているのがおかしい」
「服ぐらい着ますよ! 私を露出狂か何かだと思っていませんかっ」
憤る彼女に頷き返すと、地団駄を踏み始めた。さて、何処までからかうか。
「脱げばいいんですかっ! それで納得するなら脱ぎますよ!」
「公衆の面前で露出プレイは止めていただけますか。正直、ドン引きです」
「うがあああっ! 頭だけになればいいんでしょ!」
首から下が消えて見慣れた姿になった。
「おや、幸じゃないか。どうしたんだ」
「きぃぃぃぃぃ、はああぁ、もういいです。網綱さん、何で私を置いていったんですか。一緒にクリアーするんですよね、邪神の塔を」
昨日の反応を見る限り、彼女はここでリタイアするものだと思い込んでいたが、そうじゃなかったのか。
今の彼女にはやる気が感じられるし、闘志も衰えている感じには見えないが。
「幸はここでずっと暮らすつもりじゃないのか?」
「ありえませんって。な、なんですか、その目は。……正直に言っちゃうと、まあ、ちょっといいかなーとは思いました。でも、この町って住民の顔が同じで不気味じゃないですか。表情も作り物で怖いんです」
受け答えは可能だが言動に温かみを一切感じないからな。どれだけ頑張っても越えられない本物の人間との違いが良くわかるNPCの群れ。
だが、それに目を瞑って滞在を続けるプレイヤーも多い。誰だって煮えたぎる溶岩の上で綱渡りをするより、ぬるま湯に浸かっていたい。
「それに、私はこの邪神の塔を攻略する理由がありますから。あっ、それは網綱さんでも教えられませんからね」
意味深なことを呟いておきながら、即座に質問を拒否するとは。
少し気になるが、無理に聞き出すような事でもないのだろう。いずれ自分から話してくれるかもしれないからな。
「俺もクリアーしなければならない理由がある。幸もやる気があるなら一緒に稼いで抜け出すかい?」
「はい!」
元気よく応える幸の表情や態度から察するに、無理はしてないように思える。
俺としては今後も彼女がいてくれた方が助かるので、同行してくれるとありがたいが……初日のカジノで破産を見ていると、そもそもクリアーできるか心配になる。
いや、それは彼女を甘く見過ぎているか。気持ちを入れ替えて能力に適応した稼ぎ場を見つけているに決まっている。共に邪神の塔攻略に挑む相手を少しは信じないと。
「あの、ところで網綱さんは、闘技場でかなり儲かっていましたよね」
「見ていたのか。五万ぐらい稼げたよ」
「うわぁ、すっごーい。えと、もし良かったら、幾らか貸していただけませんでしょうか」
上目遣いで媚びる生首がいる。
自然に瞼が下りて半眼で見下ろしていることを自覚した上で、冷たい声を放つ。
「朝に百キョウラク振り込まれていたよね」
「え、えっと、さっきカジノで全部つかっちゃった、てへっ」
頭を小突いて舌を出したつもりのようだが、手が透明なので髪に陥没しただけだ。
さっきの信頼は空の彼方に飛んでいったので、まずは彼女に無駄なカジノ断ちをさせるところから始めることにしよう。




