稼ぎ場
一人になった俺は町を探索中に見つけた一つの施設に足を踏み入れた。
その店の前の看板には大きく『射撃』と書かれていて、初めに挑むのならここにしようと決めていたのだ。
扉を潜ると室内には大きなカウンターがあり、それが壁いっぱいにまで伸びている。
そして、そのカウンターから十メートルぐらい先に円形の的が天井から幾つもぶら下がっていた。
「いらっしゃいませ! 射撃場へ、ようこそ。初めてのお客様ですね説明をお聞きになられますか」
ちょっと可愛い声バージョンのツインテール店員が歩み寄ってきた。
女性の音声は可愛い、ノーマル、色気の三種あり、ここは元気な可愛い系らしい。
「頼む」
「では、説明いたします。ここは銃、弓のどちらでも好きな武器をお使いください。先にある的は中心に近い程高得点になります。得点に応じてキョウラクを支払うシステムになっています」
「武器は手持ちの物でも構わないのか」
「はい、こちらでも用意していますがお客様が所有されている武器でも問題ありません」
じゃあ、手に馴染んでいるコンパウンドボウを使わせてもらおう。
「ゲームの難易度はイージー、ノーマル、ハード、ハーデスト、インフェルノ、スペースとありまして、スペースが最高難易度になっています」
スペースって宇宙だよな。宇宙難易度ってどうなっているんだ、気になるぞ。
「難易度が高い方がキョウラクも多く貰えるのだろうか」
「はい、そうです。その分、初めにお支払いいただく金額も上がりますが。イージー、ノーマルは五十キョウラク。ハードは百キョウラク。ハーデストは五百キョウラク。インフェルノは千キョウラク。スペースは一万キョウラクとなっております」
どっちにしろ今の手持ちだとノーマルまでしか無理なのか。
それに、一つのゲームにつき一日一回しか挑めないという説明だったな。ノーマルでどれぐらい稼げるのか試しておこう。
「じゃあ、ノーマルで頼む」
「ありがとうございます。出てくる一つの的に最高三発まで矢を撃ち込むことが可能です。それ以上は当たってもカウントされませんのでお気を付けください。矢が外れても減点はありませんので、何本でも撃ってくださって構いません」
足下から筒が伸びてきたかと思うと、その中に矢が何十本も入れられていた。
見た感じ普通の矢のようだ。これなら違和感なく撃てる。
「時間は三十分。得点に応じて支払われるキョウラクが変化します。頑張ってくださいね」
結構時間が長いな。ここで手を抜く必要はないから、全力で的を射らせてもらおう。
笛の音が鳴り響くと、天井からぶら下がっていた的が全て消えた。
そして新たに現れた十以上の的がカウンターの向こうを飛びまわっている。さっきまであった的はイージー用だったのか。
激しく動き回っているが『暗殺』の『射撃』魂技を保有する俺には問題が無いどころか、欠伸の出る速度だ。
矢を素早くつがえ、迷うことなく連射していく。
全ての矢が的の中心を撃ち抜き、十浮かんでいた的が全て地面に落ちる。更に追加で十の的が現れ、またも全て射抜く。それを繰り返している間に三十分が過ぎた。
「お疲れ様でした! 凄いですね、ノーマル難易度の最高得点です! これがランキング表です!」
興奮した口調で店員がそう言うと、天井からぶら下がっている紐を勢いよく引いた。
カウンターの向こうに巨大な電光掲示板が現れ、そこに名前と得点と順位が載っている。
俺は赤文字でnewと書かれ一番上に名前が書かれていた。名前の左に1と記載されているのは順位だろう。
だが、同率一位が他にも三名いるので、そこまで凄い点数という訳でもないようだ。
このランキング表はヤバいな、ゲーマーの血が騒ぎそうになる。
「今回の報酬はこれだけになります」
事前に渡しておいたカードを返してもらうと名前の下の数字が、2040となっていた。
二千キョウラクも増えたのか。予想以上の儲けになった。
今日はもうこの施設が使えなくなるが、毎日通う必要があるようだ。次はハーデストをやってみよう。
施設を出てから次に何をすべきか考えていたのだが、一人でじっくり道具屋と武器屋を巡ることにした。
ここから出る際に必要な物を補充しておきたいからな。
「いらっしゃいませ、ここは道具屋だよ」
少し渋い声の髭面がいる。店長設定なのはわかるのが、若いキャラの顔に髭を生やしただけで年上に見せようとするのはやめて欲しい。
住民キャラのクオリティーが低すぎる。街並みもコピーしたようなものばかりだ。追跡者のステージはかなり上手くできていたのに。
その割にはカジノの内部や風俗店のキャラは拘りが感じられて見栄えも良かった。
……確か、異世界人の技術者が邪神に連れていかれて、塔の制作手伝わされているという話だったな。ということは各階ごとに担当が別な可能性があるのか。
そう考えると納得もいく。モブキャラと建物外観はデザインセンスのない技術者が担当したのだろう。
問題はゲームのNPC風キャラだとしても、この人たちは生身の生物なのかそれともゴーレムのような疑似生命体なのか。
破壊してみればハッキリするだろうが、暴力行為にはペナルティーがあるようなので、それをやるのは最終手段だ。
「いらっしゃいませ、ここは道具屋だよ」
知っているよ。何も話しかけてないのに繰り返されてしまった。
店の中には所狭しと道具が飾られている……わけでもなく、椅子と机が壁際に置かれていて髭面が座っているだけだ。店内のデザインも手抜きだよな。素人の作ったフリーゲームでも、もうちょっと家具を置いたりするぞ。
「商品を見せてもらえるか」
「これを見てくれ」
分厚いファミレスのメニューのような物を渡された。開くとアイテムの写真と値段が記載されている。ちょっとした説明文もあるな。
回復薬、毒薬、携帯食料はお馴染みのアイテムだ。
あっ、赤くて丸い石もある。あのゴキブリもどきが落としたやつだ。説明文にはなんて書いてあるんだ。
『飲むと一分だけゴキブリのように足が速くなる』
例えが最悪だ。あと、ゴキブリから出た物だと思うと口にするのを躊躇ってしまう。能力がわかっただけでも良しとしよう。幸に飲ませてみるのもいいな。
いや、彼女とはもう一緒にはいられないか。……未練がましく、いない相手をどうこう思うのは止めよう。
他に何かお得なアイテムはないのだろうか。おっ、これは誰もが欲しがるあれか。
『∞アイテム袋 物を大量に収納することができる。この町を丸ごと入れてもまだ余裕がある容量』
これがあれば今後の展開がかなり楽になるが問題は値段設定だ。
『百億キョウラク』
はい、候補から消えた。値段設定に無理があり過ぎるだろ。これを手に入れようと思ったら何年ここに籠らないといけないんだ。
後は正直目ぼしい物はなかった。便利そうだなと思ったアイテムは全て百万キョウラクを越えていて、クリアーさせない為の足止め目的なのかと勘ぐってしまう。
武器屋、防具屋も今持っている武器を上回る製品にはとんでもない値段がついていたので、あまり意味がなかった。
コートの下に着ているスーツを着替えた方がいいのかもしれないが、これは日本との繋がりなので脱ぐ気になれない。
数年居座るつもりで取り組むのなら装備やアイテムを整えるのもありだ。だが、手に入れるだけのキョウラクを得た時には闘争心が霧散している自信がある。
結局、ここはプレイヤーのやる気をなくさせる目的のステージという訳か。もう少し町とNPCのデザインに凝っていれば、もっと多くのプレイヤーを堕落させられただろうに。
この手抜きのデザインはプレイヤーに対しての邪神からの慈悲かもしれないな。考え過ぎかもしれないが。
そんなことを思いながら宿屋に向かい、一泊が十キョウラクの部屋に泊まることにした。ベッドと机椅子があるだけだが野宿に比べれば充分だ。
あれから、幸とは一度も会っていないが……今頃どうしているのか。あの男に媚びてこの町で生き続けるのか、それとも。
「放っておくべきだよな」
また一人になるのかと半ば諦めながら、俺は眠りに落ちた。
朝目が覚めると、まずは窓と扉付近に張っておいたワイヤーを確かめておく。
安全宣言がされているとはいえ、それが真実の保証がないので念の為に罠を張っておいたのだが、触れられた痕跡もないな。
一階に降りて屋外に出ると、腹が減ったのでレストランを探すことにした。
こうやって平和な町中で食事処を探す。日本では当たり前のことだったが、それがどれだけ恵まれていたのかを実感させられるよ。
ここは本当に危険な場所だ。日本に居るような錯覚を抱く時点で、体と神経が腐っていくようなおぞましさを感じる。
朝から風俗店に入っていく男性。
煌びやかな洋服店で山ほど買い込んでいる女性。
欲望に忠実な人々を何度も目撃している。俺と同じようにプレイヤーとしてあの地獄を乗り越えてきた猛者だというのに、見るも無残な姿に堕ちてしまった。
…………いや、それは失礼な物言いか。日本であれば普通に許される行為で咎められるいわれはない。
俺も目的がなければ、ここで彼らのように怠惰な生活を選んでいたかもしれない。できるだけ効率よくさっさとクリアーしよう。