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まずは一階

日刊ランキング六位です。皆様のおかげでトップ10入りとなりました。

本当にありがとうございます。

「本当に練習のためのステージだな」


 出てくる敵は黒い人影のみ。初めの十体までは素手で動きも単調だったのだが、十一体目からは手に武器を持つようになった。

 それも剣や鈍器や斧といった近距離戦用の武器のみなので矢を撃てば一方的に勝てる。だけど、以前の体の動きとの違和感を埋める為にあえて石の棍で戦うことにした。

 上段からの振り下ろしよりも速く突きを繰り出す。人間と同じ器官ではないだろうが喉を狙っておく。


「一撃で倒せる」


『石の匠』と『棍技』の相乗効果が現実でも発揮されているのか。思ったよりも軽々と振り回せているし、動きもスムーズに行なえている。

 他に今確かめられそうな能力はないか。状態異常の耐性系はそういった攻撃をされないと実際に効果があるか判明しない。

 武器を持つ黒い人影は素手の敵よりも機敏な動きをするが、それでも片手間で相手できる程度の強さだ。

 だからといって油断をする気はない。見た目は全く同じで能力が桁外れな敵を潜ませるぐらいの芸当はしてきてもおかしくない。


「またドロップしたのか」


 殺した相手が消滅するさいに稀にだが物を落とすことがある。ゲームなら珍しくもないドロップアイテムなのだが、リアルの世界でこれをやられると何とも表現しがたい気持ちになるぞ。


「今回も回復薬か」


 健康ドリンクの様な瓶には栓がしてあって、中身は黄緑色の液体だ。ご丁寧にラベルが貼ってあり、回復薬と書いてある親切設計。


「邪神のちょっとした茶目っ気のつもりなのかね」


 今のところ20%ぐらいの確率で何かしらドロップしている。回復薬が四つに、携帯食料が二つだ。この携帯食料が某メーカーのカロリーなんとかにそっくりなのも、シャレを利かせたつもりなのか。

 本当に口にして安全なのか不安なので、手持ちの保存食を失ってから手を付けることにしよう。

 今のところ順調に三十体目を相手にしているがここまでのパターンだと、これを倒した次の敵からバージョンアップする流れだが。


「少し試してみるか」


 敵を倒して五歩進むと新たな敵が現れている。このまま敵を倒さずに二階へ繋がる階段の方向へと走るとどうなるのか。

 手にした武器を叩きつけてくる黒い人影を無視して、階段がありそうな方向へと走りだす。この際だ、全力でどれだけの速度が出るか試しておこう。

 石の棍を手のひらサイズまで縮めるとコートのポケットに放り込む。背中のバックパックが邪魔で走りにくいが、この状態での最高速を調べておいて損はない。

 両足に力を込めて、塔の床石を壊すつもりで踏み込んでいく。

 ぐんぐんと体が前々と跳び出し、風の鳴る音が耳元でする。走るというよりも跳んでいるような歩幅だな。

 後方へと振り返ると黒い人影が追ってきているが、距離が広がっていく一方だ。相手も決して遅くはない速度だ。けれど、俺が速すぎる。

 たぶん、今の状態ならオリンピックに出ても、欠伸交じりに世界記録を更新できる筈だ。


 体感で五分ぐらいだろうか、本気で走り続けたので少し休憩することにした。まあ、全然疲れてないのだが。

 全力疾走を五分間続けるなんて人間じゃ不可能な行為だろう。それを息も切らせずに軽々と実行する体力。これは『ベルセルク』に吸収された『不撓不屈』の力。

 この魂技は体力と精神力が膨大に増える能力なので、今の俺は丸一日不眠不休で戦い続けることも可能だろう。

 普通なら慢心してもおかしくない実力なのだが、あの地獄を経験した後だと油断や慢心とは無縁となる。


「のんびり待ちますか」


 保存食は大量にあるのでバックパックを降ろして、中から水筒と乾燥肉を取り出した。

 遥か後方にいる黒い人影も体力は無尽蔵らしく、一定の速度でこっちに向かっている。距離が開き過ぎているので、まだまだ追い付かないようだが。

 この水筒は特別製で精神力を少しだけ消耗するだけで水が湧く謎仕様だ。科学と魔法が共存するこの世界――ラースフォーディルでは当たり前の機能らしい。

 日本の常識で物を考えると頭が混乱するだけなので、そういうものだと受け入れるぐらいが丁度いい。水の心配をしないでいいのはありがたい、それでいいじゃないか。


 体力が有り余っているとはいえ温存しておくべきだと判断して、点にしか見えない敵がたどり着くまでその場に座り込んで眺めている。

 辺りを見回してみるが本当に進んでいるのか自信が無くなりそうになるな。一面が白の世界なのは変わらず、入り口にあった扉が遠ざかっていることだけが進んでいる証だ。

 結局、敵を倒さなければ新たな敵が出てこないのか。これが確定ではないが基本の設定であることは頭に入れておこう。

 あと数十メートルの距離まで敵が来たので立ち上がる。


「ご苦労さん」


 来たばかりで悪いが石の棍で頭を粉砕しておいた。

 近くの地面から今度は武器を手にした黒い人影が二体浮かび上がってくる。


「ここからは二体同時ってことか」


 二倍面倒になるのか。敵の強さが変わらないなら何の問題もないが、どうかな。

 石の棍の末端に近い部分を握り、野球のスイングの要領で振り切ると、一体が碌に反応もできずに、体が曲がってはいけない方向に折れ曲がった。

 そのまま、地面すれすれを低空飛行で飛び、地面に墜落して転がっていく。

 手応えの感じだと重さは人と変わらないと思う。そんな相手をあそこまで吹き飛ばせるのか。二体相手にしても問題なしと。

 背後から忍び寄っていた敵の側頭部を、振り向きざまに蹴りつけると右耳が右肩に埋まる。つまり首が折れたようだ。

 二体とも黒い霧状になり大気に消えると、またも地面から二体が追加される。


「これって調子に乗って倒し続けていたら、難易度が上がり続けるのかね」


 ある程度倒すのはありだが、これは無視して二階へと繋がる階段を探した方が良さそうだ。階段を探してから、練習と魔素稼ぎも兼ねて敵を倒す方が建設的だろう。

 新たな敵は放置してまたも駆け出す。敵の身体能力は同じらしく追い付く気配は皆無。

 今度は三十分ぐらい走り続けたのだが敵との差は歴然で、あの二つの小さな黒子みたいなのが敵だな。

 本気走り三十分でも息切れ一つない。これなら体力を度外視して戦い続けることが可能かもしれないぞ。

 優先順位が階段の捜索なので、懸命に追ってくる黒い人影を無視して再び走り出した。


 一時間、二時間、三時間。少しだけ呼吸が乱れてきたな。

 四時間、若干の疲労を感じる。走る速度も落ちてきているようだ。

 五時間、疲れたな休憩しよう。

 全力で五時間走ると結構疲れることがわかった。だけど、戦いの場合ならここまで全力で体を動かさないので、丸一日ぐらいなら戦えそうだ。

 敵の姿は目視できない。点すら見えなくなっている、距離を広げ過ぎたか。俺を見失っているなら、それはそれで構わないが。


 目的の階段なのだが遥か前方に壁を斜めに走る線のようなものが辛うじて見える。あれが階段だと思うが、タダのひび割れだったら怒るぞ。

 疲れた体を休める為に仮眠でもとるか。敵が懲りずに追いかけていたとしても、ここまでくるには最低でも二、三時間はかかりそうだしな。

 念の為に自分の気配を完全に殺し、周囲に気を配りながら俺は瞼を閉じた。些細な物音や気配を感じただけでも跳び起きられるように。





「網綱、戦場において最も大事な心構えを知っているか」


「ただのサラリーマンが知るわけがないよ」


「尤もな意見だ。この心構えもワシが昔やった戦国武将が口にしていた言葉だからな」


 ベテランの役者なだけあって、豆知識や雑学が豊富で話をしていて楽しいんだよな、杉矢さんは。


「戦場では誰も信じないことだ。戦国時代なんて下剋上なんて頻繁に行われていた。信じていた優秀な部下が裏切るなんてざらだぜ。だから、どんな時も疑い信用をしない」


「言いたいことはわかるけど、寂しい人生だ」


「確かにな。まあ、あれだ、現代日本でも伴侶を信じ切って痛い目をみたりすっからなぁ」


 何かを思い出したようで遠い目をしている。


「ぷっ、情けないジジイでーす、はぁー」


 隣でため息を吐いて、わざとらしく肩をすくめている田中さんの尻に、杉矢さんが素早く蹴りを叩き込んでいる。


「ファッツ! ファンキージジイ、ぶっ殺すでんがな!」


 キレた田中が殴りかかるが、杉矢さんは余裕で躱している。いつものじゃれ合いなので放っておいても大丈夫だろう。


「相変わらず仲良しだね、網綱さん」


「そうだね、織子」


 馬鹿げたダンジョンに放り込まれた序盤は後悔と絶望しかなかったが、こうやって気の置けない仲間がいてくれるだけで、こんなにも心が軽くなるのか。

 ずっとこのまま、全員で過ごせたらいいな。その為にはもっと己を磨いて仲間の力になれるように努力しないと。

 もっともっと、強く、誰よりも強く――





「っと、眠りが深すぎたか」


 振り下ろされた武器を躱して飛び起きると、二体の黒い人影が俺を挟み打ちにしていた。

 この程度の攻撃なら無意識でもこうやって避ける自信があるが、相手が実力を隠している可能性もあるのに油断しすぎだな。


「不意打ちならもっと上手くやれよ」


 気配を完全に殺すのは基本中の基本だが、物音一つ立ててもいけない。今のは不意打ち判定三十点ってところか。

 このまま鬼ごっこを再開しても良かったが、夢を邪魔されて機嫌が悪かったので粉砕しておいた。


「懐かしいな……本当に」


 共にダンジョンを攻略した仲間たち。あの日々は戻ってこないが、再びみんなに会うことは不可能ではない。それが1%にも満たない可能性であったとしても。


「その為には強くならないとな」


 追加された二体には寝起きのトレーニングに付き合ってもらうとしよう。


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