誘惑の階
「そろそろ、行こうか」
命懸けの鬼ごっこを終えた俺と海鳴は休憩所で二日程のんびり過ごしていた。
白く清潔な空間で安全に過ごした二日で心身ともに癒され、次の階に挑む為の英気を充分に養えたのはかなり大きい。
リアルな話をすると男女二人個室にいると……トイレ問題があったのだが、そこは水場を利用することになった。排水口があるからな。
海鳴はどうしたのかというと、
「軽減があるのでトイレなんてしなくても大丈夫なのです!」
と言っていたので、納得した振りをしておいた。
実際は『透過』の力があるので隠れて行えるから問題ないのだろう。
この二日の間に俺たちはお互いのことを話し、少しは打ち解けてきたと思う。その証拠に呼び名が変わった。
「網綱さん、忘れ物はないですか」
「バックパックに全部入っているよ、幸さん」
「だから、さんはいいですって。もっとフレンドリーにいきましょう!」
「そう言うくせに、そっちはさんを付けるんだな」
「年上の男性には、さん付けするように躾けられたので」
どうしてもと言うので、名字ではなく名前で呼ぶようになった。
まだ信用しきれてはいないが、ここからは共に邪神の塔を攻略するパートナーになるのだから、お互いに少しは歩み寄らないとな。
「そっちこそ、忘れ物はないのか。俺は透明になった物は見分けがつかないぞ」
「大丈夫です、私は見えていますから!」
海鳴……じゃない、幸は大丈夫が口癖のようで、何かに付けてそれを口にすることがある。
彼女の『透過』は自分だけじゃなく触れた物も透明にすることができるので、彼女の所有物が俺からは全く見ることができない。
今は顔だけ透明にしていないので宙に生首が浮いている状態だ。
ちなみに首から下は全裸で靴だけを履いている状態らしい。
もう、一年以上も全裸で暮らしていたので裸の方が落ち着くらしく、この部屋に入ってから少しの間は服を着て『透過』も切っていたのだが、一日も我慢できず全裸透明バージョンに戻った。
本人は認めてないが露出プレイが癖になっているのではないかと疑っている。
普通ならほぼ全裸の女性と密室に居れば、あれやこれやの関係になったりするものかもしれないが、俺の強化された鋼の精神力の前では何の影響も与えなかった。
まあ、それよりも完全透明の声だけしか聞こえない状態なので幽霊みたいな存在だ。そんなものに欲情するほど落ちぶれていない。
「忘れ物なし、準備万端。大丈夫です、行きましょう」
「それじゃ、行くとしますか」
バックパックを背負い立ち上がると、二人で両開きの扉に手を当てて押し開いていく。
いきなり敵が現れることを考慮して気配を探り、いつでも戦えるように心構えはしていたのだが、開いた先に広がる光景を見て俺も幸も呆然と立ち尽す。
「ようこそ! ここは、享楽の町。歓迎いたします!」
扉の先に待ち構えていたのは、地味なデザインだが目に優しくない原色の服を着た女性だった。肩が剥き出しの赤い服の下は青のスカート。
顔は間違いなく美人なのだが特徴がない整った顔をしている。
プレイヤーもしくは魔物ではないかと身構えたのだが、さっきの言葉を発してからはニコニコと笑顔を浮かべたままで何もしてこない。
それに、辺りの光景も予想外過ぎて正直反応に困っている。
扉の先は町だった。木製の建物がずらっと並んでいる大通りにいるようだが、道の脇の建物には巨大な看板が掲げられていて、日本語でわかり易く文字が書かれていた。
『カジノ』『射的』『レストラン』『武器屋』『防具屋』『道具屋』『宿屋』
「何か、ロールプレイングゲームっぽい街並みですね」
幸の言葉に思わず頷く。俺も全く同じことを思っていた。
それも製作費が少ない一昔前のゲームだ。建物はよく見ると十種類もなく、色違いを使いまわしている感が酷い。
各店の前には店員がいて呼び込みをしているのだが、さっき声を掛けてきた人と瓜二つの顔をした人が三人いるな。髪形は違うけど。
町の住人もいるようだが、全員がシンプルなデザインの服を着ていて似たような顔の人が何人もいる。
観察してわかったが住民の顔は女性、男性が各三種類で髪形と髪色、服装のデザインと色を変えているだけの使い回しのキャラクター。
「普通の人間じゃないな、この人たちは」
「ええと、やっぱりそうですよね。同じ顔が多くて気味悪いです」
こちらに危害を加える気はないようだが、だからといって油断する気にもなれない。
ゲーム内の町設定なら安全は確保されているようなものだが、最近は町中でも戦えたりするゲームもあるから判断が難しい。
「ようこそ! ここは、享楽の町。歓迎いたします!」
女性キャラが同じ言葉を繰り返している。
「これNPCだな」
ノンプレイキャラクター、つまりゲーム内に配置されているプレイヤーじゃないキャラクターのことだ。
「ですよね。同じことを繰り返すだけですし」
「すみません、ここは何処でしょうか?」
期待もせずに女性に話しかけてみた。
「ここは享楽の町。武器防具アイテムの購入が可能です。カジノなどの遊びも充実しております。疲れた心と体をここで癒してください」
お、受け答えしてくれた。会話パターンが多いのか。
取りあえず、色々聞きだしてみよう。
「この階をクリアーする方法を教えて欲しい」
「ここでは独自の通貨、キョウラクを百万枚稼げばクリアーとなっています。毎日百キョウラクが支給されますので、それを元手に稼いでくださいね。これがカードとなります、無くさないでください」
今回のステージは金を稼ぐのが目的なのか。色んなゲームを仕込んでくるな、邪神様は。
手渡されたカードには俺の名前が書いてあり、その下に大きく100の文字があった。ここはカードで支払うシステムなのか。
「えと、そのキョウラクを稼ぐ方法を教えてください」
幸の質問は俺も聞きたかったことなので、相手の言葉を聞き逃さないようにしよう。
「ここにはカジノ、射的、闘技場など多種多様な施設があります。そこでキョウラクを稼げます。奮ってご参加ください。ただし、各ゲーム施設の利用は一日一回までとなっていますので、スロットを始めてから別のゲームに移った場合は、スロットは明日まで使用できませんのでご了承ください」
なるほどな。キョウラクという独自の通貨を利用して増やしていくと。
ミニゲームが集まった町と考えて良さそうだ。
「ここでは敵が出たり、殺されたりはしないのか」
「はい、町中での暴力行為は禁止されています。これは邪神様に誓って安全だと誓います」
これを信じるなら遊び感覚でポイントを稼ぐだけのステージだと解釈できるが。
「得たキョウラクを利用して、食事や宿泊、買い物も可能となっています」
ここではキョウラクが全てなのか。
「網綱さん、説明はそれでいいじゃないですか。色々町を回ってみましょうよ!」
生首だけ浮いている状態で目を輝かされても不気味なだけだよ、幸。
かなり浮かれているな。無理もないか、あんな狭く汚い牢屋で一年も過ごしていたのだから、この街並を見たらはしゃいで当然だ。
今のところは危険性もないようなので、町の調査も兼ねて一緒にぶらついてみるか。
「じゃあ、町中を探索してみようか」
「うん!」
今まで見たことのない満面の笑みだ。これが顔だけ浮かんでいる状態じゃなければ、可愛いと素直に思えたかもしれない。
一緒に町中を探索してわかったことがある。
町自体は結構コンパクトで住民の数と住宅の数が比例していない気がするが、そこはゲームでも突っ込んではいけないところだ。
高さが十メートルはある大きな壁で囲まれているのだが、壁沿いに一周してみると一時間もかからなかった。
住民は三種類の男女の使い回しで音声も男女で三種類ずつしかない。声優を節約しているゲームやアニメのようだ。
そもそも、声は人工音声なのか異世界人が吹き込んでいるのか、それとも邪神や魔物がやっているのだろうか……どうでもいいことなのに気になる。
服装は住民の殆どがデザインの同じ服で色だけ変えてある。服の種類は住民、店員、職人といった感じか。
そして、やはりキョウラクがなければ何もできない。
食事、遊び、宿泊、カジノ、闘技場の参加費、全てキョウラクが必要となる。
食事の種類もピンからキリまであり、フランス料理のフルコースまで存在していて、それは十万キョウラクが必要だった。
道具屋にあった便利そうなアイテムや食料も買えるようなので、ある程度稼いだら補充したいところだが。
「早速、カジノに行きましょう!」
白いコートが見えない手に引っ張られている。
ずっとスマホのゲームで過ごしていた彼女としては、体験できるゲームがやりたくてうずうずしているようで、この町に来てから落ち着きがない。
こういった場所でカジノにハマると碌なことにならない。止めるべきなのだろうが、システムを把握する為に人身御供……好きなようにさせてみよう。
「いいよ、そこのカジノに入るか」
入り口付近までしか調べていなかったので、中がどうなっているのかは不明。……嫌な予感しかしない。
浮かれ気分で跳ねる生首を眺めながら、俺は大きく息を吐いて後に続いた。
皆様、大変長らくお待たせしました!
約三年半ぶりの更新となります!
以前までの話を忘れている方はこの際ですから、前作から読み直してみるのは如何でしょうか。
今更感がありますが、面白いと感じている方はブクマ、評価をお願いします!
ここで一気に伸びたらやる気も復活しそうなので。
あ、面白くなかったら、そっと閉じてくださいね。
これが二章の始まりですが、このまま二章の終わりまで毎日更新する予定です。応援、よろしくお願いします! ……サボり癖が出ないように!
あと、新作上がってます。
『先生、今度は異世界ですか?』https://ncode.syosetu.com/n7049gb/
こちらの方もよろしければ是非