エピローグ
塔の最上階には巨大な部屋がある。照明は存在していないのだがモニターから漏れる明かりに照らされ、最低限の光源は確保されていた。
そこにはモニターが壁中に設置されていて、塔内部のあらゆる場所が映し出されている。現代日本人なら警備担当のモニター室だと思うことだろう。
数か月ぶりに現れた新たな挑戦者を興味本位で眺めていただけのソレだったが、男の活躍ぶりに目が離せなくなっていた。
過剰なぐらいの慎重さで探索しているが、その実力は今までここを訪れた者の中でトップクラス。自分の腕を過信して自滅するような愚かな真似は一切しない。
それでいてゲームを知り尽くしているかのような行動に加え、時折見せる大胆さ。
彼こそが自分の求めていた挑戦者だと理解すると、鼓動がうるさいぐらいに激しくなる。
もう何百年待ち続けてきたのか、思い出すことも叶わない。特に最近は似たような行動パターンで心沸き立つプレイヤーは一人もいなかった。
ようやく、ようやく、満足させてくれるプレイヤーが現れた……かもしれない。
まだだ、まだ過剰な期待を寄せるには早すぎる。今までだって有能な者は何人も観てきた。と、ソレは自分に対し執拗なまでに言い聞かせている。
彼が攻略者に相応しいかどうかの第一審査は次の階での振る舞いで決めればいい。
あそこは難所の一つ。多くのプレイヤーたちが攻略を諦めた魔の五階。あの階層を無事乗り越えることができれば、彼への期待は天井知らずに上昇し続けることになるだろう。
期待と不安が入り混じり、居ても立ってもいられなくなったソレは立ち上がると、部屋の中をぐるぐると回り始める。
「ああ、楽しみだ。本当に、楽しみだ」
久しぶりに高揚しているのがわかる。忘れかけていた楽しいという感情。
これが長年感じることのなかった製作者としての喜びか。優秀なプレイヤーに自分の作り上げたゲームに挑まれることが、これ程までに嬉しいとは。
追跡者のステージはもう少し、じっくり攻略して欲しかった。数年も試行錯誤を重ねた自信のあるシナリオだっただけに。
だが彼の戦いぶりは満足の一言だ。
今後のステージも彼に合わせて改良をしたいぐらいだが、プレイヤーに応じてゲームを変更することは製作者としてあるまじき行為だ。
彼がいつか到達することを願い最終ステージの完成を急ぐとしよう。
モニターに映る自分の顔が笑っていることに気づいたソレは、自分の顔だというのに誰か知らぬ者ではないのかと、まじまじと見入っている。
そんなに楽しそうに笑えたのかと、見たこともない自分の表情に驚きペタペタと顔を思わず触っていた。
モニターに映る顔も同様に手が顔面を弄っている。ああ、自分の顔なのだと納得がいくと笑みが深まる。
「頼むぞ、ここまで来てくれよ……山岸網綱」
休憩所で体を休める彼を飽きることなく、期待を込めた瞳でソレは見つめ続けていた。
これにて一章の終りとなります。
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