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蹂躙

 体中が総毛立ち、筋肉が張り詰め、血が燃え盛る。

 溢れる力を持て余した俺は無造作に肉団子へ歩み寄っていく。


「山岸さん、危ない!」


 海鳴が叫んでいる。心配しているようだが、何が危ないんだ。

 腕や足の付いた肉の鞭があらゆる方向から同時に襲い掛かってくるが……面倒くせぇ。

 いつの間にか獣の様に鋭く伸びた爪を適当に振り回しただけで、鞭が千切れ手足が散らばる。


「おいおい、冗談だろ。この程度じゃないよなあ」


 本気を出させたのなら責任とれよ。

 上半身を限界まで倒して床すれすれを這うようにして駆ける。

 相手も俺の動きが変わったことに気づいたのか、更なる腕と足を体内から伸ばしてきた、その数二十か。

 体が軽い。今までとは比べ物にならないぐらいの脚力と動体視力。手足の生えた肉の触手の動きがスローモーションにしか見えない。

 避けるのも面倒なので全てを爪で切り裂き、牙の生えた口で引き千切る。

 流石に食う気にはなれないので吐き出したが、ただの肉と血の味だ。


 無残に切り裂かれた触手を飽きもせずに今度は叩きつけてきたのだが、これ以上相手をしてやる義理もないので一気に加速して相手の側面に回り込む。

 俺を見失った触手は何もない地面に叩きつけているだけだ。

 こいつ炎は効くようになったのか試してやろう。

 飛び込んできた俺に驚く肉塊の目と目が合ったので、爪に炎を纏わせて突き刺してやった。

 あっさりと肉に突き刺さる爪、じゅっと肉の焼ける食欲を増進させる匂いを漂わせている。爪を指したまま肉塊をぐるっと一周してやると五本の爪痕が体に刻まれた。千切れた触手は再生しているのだが、炎で炙られた箇所は再生していない。

 肉団子が巨大過ぎて中まで火が通らないか。こういう敵は体中心部に核が大事な臓器があるものだが。


「団子をミンチに戻すか」


 ポケットの石の棍を出して先端をハンマーのように巨大化させる。

 この棍、巨大化すれば重さが増す仕組みはどうなってんだろうな、伸縮自在な時点で意味不明だがよ。

 鈍器と化した石の棍を肉団子に叩きつけていく。


 一発目で肉塊と血が辺りに飛び散り、てっぺんが歪に凹む。

 二発目で体の三分の一まで石の棍がめり込む。激突の衝撃で全身がぷるぷる震えている。

 三発目で相手の中心に到達したが敵が消滅することもない。弱点が違うのか別の場所へ移動させたのか。

 四発、五発、六発、七、八、九、十と肉団子のあらゆる箇所に攻撃を叩き込む。


「ひぅっ」


 背後から息を呑む声が聞こえたがどうでもいい。

 血と肉が飛び散り辺り一面が赤の世界と化すが、手を休めることなく振り続ける。

 何処が弱点かわからないなら全部叩き潰せばいいだけの話。触手はもうピクリとも動いていない。

 辺りに散らばった肉片も再生不可能なぐらいにすり潰していく。もう、塊は消えたからあとはこの肉をミンチに。


「山岸さん! 山岸さん!」


 懸命に名を呼ぶ声に振り返ると、半透明の海鳴が泣きそうな顔でこっちを見ている。

 あの境遇を越えてきたのなら、この程度の化け物に遭遇した程度で怯え過ぎだ。


「もう、もう、死んでます。それはもう、死んでます」


 震えながら指差す先には血塗れの俺と地面があった。

 ああ……そうか……もう終わったのか。

 高揚感が消え去り、代わりに脱力感が俺を襲う。

 もう時間か『ベルセルク』の奥の手である力の開放時間が過ぎてしまったようだ。こうなると、動くのも億劫になり全身を気怠さが包む。

 俺はよろめきながら血の飛び散っていない壁際まで、バックパックを引きずりながら移動すると水筒を取り出し、頭から水を被り続ける。

 コートは血に汚れているが撥水性が尋常ではないぐらいあるので、水を掛けただけであっさり返り血が流れ落ちていく。

 あー髪にこびり付いたのが取れないな。


「山岸さん、大丈夫なんですか……」


 動揺が表に現れ過ぎだ、殆ど『透過』が解けかけているぞ。輪郭から濃くなっていく感じで大事な部分は透明のままだ。テレビで放送できる感じの絶妙な露出。

 こんどは気力がゼロに等しいから、そんな姿を見てもピクリとも反応しない自分がいる。

 壁に背を預けて天井を仰ぐ。ここってドーム状の天井なのか。


「本当に大丈夫ですか」


 大丈夫しか口にしてない気がするよ、海鳴さん。


「あの力を使うと暫く疲労感が半端なくてね。ちょっと休憩させてもらっていいかな。俺は後で行くから先に行っていいよ」


 俺の提案に海鳴さんの表情が面白いぐらいに変化した。

 心配していた表情が一変して渋面になる。いつも『透過』で相手に姿が見えないので表情を隠す必要がない。なので、感情が顔に出やすいのかもな。


「待ちますよ。ちゃんと回復するまでここにいますよ」


 壁際で体育座りをしている、見える範囲が減ってしまった。

 気持ちが落ち着いてきたのか体がまた透明になってきている。今は性的欲望も皆無なのでどうでもいいことだけど。

 眠った方が回復は早いが、そこまで彼女を信じていいのか。いや、俺の利用価値は今回の戦いで理解できたと思う。

 これで寝首を掻かれるなら、もうそれはそれで構わない気がしてきた。この疲労感と脱力感は思考力も働かなくなる。


「何かあったら、起こしてくれ」


 それだけ伝えると瞼を閉じて、闇に身を委ねた。





「命が幾つもあるってのは油断を誘っていけねえよな」


 杉矢さんが船の上で鍛錬を続けながら話しかけてきた。

 これだけ揺れる船上でふらつきもせずに刀を振るっている。バランス感覚と下半身の安定が人並み外れているのだろうか。少なくとも俺にはできない。

 上半身が剥き出しなのだが見事な筋肉の鎧だな。男でも見惚れる程の鍛え上げられた肉体。本格派俳優と名乗っていたのは嘘じゃないな。

 それはもうスポーツマンや格闘家の体だ。


「確かに死ぬことが前提で挑むからね、初回は」


「死んでもいいから、取りあえずやるだけやってみようって思うよね」


 織子も近くで鍛錬を続けていたのだが、話に混ざってきたな。


「もう、デスはうんざりやんけー」


 相変わらず胡散臭い話し方だな。英語と関西弁が融合するとカオスになるということは、出会ってからの数日で理解したけど。


「今はその考えでもいいんだが、日本に戻った時にこの感覚が抜けきってなかったら、いざという時に命を投げ捨てそうで困るぜ」


「確かに命の価値が安くなってる」


「二桁を越えて死ぬと、もう日常って感じするよね」


 織子が激しく頭を上下に振りながら同意している。


「それはねえな」


「ノーね、織子クレイジー」


「ないわー」


「全否定!?」


 大袈裟なリアクションで驚く織子をからかいながら、船旅はまだ続いていく。

 このまま四人で旅を永遠に続けられるといいが、たぶん付き合いはこのステージで終わる。

 これが終わればまたバラバラになるのか。そう思うと憂鬱だな。


「どうしたのですか、網綱さん」


 俺の顔を覗き込んできた織子。近くで見ると思わず見惚れるぐらい整った顔をしている。若さと魅力に溢れた女性だと思うだけに、こんな場所にいるのが哀れでならない。

 ここに連れてこられなかったら、他人が羨むような幸せな人生を送れただろうに。


「いや、この海を越えたらお別れかと思うと、少し寂しくてね」


「そんなこと悩んでいたのですか。そんな心配いりませんよ。ね、みんな」


「おう、そうだな。離れ離れになるなんて、心配は無用だ」


「まったく、男のくせにリトゥンな悩み事して、なさけないでんがな」


 そうだよな、皆と別れる心配なんて馬鹿げた心配だった。

 俺を取り囲んでいる仲間の表情が満面の笑みになる。そして、口角を吊り上げ嬉しそうに口が――裂けた。


「だってもう……みんな、網綱さんに殺されたから」


「忘れた訳じゃないよな。何度も殴り殺しておいて」


「アローでヘッドを貫かれて、痛かったんやで、ほんまに」


 血塗れの仲間が俺を恨めしそうに見下ろしている。

 田中の頭に突き刺さっている矢は俺が撃ち込んだやつか。杉矢さんの頭が陥没しているのは俺の棍が砕いた跡。織子だけは綺麗な体のまま目に涙を溜めて、俺を見つめている。

 また、この夢か。あのダンジョンをクリアーしてから何度も見続けている夢。

 いつものように恨み言を口にする仲間たち。これは罪悪感が見せているだけで、本当に彼らが何を思って死んでいったのかは俺に知る術はない。

 見るも無残な姿と化した仲間だというのに、何処か安心している自分がいる。彼らの姿を覚えている自分に、罪と仲間を忘れずにいられることに安堵していた。

 もう壊れてしまっているのだろうな、俺は。


「……さん! 岸さんっ!」


 誰かが俺の名を呼んでいる。


「もう行くのですね、網綱さん。また新しい仲間を懲りもせずに……」


 仲間じゃないよ。お互いに利用する間柄だ。


「どうかな、網綱さんって何だかんだ言っても、甘……優しいから」


 夢で言いよどむのは止めてくれ。甘いか、そんなことはないと思う。

 手元に視線を移すと、赤黒い粘着性のある液体が指の間から大量に零れ落ちた。

 優しい人間の手がこんなにも真っ赤に血で染まっている訳がないから。


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