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最終局面

 本棚が並ぶ十字路を右に抜けると正面に扉があった。

 先行していた海鳴が激しく腕を振って俺を手招きしている。


「山岸さん、ここに鍵穴がっ!」


 そういや、俺が鍵を持っていた。更に速度を上げて駆け寄ると古びた鍵を鍵穴に差してドアノブを捻る。

 あっさりと扉が開いたので海鳴が跳び込んでいき、俺も続いて扉を潜った。

 そこは大きなダンスホールのようになっていて、床は磨き上げられた大理石でできている。天井には大きなシャンデリアがぶら下がっているのだが、明かりを放つ電球と交互に人がぶら下がっている。

 ドレスやタキシードを着せられた血塗れの死体が頭上で揺れていた。


「悪趣味」


「そうだな」


 それ以上何も思うことはないのでホール内をざっと見回すと、大きな両開きの扉を対面方向に発見した。

 ホールは円形で直径百メートル程だろうか。シャンデリアの真下を通りたくないので、壁際を俺と海鳴りが走っていく。迂回することになるがあれが落ちて来たらシャレにならないからな。

 半分ぐらいの距離を進んだところで扉が開け放たれ、追跡者が姿を現した。


「ミヅゥゲダアアアアア!」


 いちいち絶叫しないといけない仕様らしいな。

 俺たちを指差し、こちらに突っ込もうとした追跡者が――前のめりに転んだ。

 大理石の床に叩きつけられる音とガラスが割れるような音が耳に届く。

 足下に仕掛けて置いたワイヤーに引っかかってくれたか。ホラーゲームでいつも思っていた罠を仕掛けられて非常に満足だ。

 死なない相手なら時間稼ぎの方法はいくらでもあると前々から思っていたので、ちょっとだけすっとした。

 起き上がった化け物の顔はガラスの破片が突き刺さり、ねっとりと液体に濡れているが何の反応も示していない。

 転んだ場所に毒の瓶を幾つか置いていたので、それが割れたというのに無反応。毒も効かず痛みも感じないのか。


 でも、時間稼ぎとしては充分だ。相手はホールのど真ん中を突っ切って扉に向かっているが、転んでいる間にこっちはもう扉に辿り着く。

 海鳴が扉を開ける間に、俺はコンパウンドボウを取り出すと天井からぶら下がっている、シャンデリアの鎖を目掛けて矢を撃ち込んだ。

 動かないターゲットを射抜くなんて、今の俺なら片手間で出来る難易度。

 全力で放った矢がかなり太い鎖をあっさりと破壊する。支える鎖を失った巨大なシャンデリアが真下を通っていた追跡者を直撃した。

 よっし、ホラー映画やゲームの定番である最終手段を達成。


「流石です、山岸さん!」


「褒めてくれるのは嬉しいけど、扉の方はどうなってるのかな」


「ちょっと待ってくださいね……あれ、開かない」


 扉のノブが激しく揺れているのは透明の海鳴が開けようと奮闘しているからだろう。

 この状況で鍵がかかっているというのは解せないな。鍵穴も見つからないということは、何かしらの仕掛けがあるのか、それとも――


『クリアー条件の真・追跡者討伐を満たしていません』


 突如、頭に無機質な声が響いた。抑揚のない女性の声は機械音声の様だった。


「今の声は……それに真追跡者の討伐って」


 そのままクリアー条件だよな。真追跡者ってことは今の追跡者ではないということか。もしくはあれがパワーアップした存在。

 と言われても追跡者はシャンデリアの真下で潰れている。これを倒したことで新たな追跡者が登場するのか。

 さっきの倒し方が正解だとしたら、これから起こるのは……。


「山岸さん、山岸さん! 追跡者がっ」


 動揺して姿が薄らと見えているが、ゆっくり見物している余裕はない。

 彼女が指差す方に目をやるとシャンデリアが大きく揺れたかと思うと弾け飛び、破片とミンチと化した死体が横殴りの雨のようにこちらに降り注いでくる。

 石の棍を適度な大きさに戻し、棍を旋回させて全てを弾く。海鳴は俺の背後に隠れているようだ。透明になれるので隠れる必要はないだろうに。

 血と肉片とシャンデリアの破片が磨き上げられていた大理石の床をまだらに汚している。

 シャンデリアが壊れたせいで明るかった室内が薄暗く変化した。

 壁際に点在しているロウソクの明かりだけで照らされる室内はホラーらしい雰囲気を醸し出している。


「最終局面って感じだな」


 潰された筈の追跡者がいる場所を眺めていると、そこには巨大な肉塊があった。元、追跡者だったそれは、巨大な肉の塊へと変貌している。

 全長は高さ二メートルで幅は倍ぐらいか。タキシードの袖が見える腕やハイヒールを履いた足、作業服も見えるな。

 赤黒い饅頭に人間の手足を適当に埋めたような外見。気持ち悪いが見た目はありがちな方だろう。ホラーやファンタジーでも似たような敵を見た覚えが何度かある。

 そしてデザインが一階で現れた黒いスライムに若干だが被っていた。もう少しオリジナリティーがあると評価が上がったのだが。


「き、気持ち悪いです」


 海鳴も驚いてはいるが俺と同様に場数を踏み、精神も鍛えられてきたのだろう。普通の人なら失禁して腰が抜けてもおかしくない敵を前にしても余裕が感じられた。

 あれが真追跡者で間違いないよな。だったら、答えは単純明快だ。アレを倒せばこのステージはクリアーとなる。

 気持ち悪い肉塊が動き出す前に、矢を放ってみるとその体に突き刺さった。物理攻撃無効化は消えているようだな、よっし。


「それじゃあ、倒しますか」


「えっ、追跡者って無敵の存在なんですよ!」


「それはさっきまでだろ。最終決戦は無敵の存在だったのに物理攻撃も効いて弱点もあるってのがゲームのお決まりだから。攻撃が通用するなら倒すだけだ……海鳴さんは隅の方で逃げるか隠れるかしておいてくれ」


 こいつを倒して終了なら本気でやれるな。

 海鳴に自分の実力を見せつけるのにもいい機会だ。この邪神の塔に入って初めて全力の本気を出させてもらおう。

 コンパウンドボウを構えたまま肉塊の周辺をぐるぐる回る。よく見ると目や口も肉塊の表面に散らばっている。瞳が俺の姿を追っているので死角はないようだ。

 矢をつがえて再び撃ち込んでみると、近くにあった腕が肉塊の上を滑り俺の矢を防いだ。といっても腕に矢は突き刺さっているが。

 本体の肉塊は動いてないので、このまま的でいてくれるなら楽に倒せるけど。


 そんな甘い考えを読んだかのように、肉塊に埋まっている腕や足が俺に向けて伸びてきた。腕と脚は人のままなのだが途中から肉塊が繋がった触手のようになっていた。

 一本一本が個別の生物のようにうねり、四方八方から俺目掛け迫りくる。

 風を切り裂き迫る触手の速さが予想を超えてきた。後方に下がりながら躱してはいるが、今までと違って余裕がない。

 女性の腕を横に飛んで躱すと、足首を掴もうと地面を這うように伸びてきた作業服の腕を踏みつけて地面に叩きつける。ついでに矢を手の平に突き刺して地面に固定しておいた。


 更に頭と左肩に女の足と男の足が追撃してきた。足癖悪いな!

 男の足はギリギリで避けたが女の足は無理か。ハイヒールの踵が俺の目を抉るように突き進んできたので、咄嗟にお辞儀をするように頭を下げて足裏を額で受ける。

 かなりの衝撃で一瞬目が眩んだが、相手の勢いに合わせて後方へ跳ぶことで、威力を軽減して距離も稼げた。一旦、仕切り直しだ。

 今までの全ての敵より攻撃速度も威力も上回っている。隠しボスよりも強いな。

 海鳴に手伝ってもらえば少しは楽になるかもしれないが、『透過』を相手が無効化できるなら、正直いって囮にもならない。

 やっぱり、一人で何とかするべきか。


「しゃーないよな」


 強敵だとはわかっているが焦りはない。

 確かに強い。普通なら死を覚悟するべき場面なのかもしれないが……温い。あのダンジョンの最後の戦いに比べたら、ぬるま湯どころか水だ。


「ど、どうしたらいいんですか。何かすることは!」


「見学していていいよ」


 焦り声を荒げる海鳴へ冷静に返した。

 触手を叩けば吹き飛ぶ、矢も刺さる。優しい仕様だよ、本当に。


「海鳴。壁に張り付いて俺からできるだけ離れてくれ。今からちょっとやばくなるから」


「えっ、何を言っているのですか」


「本気を出す。だから、離れていろ!」


 俺はコンパウンドボウも背負っていたバックパックも地面に下ろすと、無造作に肉塊へ向けて歩き出す。

 そんな俺を不審に思って警戒しているのか、触手が肉塊の周りで蠢いているだけで攻撃を仕掛けてこない。


「かかってこいよ、肉団子」


 ああ、血が滾る。体の底から熱い塊が込み上げてくる。

 狂気が歓喜が俺の体を揺さぶり、血が全身を駆け巡り脳が沸騰しそうだ。

 黒虎、力を貸してくれ!


「グルウオオオオオアアアアアッ!」


 高ぶる気持ちを獣じみた咆哮と共に解放する。

 全身に力が漲り、全ての毛穴から化け物じみた力が溢れ出す。

 咆哮を浴びせられた肉塊が一度大きく体を揺らした。後方に視線を飛ばすと、全裸姿をさらけ出した海鳴が尻もちをついて小刻みに震えている。

 大事なところが見えないように座り込んでいるのがわざとなら、余裕があるのだろうけど偶然っぽいな。表情が怯えきっているから。

 それじゃ、どっちが獲物かわかんねえぞ。

 怯える姿にも飽きてきたことだし、一方的な殺戮を始めようかっ!


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