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ゲームの基本

「で、でも、凄いですよね。あんなにあっさり倒すなんて」


 追跡者を撃退してから海鳴の態度が変わった気がする。それまでも丁寧な口調だったのだが、今は俺をやたらと褒め称えている。


「山岸さんって思ったより機転が利いて度胸もあるんですね」


 気持ち悪いぐらい絶賛しているが、俺が使える人物だと判明したから媚びてきたのだろう。

 まあ、これも計算の内だけど。さっきの行動だって博打要素が強かったがあえて自信満々に見えるように振舞っていた。

 そうすることにより、俺の利用価値を上げたのだが上手くいって何よりだ。

 自分が生き延びる為に簡単に人を裏切るような状況で殺されないようにする為には、実力を見せて一緒に行動した方が得だと思わせること。

 今回の一件で海鳴は俺と一緒に行動した方が生き延びられると考えた筈。これで寝首を掻かれる心配もかなり減ったと思う。


「ただ、ああいった輩はしぶといというのがゲームの定番だから、油断しすぎないように」


「あっ、そうですね。はい」


 従順になったものだ。扱いやすくなったのは今後がやりやすくなるから良いことなのだけど、素直過ぎるのも逆に怖いな。

 吊り橋の先にあったのは古びた西洋風の室内だった。壁際に何故か無数の柱時計が並べられていて、地面はフローリング。天井高は三メートル程度ぐらいで灯りは等間隔で設置されているが、電球が切れかけているのか点滅している物もある。


「あの机が怪しいですよね」


 海鳴が指摘したのは部屋の真ん中に置いてある、アンティークな机だ。椅子がなく引き出しが二つあり、机の上には一枚の紙とペンだけが置いてある。

 ホラーゲームなら狂った住民の書き残しや、世界観の説明じみた文章が書かれている流れだな。引き出しには回復アイテムか弾薬を置いてあるのが、べたな設定だが。

 奥の方には片開きの扉があるので机は無視して先に進んでもいいのだが、くそっ、ゲーマーとして調べたくてうずうずする。


「私が調べてみますね。透過がありますから罠があっても大丈夫ですし」


 罠があるような感じはしないので、海鳴なら罠があっても問題は無いか。


「任せるよ」


「はい」


 彼女も自分が俺に見捨てられないように有能さをアピールしておきたいのだろう。俺としても助かるので、辺りを警戒しながらそこは彼女に頼もう。


「えっとですね、日本語で書いていますよ」


「親切設計だな」


 ふわふわと紙が一枚宙に浮き、こっちに向かって飛んでくる。

 それを受け取り書かれている文字に目を通した。


『あれは一体何なんだっ。我が屋敷に突如現れ、家内や息子を殺し、私の命も狙っている。何をしても死なず、もう逃げるしか術はないのか』


 海鳴がいなかったら、ここでアイツが無敵だという情報を手に入れられるという展開か。情報を小出しにして提供する意思はあるようで一安心だよ。

 ノーヒントで脱出させられるのかと思ったが、この場合だと逃げ道や攻略方法も途中で書かれている可能性が出てきたな。


「引き出しも調べてみますね」


 一番上の引き出しはあっさり開いたのだが、下の段は鍵がかかっていたので石の棍で殴りつけると鍵が壊れて開くようになった。

 二段の引き出しには日記帳と古ぼけた鍵が入っている。

 これは探索することが義務付けられているな、がむしゃらに進むだけじゃ攻略できないパターンだ。面倒なことこの上ない。


「日記読みます?」


 彼女もゲーム好きだから何となく察しているのだろう、追跡者が死んでなくて再び現れることを危惧している。だから、日記を読んでいる間にやってくるのではないかと警戒している。


「読もう」


 あの高さから落ちて死んでいないなら、普通の考えは捨てた方が良い。リアルではあるがゲームの鉄則を邪神が破らないのであれば、少なくとも読んでいる間は追跡者が現れることはないだろう。


『あの男、仮に追跡者と呼ぶが、正体がわかった』


 石の棍で途中の行程をぶっ飛ばしてきてしまったから、後半で明らかになる敵の正体がここでわかってしまうのか。

 シナリオを一生懸命練って意気揚々と文章を書いている邪神の姿を想像すると、若干だが申し訳ない気分になる。


『追跡者は私の子供だ……二十年前、娼婦との間に生まれた子供。婿養子である私に隠し子ができればこの地位を失ってしまう。そう思い子供を産んだ娼婦を呼び出し、子供と崖下へと突き落とした。だが、生きていたのだっ! あの子供はっ! そして、復讐として私をっ!』


 ありがちなシナリオだけど、これより以前の展開が不明なので筆者の葛藤も苦悩も見えてこない。急にそんなことを言われても、ふーんで終わってしまう。

 これが命懸けのゲームでなかったら初めから正規ルートで進んでみたかった気が、ほんの少しだけする。

 まだ、続きがあるのか。


『奴の弱点は水だ。崖下の海に突き落とされたことがトラウマになっているのか、水を極端に恐れる。相手の顔に水を掛けるだけでも怯ませることができる』


 おっ、弱点が明らかになったぞ。火が弱点だとありがたかったのだが水なのか。無限に湧き出る水筒があるから、これを使えば何とかならないだろうか。

 読んでいる途中だがバックパックから防水性の小袋と水筒を取り出して海鳴に手渡す。


「この袋に水筒の水を入れて、口を縛っておいてもらえるかな」


「うん、わかりました」


 読んでいる最中に敵が襲ってくることがないと見越して、俺は続きをゆっくり読み進め彼女は作業に集中してもらおう。


『引き出しに入れておいた鍵は、私が密かに作っておいた抜け道へ繋がる扉への鍵だ。この部屋の扉を抜けて三つ目の十字路を右に曲がったところに、その扉はある』


 前から思っていたのだけど、こういった丁寧な説明って誰に向けて書いているのだろうな。この屋敷の主人はこんな事を書いて残していたら、自分が抜け出せた時に追跡者がこれを読んで後を追ってくることを考慮しなかったのか。


『この呪われた屋敷に訪れた者がこれを読み、無事屋敷から逃げ出せることを願う』


 良い人っぽいしめの台詞だが隠し子を作って母親もろとも殺した人間が、赤の他人が逃げ出す為の手助けの為にこれを残した設定は無理がないだろうか。

 そもそも、この人を追跡者が殺したら復讐は完了するわけだから、俺たちを狙う必要性は皆無だよな。これも途中に得る予定の情報に書かれているのだろうか。

 クリアー後にテキストファイルとか欲しい。ちょっとシナリオが気になってきた。


「水を入れ終わりました」


 よっし、そっちは終わったか。水筒をバックパックに戻し、水の入った袋は海鳴に持ってもらっておく。


「この日記には追跡者の弱点が水だって書いていたから、いざという時はその袋を投げつけてくれ」


「弱点水だったんですね! わっかりました」


 相手の弱点がわかってホッとしたのか声が弾んでいる。

 さてと、どうなるかな。俺は読み終えた日記帳を閉じて、これも海鳴に重要アイテムだから持っておいてと頼んでおいた。

 彼女は全裸ブーツで背中に小型のバックパックを背負っている。肌に触れている面積が小さい方が『透過』の維持が容易くなるので、服も折りたたんで全部バックパックの中らしい。

 今はそれに加えて右手に水の入った袋。左手に日記帳を所持している。

 姿が見えていたら本物の変態だよな。『熱遮断』がなかったら風邪ひきそうだ。


「海鳴さん、気を付けて。重要な情報を得てクリアーまでの道筋も明らかになったら、ゲームだと次に待っている展開は」


「最後の追いかけっこ……」


 彼女の呟きを肯定するかのように、俺たちが入ってきた入り口から追跡者が姿を現した。

 底の方まで落ちたのにどうやって天井近くのここまで登ってきたのだろうな。制作側のご都合主義といったところか。


「ゴオオオロオオオドウウウウウウッ!」


 一応、日本語話せる設定なのか。体を仰け反らせて叫ぶ追跡者を無視して俺たちは奥の扉を開けて、脱兎のごとく逃げ出す。

 っと、その前に石の棍でさっきまでいた部屋側のドアノブを破壊してから扉を閉めた。

 扉の先は左右に本棚がずらっと並んでいる通路だったので、手前の本棚を倒して道を塞ぐ。こういった時間稼ぎの方法は必須だ。

 更にくどいぐらいに本棚を倒して扉の前に積み重ねていく。ここまで重ねたら中々抜け出せないぞ。ゲームなら一つや二つ倒して終わりだが、ゲームでできないことをやるのが攻略への近道。


「山岸さん、早く早く!」


 扉の前に山積みにされた本棚を見て納得したので、再び逃走を開始する。

 背後から扉に激しくぶつかる音と山積みにされた本棚が揺れているのが見えるが、あれだけ盛られると本棚を吹き飛ばせないようだ。

 これはもしや逃げ切ったか?

 淡い期待を抱きながら背後をチラチラと確認して走っていると、扉にぶつかる音が消えた。諦めたか何処か別の道を探しているのかと思ったら、山積みの本棚の前の床から――追跡者が生えてきた。

 あー、ゲームで閉じ込めたと思ったら何故かワープしてくるあれか。その力でさっきも下から飛んできたというオチのようだ。


「ゲームかっ!」


「ど、どうしたんですか!?」


「いや、理不尽さに思わず叫んでしまっただけだ。追跡者が抜けてきたから急いで」


「えええっ!」


 そういうゲームの仕様は省いて欲しかったな、邪神さんよ!

 追跡者はゆっくりと歩いているだけなのに距離が縮まっていく。足が速いとかじゃなく、物理法則を無視した動きだ。

 どれだけこっちの足が速くてもじわじわと距離が近づいて行く謎の仕様。


「ここを右ですよね!」


 っとそこを曲がれば抜け道へ繋がる扉がある。絶対に逃げ切るぞ!


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