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新たな地獄

 人は死ぬ

 百の命を与えられ

 他者を欺き

 蹴落とし

 多くの命を糧として

 非情なるダンジョンを生き抜いた猛者であったとしても

 死は訪れる

 だから俺は――生き抜く

 どんな手段を用いても

 蔑まれ罵られようとも

 生きるしかない





 馬鹿げた話だ。

 高度に発達した科学力と魔法を得た異世界人の過ちにより、その世界は滅びかけていた。

 そこは自らの娯楽の為に永遠の安寧を手放した愚か者の集まり。

 安易に召喚した邪神により世界に闇が訪れ、地表は魔物で埋め尽くされた。

 邪神は天を貫く巨大な塔を建て、その最上階に居座っている。そこまで辿り着けばこの世界は救われる、らしい。

 人々は地下に逃げ込み息を殺して反撃の時を待っていた。無関係である、彼らにとっての異世界人――日本人を強制的に召喚した挙句、自ら作り上げたダンジョンで鍛え上げ、邪神の塔を制覇させることにより助かろうと考えたのだ。


 日本から召喚された何百、何千、何万もの人々は現実と変わりない高難易度ゲームのダンジョンに放り込まれた。

 彼らに与えられた物は百の命のみ。

 それが尽きるまでに全てのステージを突破してラスボスを倒す。

 残機が百あるクソゲーをやり遂げた者のみが願いを一つ叶えることができた。

 俺は何度も理不尽な死を経験し、数少ない生存者と共にゲームをクリアーしたのだ。他の仲間は日本に戻ることを願い、俺はこの世界に残ることにした。

 その理由はたった一つ――彼らを蘇らせたい。

 途中で百の命を失った人々は今眠りについているだけで生きている、共に戦い裏切った仲間たちも。

 異世界人の望みである邪神が作り上げた塔を制覇することを条件に、人々をそこから解放して日本に戻らせることを約束させて俺は今――邪神の塔の一階にいる。


「いきなり一階に転送させられるのか」


 どうせなら邪神の塔を外から一度観察してみたかったが直通だったとは。

 広々とした空間。床は白く磨き上げられていて大理石のようだ。端から端まで何もなくただ平坦な床がある。そして、壁があるにはあるのだが遠く見える白い背景のような物が壁だと思う。

 あまりに距離があり過ぎてそれが壁なのかどうなのかも判断できない。

 たぶん、入り口の直線上にある壁際に二階へと繋がる階段があるのだろうが、ここからでは見分けがつかない。真っ白な壁が見えるだけだ。


「さて、あのふざけたゲームより難易度が高い邪神の塔一階はどんなものなのかな」


 あのダンジョンでは百回生き返ることが可能だった。だがここは現実の世界、一度死ねば終わりなのだ。

 今までのように一度死んでもいいから様子を見よう、なんて考えは命取りになる。

 慎重に慎重を期してもまだ足りないぐらいだろう。事前に得た情報によると移動してから直ぐに魔物が襲い掛かってくることはないそうだ。

 じゃあ、今の内に荷物と自分の能力の確認をしておくか。

 先ずは今背負っているバックパックを床に置いた。中には飲料と保存食が一ヶ月分、冗談みたいな高速治癒を可能にする回復薬が十個。それに生活必需品が詰め込まれている。保冷保温機能もあるので、食品が腐ることもない。


「中身は全てあるな」


 次に装備の確認だ。連れてこられる前に着ていたスーツの上から純白のコートと同色のブーツを履いている。

 両方ともこの世界の技術の粋を集めた品なので、暑さ寒さに強くいつでも快適な仕様で、おまけに頑丈で自己修復機能付きという高性能。

 武器は伸縮自在で壊れない石の棍が一本。まあ、西遊記の孫悟空が使っていた如意棒みたいな感じだ。

 それと軍隊でも使われているコンパウンドボウ。銃に匹敵する威力がありスコープも備え付けられている。精度も高いので狙いすました場所に撃ち込むことが可能。矢筒と矢も所有しているが、これは無限ではないので出来るだけ使ったら回収したい。

 これが俺の今所有している全ての物だ。さてと、問題はここからだ、能力の確認といこう。


 俺が経験した異世界人が作り上げたダンジョン内ではレベルがあり、それを上げることにより身体が強化されていった。そこら辺は完全にゲームだな。

 だが、実際の世界には目に見えてわかり易いレベル表記なんて存在しない。敵を倒せば相手の魔素を吸い込み身体が強化される仕組みらしいが、数値で表現するのは不可能だそうだ。

 その代わり特殊能力と呼んでいた力。正式名称――魂技が表記されたカードのような物は渡されている。これはスキルや技能といえば理解して貰えると思う。

 魂に刻まれた特別な力。俺たちが死に物狂いで得た能力だ。これはゲームから解放されてもこの身に残っている。レベルで上がった身体能力は消え失せてしまったが、魂技をやりくりして生き延びるしかない。

 管理者に渡されたカードを取り出し、記載されている文字を確認する。


 魂技

『ベルセルク』2『暗殺』3『熱遮断』8『石の匠』5『棍技(網綱流)』7『未来予知』6『炎使い』4『麻痺耐性』8『幻覚耐性』8『毒耐性』8『木工』7


 能力の横に書いている数字は高ければ高い程、性能が増して使い勝手も良くなる。

 あのクソゲーで得た魂技は全て残っているな。能力をざっと確認しておくか。現実世界では仕様が異なる場合もあるからな。


『ベルセルク』


 これは幾つもあった魂技をまとめて一つにした最上級魂技の一つだ。あのクソゲーダンジョンはこういった最上級魂技を覚えさせる為に存在していたといっても過言ではない。

 これを覚えるには特殊な条件が必要で『不撓不屈』『咆哮』『野生』『回復』に加え相棒の力を融合しなければならなかった。魂技を四つ捧げ、尚且つダンジョンでの相棒だった黒虎から得た力も融合させて得た力。

 それだけにかなり強力な力を有している。ちなみに能力の説明はこうだ。


『ベルセルク。特定の条件を満たした者のみ進化できる、極めて希少な最上級魂技の一つ。鎧を着用することはできない。毛皮や布製品は可。戦闘中は痛みを感じず、尋常ではない回復力を有する。その咆哮は大気を揺るがし、味方と己の戦意を高め、敵対する者には恐怖と威圧を与える。野獣の力を乗り移らせ、一時的に己の限界を越えることが可能となる。ただし、その能力を使った後は虚脱状態に陥る』


 全ての力を融合した最上級に相応しい能力なので後悔はしていない。

 そして、もう一つの最上級魂技であるこれの確認もやっておかないと。


『暗殺』


『暗視』『体幹』『気配操作』『射撃』『隠蔽』を融合して得た魂技。

 これは五つもの魂技を必要とするだけあり、中々強力な能力となっている。


『暗殺。十の条件の内、五つを満たせば進化できる最上級魂技の一つ。冷静沈着。罠や毒の効果が増す。気配を完全に消すことも他人に偽装することも容易で、風景に同化し擬態することも可能となる。短剣、弓、銃の扱いに長け補正が付く。闇を見通し、針の落ちる音も拾え、あらゆる臭いを嗅ぎ分ける。跳躍、回避、忍び足といった体術を生かし、単独であらゆる任務をこなす』


 まさに暗殺の名に相応しい能力だ。現代版忍者という感じもするが。

 あのゲームをクリアーしたのは俺たちが初めてではないが、最上級魂技を二つも得たのは俺だけだと言っていたな。

 ベルセルクと暗殺。真逆にも思える能力だが実は最高の組み合わせとも言えるのだ。この二つを所有しているが故に、俺は正気を保てている。

 ベルセルクを所有すると常に高揚感があり、敵を見つけたら殺さずにはいられないぐらい血が騒ぐ。

 だが、暗殺の冷静沈着という効果がそれを打ち消してくれることで、俺は平静を保っていられる。これがなければ慎重さを失い無謀な戦いを繰り返すことになっていただろう。


 他の魂技も『熱遮断』『石の匠』『棍技(網綱流)』『未来予知』『炎使い』『麻痺耐性』『幻覚耐性』『毒耐性』『木工』これだけあるのだが、だいたいは文字通りの意味だな。


「確認はこれぐらいでいいか」


 さて、動くべきか。

 あっちのダンジョンで管理人代理をしていた人形の話を鵜呑みにするなら、一階は弱い敵がそこら中から現れる仕様になっているそうだ。

 身体能力が戻ったプレイヤー――この異世界に転送させられた人々を指す――が自分の能力を確かめる為のチュートリアルのようなステージらしい。

 背景も装飾もない真っ白の空間は格闘ゲームの練習ステージっぽいな。

 邪神としても、そう簡単に死なれたら面白くないのだろう。


 俺が無造作に一歩踏み出すと地面から黒い人影が一体現れた。俺より少しだけ背が低い人形。あれだな、某漫画の殺人犯のシルエットの様な感じだ。

 武器もなくこちら向かって走ってきているが、動きは一般人レベルか。あそこで殺し合いをしたプレイヤーたちと比べるのも失礼な身体能力。

 俺は縮めていた石の棍を手頃なサイズに伸ばすと全力で横に薙いだ。

 手に伝わる何かを潰した感触。くの字型に折れ曲がって吹き飛ぶ黒い影。一撃で仕留められたようで黒い影は霧となって消え失せた。

 ここに送られる前に向こうで体を慣らしていたので、今更ウォーミングアップは必要ないか。

 レベルが消えて体が衰えたとはいえ、俺は魂技の恩恵で身体能力が強化されている。クリアー時に比べるとかなり弱体化しているが、今でも日本にいた時の自分とは雲泥の差がある。

 何も……感じないな。真っ当な生物でもない存在ではあれ、人の形を成したそれの肉を潰して、骨を砕いた感触があるというのに何も感じない。


「じゃあ、この調子でガンガン経験値……じゃない、魔素を増やさせてもらいますか」


 進む度に現れる敵を軽く蹴散らしながら、新たな邪神の塔攻略に決意を新たにした。


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