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対人戦

 四つの球が相手の頭上にぷかぷか浮いている。

 一つの大きさが俺をすっぽり呑み込めるぐらいあり、それだけで威力の強さを充分アピールできているぞ。


「さーて、どれぐらい強いのかな、キミは」


 おー、嬉しそうに笑っているな。完全に強者が弱者を見下す感じだ。

 四つの球が男を中心として、衛星のようにくるくる回りだす。

 あれを直接ぶつけてくるのか、それとも球から水の礫や鞭が飛び出てくるのか。もしくは――こっちか。

 俺はその場から後ろに跳ぶと、さっきまでいた足下の金網を突き抜けて水が噴き上がってきた。

 あの球に注目させておいて死角からの攻撃。悪くない手段だよ。


「おっ、完全に不意を突いたと思ったが。今までのプレイヤーと魔物の大半は引っかかったのに、やるねぇ」


「ありきたりな手だろ」


 まあ、不意打ちを予想できたのは敵の足下から伸びている細い水の糸が、水面に伸びているのが見えたからなのだが。


「そかそか、キミの評価をワンランク上げるよ」


「それは光栄だ。俺はお前の評価をツーランク下げたけどな」


 この程度の挑発で笑顔が崩れた。笑みがすっと消え、瞳に鋭い光が宿る。もう何度も経験してきた殺意漲る視線。


「遊んで悪かったよ。じゃあ、全力で殺ってやるから安心しろっ!」


 水の球が三つこっちに向かって飛んでくる。一つ残しているのは防御担当か?

 このまま棒立ちで迎え撃つのは無謀すぎるか。

 相手を見据えたまま、跳ぶように下がっていく。水の速度の方が少し速いので、間もなく追い付かれるだろう。

 水を操作できる射程距離もかなり広範囲のようだ。相手は一歩も動いていないが水球は問題なく俺を追撃している。


「おいおい、逃げるだけかい。ちゃんと戦ってくれよ」


 余裕を取り戻したようで何よりだ。声に張りがあるぞ。

 石の棍で水球を殴りたい衝動に駆られたが、相手は俺が棍を所有していることを知らない。今、小さくしてポケットに放り込んでいる。

 背負っていた弓は見られている筈だから、まずはこれで何とかするか。

 七割程度の力で弦を引き、三つの水球に連続で三本の矢を放つ。

 着弾と同時に表面が弾けて矢が埋没していくが、鏃が水球の向こうに辛うじて顔を出す程度で動きが止まる。


「おー、中々の高威力じゃないか。もう少しで貫かれるところだったよ」


 焦りが全くない相手の言葉は無視して考察を進める。

 本気で撃てば貫通は可能だが威力も速度も落ちるので、余裕で避けられてしまうだろう。

 っと考えている間に水球が迫っているな。二メートル以内の距離に詰められたところで、水面が波打ち触手のような水が伸びてきた。

 三つの球から合計十二の触手。野郎を襲っても絵にならないだろうに。

 先端が尖っているので突き刺すつもりなのだろうか、水で刺せるとは思えないが興味本位で喰らう訳にもいかない。


 真っ先に飛び込んできた一本目を潜り込むようにしゃがんで躱す、更に両側から挟み込むように追撃してきた触手が到達するより早く、更に前へ進む。

 前傾姿勢よりも体を倒し、四つん這いになるとそのまま一気に前へと跳ぶ。

 俺が下がって避けると思っていたのか触手も水球も反応が遅れている間に、その下を潜って攻撃をやり過ごした。

 そのまま、加速して男へと駆け寄っていく。


「なっ、抜けただと!」


 焦りの表情を浮かべて、残していた水球を自分の前に移動させた。

 あの大きさで前に置かれると通路が完全に埋まってしまっている。相手の見えている部分は足ぐらいだ。

 毒を塗った矢で足を射抜くか? それとも水球を飛び越えるか?

 脚を止めて考える時間はない。後方から水球が追いかけてきている。

 試しに全力で矢を水球に放ってみたが、貫きはしたが矢の勢いが落ちていて軽く避けられてしまった。


「へえ、貫けるのか。大したものだけど、それで?」


 口ではそう言いながら、矢の勢いにビビったようで水球の形が変化した。自分の体を完全ガードする様に少し大きな人型になって俺の前に立ち塞がっている。

 仁王立ちしている男の前に仁王立ちしている水の塊。面積が縮んで見える分、水の厚みが増しているのだろう。これでさっきと同じ威力で撃ち込んでも貫くことも不可能となった。

 それでも、続けざまに三本撃ち込む。二本は水人形の頭、右肩に命中したが、一本は股下を潜るようにして通り過ぎてしまう。

 やはり、水人形は貫通していないか。だが、股下以外の矢は火を纏わせていたので、水面が激しく波打ち水蒸気が上がる。


「おいおい、一本外れたようだが。焦り過ぎじゃないのかね」


「いや、狙い通りだ」


「負け惜しみかぎぃぃぃっ!」


 男が押し殺したような悲鳴を上げると、水の人形が弾け散る。

 後方から追ってきていた水球も水となって足下の水面に流れ落ちていった。

 額を金網に擦りつけ蹲っている男が顔を上げると、涙目で血の気を失った顔をしている。


「た、助けてく」


 命乞いを聞き入れる気もないので、容赦なく頭に矢を放つ。

 集中力を失った今の状態では水を制御できないのだろう、何とか操れた少量の水が矢を遮ろうとしたがあっさり貫かれ、頭から矢を生やして倒れた。


「初見で見抜くのは無理だよな」


 奴が何故、水を解放して蹲っていたのか。それは同時に撃ち込んだ三発目の矢に秘密がある。初めの二本は普通の矢だったのだが三本目は矢ではなかった。

 その正体は矢のように細くした石の棍だ。伸縮自在の性能を活用して矢と同じ細さにしてから、矢を放ったかのように見せて実は伸ばしていたのだ――相手の股下を狙って。

 炎の矢を受け水面が乱れ視界が妨げられたのも大きな勝因だ。

 そして、股下を抜けていったと思わせて油断しているところを振り上げる。股下の部分だけ金槌のような形にして。

 水でガードできずに男の急所を直撃した一撃の効果は見ての通り。


「あの三人組ぐらい弱ければ良かったのにな」


 同じように俺の命を狙った三人は助けて、この男を躊躇なく殺した理由はそこだ。

 この男は強い、俺を殺すだけの実力は兼ね備えている。だから殺した。

 どんな敵も許し、殺さずを貫き通せるほど俺は強くない。

 誰でも躊躇わない殺人鬼ではないが、敵対するなら容赦はしない、生き延びる為に。

 男が息を引き取ったのだろう、体から大量に黒い靄が溢れ出して俺の体へ吸い込まれていく。

 奴が今まで集めてきた魔素がこれか。効率が良いのは本当だった。

 まだ溢れ続けている黒い靄を浴びていると、体中に力が漲るようだ。


 全ての靄を吸い込み終えたので、その場で体を軽く動かしてみる。棍を振ると風を切る音が前より鋭い、身体もかなり軽く思ったように手足が動く。

 感覚が以前の強さに少し近づいてきているな。今までは前のダンジョンをクリアーした時との力の差に違和感があり、動きに齟齬が生じていた。

 今もあの時には到底及ばないが、奴を殺す前より身体能力が向上したのが自覚できる。


「あのダンジョンならレベル10は上がってそうだな」


 二度とあのダンジョンに戻りたいとは思わないが、身体能力やレベルがわかるシステムだけはこっちでも使えるようにして欲しかった。


「そういえば、魂技は上がっているのか」


 レベルで魂技が表示されているカードの存在を思い出して、確認することにした。


『ベルセルク』3『暗殺』4→5『熱遮断』8『石の匠』5→6『棍技(網綱流)』8→9『未来予知』6『炎使い』5→6『麻痺耐性』8『幻覚耐性』8『毒耐性』8『木工』7


 やっぱり、多用した能力は上りが早い。状態異常系を上げる機会がないのは喜ぶべきだよな。ゲーマーとしてはきりのいい10まで上げたくなるが。

 プレイヤーの死体は自然消滅しないで残り続けるので、俺は彼の持ち物を漁ることにした。

 使えそうなものは全て回収すると、この死体を水の中に放り込むか迷ったのだが魔物に新鮮な餌をやる必要はないので燃やすか。

 この炎で魔物が集まってくるかと警戒していたが、寄ってくる気配はない。近くにいる魔物は全て奴が殺し尽くした後なのかもしれないな。

 骨になるまで焼き尽くすと、遺骨は足元に広がる地底湖に放り込んだ。


「罪悪感は殆どないけど、気は滅入るな」


 沈んでいく骨を見つめていると独り言が口から漏れてしまった。

 心から信頼できる旅の仲間がいれば、ここの攻略も少しは気が紛れるのだろうか。

 今の俺なら聖人だって疑ってかかる自信があるので、人と組むことは一生ない気がする。少なくとも対等の立場で相手を信頼することは一生ないだろうな。


「俺が心から信頼できるのは……相棒だけだ」


 自分の力となり今も俺の中にいる相棒の姿を懐かしみながら、通路を奥へ奥へと進んで行った。


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