非道な強さ
俺が薙ぎ払った蛇も健在か。わりと本気で殴ったのに平然としている。
炎に対して耐性があるのかもしれない、どう見ても水属性だろうし。
敵を正面から見据えていると、後方から微かな水音と蠢く複数の気配を感じた。
振り向く必要はない。相手が足の蛇もどきを伸ばしたのだろう。
後ろ脚を引いて半身になると、本体から視線を逸らさずに後ろから襲ってきた蛇もどきを棍の回転で弾き飛ばした。
だが一体だけが棍の攻撃範囲を迂回したようで、俺の首筋を狙い大口を開けて迫る。
棍を持っていない方の右手で蛇もどきを掴むと、棍から一瞬だけ手を離してポケットに入れていた毒の小瓶を素早く取り出し、その口にくわえさせると強引に閉じた。
バリンと瓶が砕けた音と感触が手の平に伝わったので、その蛇もどきを橋の上に投げ捨てる。
派手に暴れ狂っていたが、直ぐに動きが穏やかになり何度か痙攣すると二度と動かなくなった。
その間に敵が他の蛇もどきをけしかけてくるかと身構えていたが、本体の蛇人間が苦しそうに右脚を掴んでいるだけだ。
そして、足の小指を一本掴むと自ら千切り捨てた。本体にも少しは毒が回ったということか。炎は効き目がないが毒は有効。
倒す道筋は見えた。だけど、楽に殺してやる気はない。
今度は前と後ろから同時に蛇もどきが来たか。前後から襲い掛かる蛇もどきを同時に捌くことは不可能なので、俺は橋の上を奥に向かって走っていく。
空を切った蛇もどきが挟み撃ちをした蛇同士ですれ違っている。
既に石の棍を縮めてポケットに放り込んだ俺は、背中のバックパックに引っかけてあるコンパウンドボウを手に取った。
矢を構えると同時に放つ。軌道上に三匹が重なっていたので、三つを同時に貫き串刺しにする。頭らしき箇所を貫いたのだが蛇もどきが即死することはなかった。
蛇に見えるだけでそこに脳はなく本体が全て操作しているのだろう。異様な生命体だがあれはただの指だ。
そんなことはわかりきっていた事なので、続けざまに三本矢を射って四つの蛇もどきを貫いた。それだけなら指を傷つけられただけなのだが、もちろん矢にはたっぷり毒を塗らせてもらっている。
これで合計八本の指が駄目になった。本体の蛇人間はどれが毒に犯されているのか正常な判断力も失ったようで、全部の指を噛み千切った。
両手両足の指を失った蛇人間は目尻を吊り上げ、血走った目で俺を睨んでいる。
どういう仕組みかは不明だが、何故か水面の上に立てているな。まだ戦意が衰えていないのなら好都合だ。
弓を構え、いつでも矢を放てるように照準を合わせる。逃げようとした途端に、その頭を撃ち抜くぞ。
相手も俺の行動を察したようで逃げようとはせずに、何を思ったのか橋の上に跳び込んできた。俺の十メートルぐらい前方に着地すると、這いつくばってこっちを見ている。
「土下座なんて殊勝な心掛けをするような魔物じゃないだろ」
挑発も兼ねた言葉に相手は反応をしない。日本語は通じないから当たり前だが。
蛇人間が腰を曲げて体を折ると、そこから一気にこちらへ向かって跳躍した。
大口を開けて頭から噛り付くつもりか。俺はその口内に矢を放ち、素早く石の棍に持ち替える。喉を貫かれた衝撃で相手の頭が後方に反れた。
剥き出しになった胸元に棍の一撃を叩き込むと、相手の体が歪に折れ曲がり棍に纏わりつくがそのまま振り切る。
下からすくい上げるように振ったので、蛇人間は天井に向けて吹っ飛ぶと、地面に向けて伸びる岩のつららにその体を貫かれた。
相手が絶命したのを確認してから、石の棍を使って三人の死体を引き上げる。
あのまま、水に浮かんで魚や魔物の餌になるのは忍びないので、俺が『炎使い』の能力で火葬することにした。
橋の上に並べ、見開いている目を閉じさせて、全員の体を炎で包み込む。
完全に燃え尽きて骨だけが残るまで見守り、残った骨は出来るだけ砕いて小袋に詰めてバックパックに入れておく。何も考えずに淡々と作業をこなした。
水に引きずり込まれて死んだんだ。せめて、土のある場所に遺骨は埋めてあげたい。それが俺に出来る唯一の供養。
こんな事をしても、どうなるわけじゃないのだが彼らの為というより、自分の心を納得させる為にやりたいのだと……思う。
感傷に浸るのはここまでだ。気持ちを切り替えよう。
さっきの感じだと、ここからは難易度が桁違いに上がったと見るべきか。まずは現状の確認だ。
下はただの水で触れた感じだと何の問題もなかった。天井までは水面から十メートルぐらい。橋の上からだと五メートルかもう少し高いかもしれないな。
辺りは暗闇で『暗視』系の魂技がなければ何も見えない。試しに能力を切ってみたら漆黒だった。
プレイヤーの殆どが『暗視』を所有していたようだから、ここまで進んで暗闇で苦戦する人は皆無だろう。
温度はかなり低いようだが着ている純白のコートと『熱遮断』があるので、何度であろうと全く苦にならない。
敵が待ち構えているとしたら場所は水中と天井に張り付くタイプの敵ぐらいか。定番なら蝙蝠だが、どうだろうな。
気配は常に探っておこう。網の橋は目が細かいので矢がギリギリ通るぐらいだから、足を踏み外すことはない。罠も網が抜けるような罠ぐらいしか仕込めない。敵の奇襲がメインのステージ構成か。
足下に注意を払い過ぎて上空が疎かになってもいけないので、自分を中心とした球をイメージして周囲の敵を探る。
速足程度の慎重な足運びで奥へ奥へと進む。網の橋は今のところ分岐点がないので、間違っても道に迷うことはない。
さっきの敵が四階で最強の敵ならいいのだが、他にも厄介な敵が潜んでいないことを祈るばかりだ。
「っと、こういうことを考えるとやってくるのは、おきまりなのかね」
足下に大きめの気配が二つ。気配の形からして一体は蛇人間で間違いないだろう。もう一つは全く異なる気配をしている。
先に蛇人間の方が上がってきそうだな。もう、相手の実力を測る必要もないので、弦を限界まで強く引いて水面に狙いを定めた。
水音が背後から連続で聞こえてくるが一切目を向けない。先に蛇の指で襲うというさっきと同じパターン狙いだろう。
気配を完全に消して風景と同化する。
俺目掛けて進んでいた蛇の指が俺の近くでピタリと止まった。目標が急に消えたので戸惑っているのだろう。
そうなると、直接見て確認したくなるのが心情ってものだ。
水面からそっと顔を出した蛇頭を容赦なく撃ち抜くと、碌な活躍もなく静かに沈んでいった。
続いて現れたのは巨大な魚だった。鮮やかな緑の鱗をびっしりと生やしたフグに似た巨大魚のようだが、これも俺の姿を見失っている。
ここまで気配を察知されないのであれば、ずっと気配を消して進めば無駄な争いは避けられそうだな。
見た感じ強そうに見えない個体だが……試しに射てみようか。
毒を撒き散らすタイプだとしても距離は十メートル以上離れている。それに『毒耐性』があるので滅多なことでは死なない。
鱗の強度も確かめたかったので、わざと鱗目掛けて矢を放った。
弾かれることも考慮していたがあっさりと鏃が鱗を貫き、膨れ上がった本体を貫くと同時にその体が爆散した。
鼓膜を激しく揺るがす爆発音と爆風が吹き荒れ、四つん這いになり鎖の網に手を掛けていなければ今にも吹き飛ばされそうだ。
爆発が収まると爆風によって噴き上げられた水が雨のように降っている。
「爆弾フグか。どんな敵でも接近戦は後回しにして、まず射た方が良さそうだな」
この展開は予想外過ぎた。ゲームなら自爆する魔物は珍しくもないのだが、実際にそんな魔物を目にすると驚きを通り越して唖然とするな。
あれは間違っても接近戦で倒さないでおこう。
異世界の神秘に軽く感動していると無数の気配が水面下から迫ってきた。
あの爆発音で魔物を引き寄せたのか。あれは見つけても倒さないで放置した方が得策だな。今後、気を付けよう。
足早にその場を立ち去り奥へ奥へと進んで行く。一時間ぐらい進んだだろうか。
一本道に代わり映えのない風景なので、これは無限ループに入ったかと警戒していたのだが目の前に分岐路が現れた。
右は少し太めの道、左は幅二メートルぐらいしかない道だ。両方鉄の網で下が透けて見えるのは同じか。
「さーて、どっちが当たりか。それともどっちも外れか」
道が太い方が安心感あるよな。今のところ傷を負うこともなく順調極まりないが、水に引き込まれたら勝ち目は薄くなる。
誰もが太い道を選びたくなる心理を製作者も理解していて、細い道が正解のルートというのはゲームでは定番。もしくは、細い道の先にはアイテムが落ちているという流れ。
どちらにしろ、細い道を進んで損はしないことが多い。たまに行き止まりになっているだけの場合もあるが。
こういうのは考えるだけ無駄だからな。
石の棍を分岐路前に立てて、倒れた方向に進むことにした。
「左の細い道か」
これって完全ランダムに見えて、実は深層心理で自分の行きたい方向に棍を僅かに傾けていたりするらしい。つまりは、自分の進みたい方向がそっちだということだ。
危険なんてとっくの昔に覚悟済み。罠だとしても打ち破れば済むだけの話……これは極端すぎる思考か。
「さて、今度は何が出るかな」
適度の緊張感と常に気を張っている方が余計なことを思い出さなくていい。
集中しろ、たった独りでも生き延びる為に。




