四階へ
暫く待っていたのだが三人組が一向に現れない。
あの音に警戒しすぎて出るに出られなくなった可能性が高そうだ。
彼らが逃げ込んだ民家へと歩み寄って気配を探る。三人の気配が希薄だな。
誰かが『気配操作』の魂技を覚えていてそれを使用しているのだろう。魔物に追われていた時は既に見つかった後だったので意味がなかった。
動かないでいる時は周りの人の気配も消せる能力なのだが、俺には微かにその気配が伝わる。これは『気配操作』を取り込んだ『暗殺』が最上級魂技だからなのか。調べようがないので憶測で話を進めるしかない。
その希薄な気配はひと塊になって微動だにしない。
んー、困ったな。ボスが復活しない保証がないので、四階に行きたいなら今の内に通って欲しい。彼らを自主的に動かす手段はないだろうか。
幾つかの策が思い浮かんだのでシミュレーションしてみる。
その一、民家を放火。焼死したくないので出てくる可能性は大。ただし、余計に警戒される恐れがある。
その二、敵を民家に一匹誘い込んで逃げ出してもらう。これもリスクが大き過ぎる。
その三、自らボスを倒したことを伝えて一緒に扉を潜る。これが一番安全な策だが、自分と実力がかけ離れた三人に懐かれそうな気がしてならない。
今でも勘違いで好感度が上がっているので、あまり親しみを持たれても困る。
正直に言ってしまえば、自分と実力のかけ離れている同行者は足手まといにしかならない。そんな相手を引き連れて邪神の塔をクリアーするのは無謀だ。
酷いようだが彼らのような仲間は必要としていない。
「となると、妥協案だな」
バックパックの中からメモ帳とペンを取り出して『三階のボスを倒したから今なら四階へ進める。どうするかはキミたちで決めてくれ』と書きこむと、ページを破って矢に括りつけた。
古風だが矢文で知らせることにしよう。これなら顔を見せないでいいし、彼らならこの矢を見て察してくれるだろう。
彼らの潜んでいる正確な位置を気配で探り、矢を窓に撃ち込むには丁度いい場所を探し出して、そこから矢を射た。
「なっ、なんだ!」
「敵襲かっ!」
ガラスの割れる音に続いて取り乱した男たちの声が聞こえた。
矢文に気づいてくれるといいのだが。耳を澄まして民家の中の音を探っていると、三人の話し声が微かだが耳に届いた。
「おい、矢だぞ」
「もしかして、俺たちを助けてくれた、あの人か」
「他にプレイヤーがいるとは思えないけど……ちょっとまって何か括りつけてある」
お、女性が矢文に気が付いてくれたか。よっし、そのまま開いてくれ。
「罠じゃ……ねえよな。お前、取ってくれよ」
「何で俺なんだよ。言い出しっぺの自分が取ればいいだろ」
「情けないわね。あの人からの手紙なら危険なわけないでしょ」
いざという時の度胸は女性の方があったりするよな、一概には言えないけど。
「あっ、見て見て」
「おおっ、マジか。やっぱ、あの人はすげえぜ!」
「ただ倒しただけじゃなくて、俺たちに教えてくれるなんて、器の大きさが俺たちとは違い過ぎる」
更に俺の株が勝手に上昇している。
このまま、彼らのことを陰から見守っていたら、最終的には神格まで到達しそうな危険性をひしひしと感じてしまう。
そういえば、今更だけど彼らが扉を潜ったら扉が閉まって、またボスが出る仕様とかじゃないよな。そうだとしたら、面倒なことになる。
無いよな……流石にそこまで酷くないと信じているぞ、邪神。
あっさりと文面を信じた彼らが家から出てきた。一度死ぬ覚悟をして助けられたことにより、俺のことを全面的に信じ切ってしまっている。
騙すのが容易になったのはいいが、ここまで信頼を寄せられると心苦しい気持ちが芽生えそうだ。もう少し割り切れ、俺。
三人組の後ろをそっと尾行しながら辺りを警戒する。周囲に魔物の気配はない。扉までの道すがら危険な箇所は何処にもなかった。
彼らが触れる前に扉を調べておいたが罠もなかったので安全に開けられる……やっぱり、過保護だろうか。
扉の前に立つ三人。そのたった三メートル後ろに立つ自分。姿が見えてないからいいけど、これ見えている人がいたらシュールな光景だろうな。
「四階が三階よりマシだといいな」
「敵の相性もあるからな。俺たちの魂技が有効な敵がいれば、ここより楽に過ごせるんじゃねえか」
「そう、信じるしかないわよね。どっちにしろ、ここに居座っても殺されるか最終的に餓死するかの二択でしょうし」
進むことを選んだか。彼らの為を思うなら四階は過ごしやすい空間であって欲しい。俺もそっちの方がありがたいから。
彼らが扉をゆっくりと押し開いていく。扉の向こうは真っ暗で扉を越えなければ、先がどうなっているのか窺い知ることができない。
三人が扉を潜ると気配が完全に消えた。そこから一分待ってから俺も扉を潜る。
暗闇の先は薄暗い空間だった。天井にはつららのように突き出た岩が見え、壁も岩肌で地面があるべき足下は一面水が張られている。
そんな地面の上に錆びた鉄の網が敷かれた橋のような物が張り巡らされていた。
鍾乳洞みたいだな。こんな感じの金網の通路も観光スポットになっていた鍾乳洞にあった気がする。進路方向が決まっていて、その通りに見学する為に。
俺も金網の上にいるのだが、岩肌の地面までは五メートルぐらいはありそうだ。道の幅は三メートルぐらいか。余程のことがない限り足を踏み外すことはない。
「三人組は何処に行ったんだ」
気配を探ると近くから感じる、その場所を断定すると……足下だった。
「下っ!?」
まさか、この道から落ちたのか。
慌てて下に視線を向けると網の向こう側に見える水中に沈んでいく姿が見えた。
喉を押さえて苦悶の表情でもがいている!
「魔物に襲われたのかっ、くそっ!」
矢をつがえ全力で足下に向かって撃ち込む。網の間をすり抜けて矢が水面を貫き沈んでいくが、俺の馬鹿げた力でも水面深くにいるらしき魔物には届いていない。
三人の姿がギリギリ見えるが徐々にその姿が小さく薄れていく。よく見ると体や足に何か長い物が絡みついている。あれが彼らを引きずり込んだのか。
助けたいなら跳び込むか? いや、駄目だ、それじゃ共倒れになる未来が待っているだけだ。
道の端ギリギリに立つと伸縮自在の棍を彼らに向けて伸ばした。これを掴んでくれたら一気に引き上げられるが。
彼らが苦しみながらもまだ生きていられるのは、人を越えた身体能力を有しているからだ。だが、このままでは溺れ死ぬのを待つしかない。
「頼むから掴んでくれ!」
俺の願いが天に届いたのか、誰かが掴んだ感覚が手の平に伝わってきた。更に二つ同じ感覚が続き三人が掴んだと信じて引っ張り上げた。石の棍が縮んでいくにつれて水面が紅く濁っていく。
「早く、早く!」
そして、石の棍が元の長さに戻ると棍には――三つの腕だけが残されていた。
学生服と迷彩服の袖。残りの一つは白くか細い。強引に引きちぎられたかのような切断面を覗かして腕だけが、棍にしがみ付いていた。
「ああ、そうか。そうだったな、ここはそういう世界だ」
三人組に期待していた通りの展開じゃないか。彼らが先に襲われたおかげで俺は水の中にいる敵の危険性を知った。
狙い通りに役立ってくれた。そう、その為に生かしていたのだから何の問題もない。そうだ、これは理想の展開だ。
足下の網越しに見える水面が泡立っている。そこから三本の触手のような何かが飛び出してきた。
網の橋を迂回して側面から襲い掛かってきたのは、三匹の蛇のような生物だった。目も鼻も見当たらないが口だけは立派だ。
それが足首を狙って噛みついてきたのをぼーっと眺めながら、炎を纏った棍で薙ぎ払った。
「ふざけるなよ。出てきやがれ」
あの触手の末端部分を睨みつける。さっきから強い気配をずっと感じていた。あの蛇っぽい触手はアレの手下か――体の一部だ。
水面に浮かび上がってきたのは青白い体をした髪の長い男だった。口が頬まで裂けて、先が二つに割れた細い舌がちろちろと口から出ている。
体も腕も脚も人間そのものなのだが、その指が人のそれではなく俺を襲った蛇のような長い触手だ。
両手両足の指が蛇触手の化け物か。初っ端から酷い難易度だということは、この階からが本番なのかもしれない。
「シャーーーッ」
それは男の口からも指の蛇からも聞こえる威嚇する声。
魔物が全貌を現してから遅れて数秒後、三つの死体も浮かび上がってきた。
腕だけではなく四肢を失った死体。苦痛に歪んだ表情がどれだけ苦しんだのかを物語っている。
「すまなかった」
彼らに対する謝罪の言葉が無意識に口から漏れた。
俺が三階に留めておけば、こんなに苦しんで死ぬことはなかっただろう。彼らが望み進んだ道だとはいえ、そのきっかけを作ったのは紛れもなく――この俺だ。
敵討ちをしてやることぐらいしかできないが、あんたたちの苦痛を奴に味あわせてやるから……そこで見ていてくれ。




