目的地
彼らのお守りをしながら後を付けていると、移動速度が極端に落ちた。
周囲を忙しなく見回しているところからして、目的地が近いのかもしれない。あの警戒ぶりはボスやそれに準じた強敵がいるのか。
二世帯住宅っぽい二階建ての屋上から進路方向に目をやると何か見えた。ちょっと距離があり過ぎて確認が難しいな、スコープで見てみるか。
拡大された目的地には敵らしき魔物の姿を発見した。大きさは人並で腕は二本で刀を二本手にしている、二刀流か。
腕が普通な代わりに胴が長く足が四本ある。顔には黒の粒が無数にあるな、八個どころかその数倍はある。
ハッキリ言ってしまえば、デザインが酷く気持ち悪い。
周囲に他の魔物は……っと、ブツブツ頭のすぐ側に八目猿が走り寄ってきている。ちなみに八目猿というのは三人組が口にしていた名前でそのまま使わせてもらった。
その八目猿はボスらしきブツブツ頭と合流するのかと思ったら、武器を振り上げて襲い掛かったぞ。何だ、敵対しているのか。
ブツブツ頭は避けようともせずに腕を軽く振ると脳天から綺麗に分断された。
見事な腕だな。今の一撃、本気を出さないと躱せないかもしれないぐらい動きにキレがある。悪いが三人組が挑んでも勝てる要素は少ない。
あのボスの後ろにいつもの扉があるから、あそこが出口で間違いないだろう。
そういや、倒さなくても扉って開くのだろうか。前のダンジョンではボスがいる場合は倒さないと開かない、もしくは扉が現れなかったが邪神の塔が同じ仕様だとは限らないよな。
三人組もそれを狙っているのかもしれないな。他の魔物と敵対しているなら、敵を誘導して争っている内に扉を抜けるという手段が使える。
でもそれはボスを倒さなくても扉が開くという前提条件が間違っていれば、何の意味も持たない。
んー、扉って今のところ押し開くタイプばっかりだったよな。ちょっと、試してみるか。
二階で制作した矢には幾つかの種類があって、先端を尖らせていない矢も何本か作っておいた。
その内の一つが今手にしている矢だ。鏃を分銅のような形にして、貫くのではなく衝撃を与える矢ができないかと考えて作ってみた。ようは刃ではなく鈍器のイメージで。
それを弓につがえて弦を引く。狙いはボスらしき魔物後方の両開きの扉。あれに強い衝撃を与えたら開かないか実験してみよう。
放たれた歪な矢は狙いを違うことなくブツブツ頭の脇をすり抜け扉に激突した。
結構な距離がある俺の元まで扉と矢の激突音が響いてきた。その音を聞いて三人組が近くの瓦礫に隠れている。
ブツブツ頭は扉へ振り返ることはなかったが、驚いて少し体が跳ねたような。その後は忙しなくその場を行ったり来たりして落ち着きがない。
後方を確認しなかったということは、あのブツブツは目の役割をしていて背後まで見えているのか?
八目猿が何事かときょろきょろと視線を巡らし、何処から聞こえてきているのか音源を探っているようだ。
あいつらにも激突音は聞こえたようで、何体もの八目猿がボスの元へと向かっているな。
扉は開いていないが目的の一つは達成された。音により魔物を集めることは成功。ざっと見たところ数十体は誘導できた。
これでボスは魔物相手に手間取られて、俺を相手にする余裕がなくなるだろう。その隙を突いて――倒そう。
扉を潜って次の階に逃げる手も考えてはいたが、開く保証がないなら倒した方が手っ取り早い。この距離なら充分狙撃できることは、さっきの一矢で確認できた。
念の為にもう数軒先の民家の屋根をお借りすることにしよう。威力と精度を少しでも上げたいからな。
弦を引いて構えを持続したまま、魔物同士の争いが始まるのをじっと待っている。
八目猿が二体ほぼ同時に現れた。一瞬の躊躇いもなくブツブツ頭に攻撃を仕掛けている。前の一匹だけではなく、八目猿と敵対していることが立証された。
実力差があり過ぎてあっという間に二匹が切り刻まれたがおかわりは幾らでもある。更に四体追加だ。
これでもし、ボスを仕留めきれなかったとしても、八目猿が減れば生存率は上がるからな。
仲間が倒されても怖気づかないのは立派だが、もうちょっと頑張って欲しい。全員一刀でやられている。
腕が三本もあるのだから、どうにか一撃でいいから受け止めてくれないか。
そんな俺の願いもむなしく、八目猿は死体の山を築いてく一方だ。まだ八目猿はいるが大人と子供ぐらいの実力の差があるように見える。
正面から戦ったら俺も苦戦しそうだな。まあ、正面から戦う気はさらさらないが。
八目猿が襲うタイミングに合わせて矢を放った。狙い通り矢はブツブツ頭の中心への軌道を描く。命中したと確信したのだが、その一撃を刀で弾かれてしまった。
一度扉を矢で撃ったことで遠距離攻撃を警戒していたのか。
俺の位置は確認されていないと思うが、次を外すか弾かれたら居場所を特定されかねない。
「ふぅぅぅぅ」
息を吐き精神を集中する。
もう一度、敵の頭を見据えて次の矢をつがえる。弦をゆっくりと引き、八目猿と呼吸を合わせて矢を放つ。
今度も相手の顔面を狙い矢が突き進むが、八目猿の攻撃が途切れてしまい前回と同じく刀の腹で鏃を防がれてしまった――
「狙い通り」
前回よりほんの少し矢の速度を落として放ち、あえて相手に弾くように仕向けたのだが上手くいってくれたな。
鏃の代わりに付けた小瓶が砕け散り、中の毒が周囲へと飛散した。
頭のブツブツに毒を浴びる羽目になったボスが刀を取り落とし、頭の毒を拭きとろうとしている。目に浴びる毒って想像しただけでも痛そうだ。
無防備な姿を晒す羽目になったブツブツ頭へ、今度は狙いすました本気の一撃を発射する。矢は相手の胸元に根元まで突き刺さり、大きく上半身を仰け反らせた。
倒した確信が持てないので、更に三発を頭と腹と下腹部に撃ち込むと、仰向けに倒れたまま動かなくなった。
状況が掴めないでボーっと突っ立っている八目猿の残党も射抜いておく。
ボスが霧散して消え失せたのを確認してから、民家から飛び降りて扉前へと急ぐ。ボスドロップと矢の回収をしておかないと。
三人組が先に来ると色々と厄介なことになりかねない。
扉前に速攻で駆け寄るとまず矢を全て拾う。こういうこまめな回収が明日へと繋がる、決して貧乏性なわけではない。
ボスが倒れた場所を調べるとそこにはアイテムが一つ落ちていた。
流線型のボディーの先端には赤い蓋。透明の体の内部には白い何かが満載されている。
「はいはい、マヨネーズマヨネーズ」
調味料シリーズ第三弾をゲットした。次はどうせ中華出汁とかだろ。
殆ど期待していなかったので、諦めにも似た境地でマヨネーズをバックパックに放り込んだ。
最近料理に凝っているのか……こういう茶目っ気はいらないです、邪神さん。
いつ三人組がやってくるかわからないので、気配と姿を消して近場に潜んでおくことにした。
今回得たボスドロップを改めて眺めてみたが、何処からどう見てもマヨネーズだ。正直がっかりしたが、ここである考えに至る。
他にも挑んだ人がいて、先に進んだ人もいただろう。そういう人たちも同じ物を得ていたとしたら、そこまで腹も立たない。
実際、味のレパートリーが三つも増えたのは、長期戦を考慮するならありがたいことだよな。と自分を慰め終わったので、今度は冷静にこのステージについて考察してみる。
俺は単独でも意外と楽にクリアーできたと思うが、他のプレイヤーはかなり苦戦する場所らしいということ。実際、あの三人組は何か月もここで足止めをくらっている。昨日、夜に三人組の話を盗み聞きして知った情報だ。
他にも得た情報はある。
俺のように後続のプレイヤーが現れたことがあって、その人と一時期は組んでいたのだが死を恐怖するあまり自暴自棄になって、仲間を危険に晒したので自分たちの手で始末したらしい。
なので、協調性のないように見えた俺を、即座に処分することを決めたそうだ。
その感覚はわからなくはないが、仲間になろうともしていなかった俺を殺す理由にはならない。
今は猛烈に反省しているようだが、謝って後悔すれば過去が覆る訳じゃない。ただ、反省もしない人よりかはマシだけど。
彼らはあのダンジョンで裏切ることに、俺は裏切られることに感情が麻痺してしまっていたのだろう。なので、彼らの裏切り行為に対して怒りを抱いていない。
あまり思い入れをしないようにしないとな。あくまで傍観者に徹して、俺の露払いぐらいの気持ちで接していた方が楽だ。どうせ、遅かれ早かれ……死に別れすることになるのだから。