囮
俺を襲った三人から少し離れた場所で観察を続けている。
同じ豪邸のホール内というのが我ながら大胆だとは思うが、これも『暗殺』の能力を鍛える訓練になるからな。
「あのプレイヤーは何だったんだろうな」
「強いなんてもんじゃねえぞ。あいつたぶん探索側でラスボスを倒したんじゃねえか」
「私たちみたいにだまし討ちで勝ち残った、殲滅側じゃないのね」
なるほど、彼らは殲滅側でクリアーしたのか。
あのダンジョンの最終ステージでは殲滅側と探索側に分かれて殺し合った。殲滅側は仲間だと思っている探索側を全滅させればクリアーという条件。
探索側は殲滅側の存在を知らされていないので、仲間に自分たちを殺そうとしている相手がいるとは知らない状況で探索を進め、尚且つ特殊条件で現れるラスボスも倒さなければいけないという高難易度だった。
殲滅側と探索側では難易度が全く違い、俺は鬼畜難易度の探索側に割り振られて酷い目に遭った、本当に。
言い方は悪いが殲滅側ならこの弱さも納得できる。探索側でこの弱さだとかなり運が良くなければ生き延びられなかっただろう。
「情けねえよな……騙して裏切って、人の心を捨ててまで生き延びたのに、情けをかけられるなんてよ」
「ははっ、あの地獄を越えて何でそんなことできるんだよ。他人なんて利用するだけの存在だろ」
「そうよね。私たちは生きたかっただけ。何も間違ってない。何も……間違ってない筈なのに……」
かなり落ち込んでいるな。俺の対応が思ったよりも彼らの心にダメージを与えたようだ。
こっちも利用しようと考えて助けたのだから、そんなに深く考えなくていいのに。
「人として当たり前のことだよな。人を助けるのは、そんなことも忘れていた。いや、考えないようにしていた」
「ああ、もうそんな心は失ったと思っていたんだけどな」
「あの人を見習って、もう少しだけ人を信じてもいいかもしれないわね。少なくともあんたたちぐらいは」
「そう、だな。あの人に殴られて目が覚めた気分だ。見習うなんておこがましいかもしれないが、もう少し人間らしく生きねえと」
「俺もそう思っていた。今更、過去は変えられないが、ここでは仲間殺しを推奨しているわけじゃない。だったら、お前たち……仲間を信じるのも悪くない」
三人は顔を見合わせると、妙にいい笑顔を浮かべている。
あれ、何かいい話になってないか。俺が美化されて尊敬の対象になっているのですが。えっ、こっちも打算ありで助けたのに何だか申し訳なくなってきたぞ。
このまま、彼らを囮にして敵の能力や罠の排除を任せようと考えていたのだが、そんなことができる雰囲気じゃない。
非常に困った。いや、ここは心を鬼にして自分の利益を追求するべきだ。
そう結論を出すと、俺はこの豪邸の屋上へと移動した。安全な場所から彼らの動向を観察させてもらおう。
屋上で眠っていると三つの気配が動いたことで目が覚めた。
これも『暗殺』の影響なのだろうか。昔から寝起きは悪くなかったが、完全に覚醒しているな。
三人が入り口から辺りを窺いながら慎重に外へ歩み出ている。彼らが何か月もこの場所にいるなら出口らしき場所も把握していると思われる。
回復薬を多めに渡しておいたから、それでゴールを目指すという発想になってくれれば狙い通りだが。
住宅地の奥へと進んで行くようだ進路方向には……八目の猿が二体いるな。結構距離があるけど、このままだと鉢合わせるぞ。
仲間に『気配察知』を持つ人がいるようだったが精度がそこまで高くないらしく、まだ気づいてないようだ。
「仕方ないな」
コンパウンドボウを構えてスコープを覗く。
弦を絞り精神を集中して矢を解き放つ。二本の矢が魔物の額を貫き住宅の壁に貼り付けた。
彼らが通過する前に死体が霧散していたので誰も気づいてないようだ。
このままだと目的地に着くことすら難しそうだな……何とかするか。
迂回するルートで相手の先回りをして、敵を排除していく。進路方向にいる魔物たちの背後から忍び寄り一撃で仕留める。
風景と同化して気配が無になっている俺の存在に気づく魔物は一人もいない。能力をフル活用すれば一方的に倒せるようだ。
これなら彼らの手を借りないでも自力で何とかできる気もするが、念には念を入れるのが俺のやり方。思いもしない展開があるかもしれないからな、せいぜい利用させてもらうよ……って、そっちはまだ魔物排除してないって!
急に方向を変えた彼らの先に慌てて回り込み、たむろしていた魔物を三体倒しておいた。万が一に備えて周辺の敵も倒しておこうか。
近くの民家の屋根に登り、六体射殺しておいた。
これで大丈夫だと思うけど、今なら初めてお使いに行く子供を見守る親の心境が理解できるかもしれない。
「って、何故、引き返す……道を間違えたのか」
伸縮自在の棍を使って民家の屋根から屋根を渡り、彼らの先回りをする為に全力で移動する。
「ほんと、何してんだろうな俺は」
自分を殺そうとした相手の為に面倒事を抱え込んで馬鹿じゃないかと自虐してしまいそうになるが、これが俺だからしょうがないと開き直ることにした。
それに、相手を利用しているだけだからな。人助けの為にやっている慈善行為では――
「だーかーらー、そっちには敵が固まっているって」
わざとやっているのじゃないのかと疑いたくなるぐらい、敵の密集地へと突っ込むルートを選んでいく。
敵の数は十二体。ああもう、毒を食らわば皿までって言うからな。とことんまでやってやるよ。
三人が駆け足で進んでいるので時間は掛けられない。屋根の上を走りながら矢を撃ち、屋根から屋根へ飛び移る。
一応は気配も消したままで風景とも同化しているのだが、攻撃に集中すると効果が薄まるようで、四体目を射抜くと敵に気づかれてしまった。
時間が惜しいので、走る速度を落とさずに突っ込んでいき更に二体を矢の的にしてから、石の棍を手にした。
「時間がないからとっとやるぞ」
屋根から飛び降りて着地の衝撃を膝のクッションで緩和して、そのまま立ち上がると見せかけて前に跳んだ。
一番手前にいた魔物が反応できずにいたので、石の棍をすくい上げて股間部分を強打した。
魔物がオスなのか人間と同じくそこが急所なのかは知らないが、腹まで棍が潜り込めばどっちにしろ生きてはいられないだろう。
崩れ落ちようとする魔物の胸元に全力で前蹴りを叩き込む。その体が後方へと勢いよく吹き飛び迫ってきていた魔物二体を巻き込んだ。
残っている三体が二手に分かれて襲い掛かってきた。右が二体に左が一体。腕の数だと九本ってこれはどうでもいい情報だっ!
先ず左の一体の懐に潜り込むが、胸元の腕が待ち構えていた。その腕は素手だったので拳を繰り出してきたのだが、股の間を滑って潜り抜けたついでに無防備な腰に石の棍のフルスイングをお見舞いした。
腰を前に突き出す格好で低空飛行する魔物を盾にして俺も後を追う。
残りの二体は魔物を避けたようだが、同じ方向に跳んだのは間違いだったな。
俺の存在に気づいてなかったようで、仲間の死体の背後から現れた俺に対応できずにいる。
そのまま首を薙ぐと爪楊枝でも折るように、ぽきっと折れた。もう一体も振り抜いた勢いのまま棍を回転させて末端でこめかみを強打すると、顔の半分が陥没した。
これで終わり……じゃなかった。魔物に巻き込まれて地面でもがいている二体が残っていた。何とか起き上がったところに容赦のない一撃を振り下ろし、これにて完了。
後は彼らがくる前に姿を消しておくか。死体はもう霧散し始めているから放っておいても大丈夫だ。っと、ドロップアイテムは回収しておかないと。
アイテムだけ転がっていたら怪しいからな。もう、何か見落としはないな、よっし。
民家の屋根に登り気配と姿を消す。
暫く待っていると、小走りで駆け寄ってくる三人の姿が見えた。
「今日はラッキーだぜ。敵と全く遭遇しないな」
「考えを改めたから、幸運が舞い込んだのかもしれないぞ」
「だったらいいわね。ちょっと物足りないけど」
呑気に笑いあう三人が眼下を通り過ぎていく。悔い改めても人を殺した過去は償えないし、そんなことで幸運が舞い降りたりはしないよ……俺も含めてな。
今度は一体ぐらい残しておいた方がいいのだろうか。ちょっと過保護な気もしてきた。
それで死なれても寝覚めが悪いか。多くの人を殺してきたとはいえ、人の死に何も感じない訳じゃない。
って、当初の目的を俺が忘れてどうする。もう少し様子を見てからどうするか判断しよう。さて、またも先に掃除しておくとしますか。




