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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

プールサイドの桜子さん

「これは――」


 私はベッドに腰かけて、スマートフォンの画面を穴が空くほど見つめました。今日のクラスマッチ終わりに、3人で撮った写真です。


 ……誰かに相談するべきでしょうか。


 けれど、誰に。霊能者の知り合いなんて、いるはずもありません。ユウナにはともかく、リサには話さないほうがいいでしょう。


 体育館で撮った写真。

 笑顔の3人。

 ピースサイン。

 ハーフパンツの体操服。


 すらりとしたリサの足首に、ひたりと這う青白い手。

 周りには、私たち以外、誰もいないのです。


「心霊写真……ですか」


 私のため息は、エアコンの低い音にかき消されました。


  + + +


 翌朝、教室で会った2人には、


「すみません。昨日の写真、間違って消してしまいました」


 と嘘をついて、写真の存在――あってはならないもの(、、、、、、、、、、)の存在を隠しました。知らないほうがいいこともあるのです。


「マコトは抜けてるからなあ」


 リサは私のことをとがめるでもなく、大きな口で、にかっと笑います。私の横で椅子に座り、頬杖をついてそう言いました。


 言いながら無造作に組んだリサの足は、健康的で、白くて、そして長いのです。バレー部である彼女にとって、それは商売道具のひとつです。


「なによ、ジロジロ見て」

「いえ、なんでも――」


 あの青白い手が写っていたのは、リサの右足。

 足首を包み込むように、長い指が伸びていました。がしっと、掴んでいたのです。拡大すると、筋張ったその手には、恐ろしいほどの力が加えられているように――私には見えました。


 けれどリサの足には、その痕跡らしきものは見受けられないのです。やはりあれは、人ではない、なにか。


「ま、見られて恥ずかしいような足はしてないけどね」


 私の気も知らず、そう言ってリサは足を組み替えます。リサのスカートは短くて、周囲の男子がちらちらとこちらを窺っています。ええ、間違いなく視線を感じます。


「恥ずかしいのは、足じゃなくてそういう振る舞いだと思うけど」


 ユウナが横から茶化すように言いました。

 栗色のショートボブ。とろんとした二重まぶたに、ぷっくりした唇。いわゆる『男好きのするタイプ』――でしょうか。フルートの達人でもあるユウナは、私から見ても、とても可愛い女の子です。


「ねえ、バレー部の試合って日曜日でしょ。何時から?」


 ユウナは、リサにたずねます。


「なに、応援に来てくれるの? 吹奏楽部も忙しいんじゃない?」

「大丈夫。こっちは大会までまだ少しあるから。マコトも一緒に行くでしょ?」


 もちろん。

 私は答えます。


「じゃあ決まり。リサ、負けたら承知しないからね」

「頑張ってくださいね」


 私たちの激励を受けて、リサは明るく笑いました。


  + + +

 

 どこのクラスにも、うわさ好きな生徒はいるものです。

 私のクラスの場合は、放送部の進藤さん。写真の件を誰に相談していいか分からず、2限目が終わった休み時間、彼女の席に近づき、たずねてみました。


 ただし、私のスマートフォンに心霊写真などという、格好のうわさのネタがひそんでいることは伏せたまま。


「この学校で一番、オカルト話に強い人って誰ですか?」


 そんなふうに、聞いてみたのです。


「そうねえ、……ふふっ、こんな話、知ってる?」


 眼鏡の奥で、進藤さんの目がきらりと光ります。これは、うわさ話フリーク特有の眼光です。


「プールサイドの桜子さん」

「はあ……」


 もちろん、私の知らない人です。


「プールの横に、桜並木があるでしょ。昼休みになると、そこにパイプ椅子を置いて、ひとりで本を読んでいるの。校舎からだと陰になって見えないから、知らない人が多いんだけどね」


 プールサイドの定義が広すぎる気がします。大雑把です。まあ、あくまでうわさ話ですから、その辺りは仕方がないのかもしれません。


「その人が、その……お化けとか、幽霊とか、色々と詳しいんですね」

「まあね。なんでも、学校の七不思議をひとりで解決したとかなんとか。でもね、桜子さんの姿って、その場所でしか目撃されないの」

「というと?」

「校舎で見かけた人はいないし、学年も分からない。けれど確かに『いる』のよ」


 なんだか、その人のほうが怪談めいています。


  + + +


 昼休みになると、私は『プールサイド』に足を運びました。

 ……いました。


 じりじりと焼けるような日差しのなか、木陰にパイプ椅子を置いて、桜子さんの後ろ姿がありました。


 背中に垂らした黒くて長い髪が、そよそよと風に揺れています。セミの声がやかましく鳴り響いているのに、彼女の周りだけは、まるで外界と切り離されたように静かです。近づくと、ひんやりとしました。


「あの、『桜子さん』ですか?」


 私はおずおずと口を開きます。


「そうよ。あなたは?」


 振り向いた桜子さんの横顔は、とても綺麗でした。黒目がちな眼。細い眉。すっきりとした鼻筋に、桜色した薄い唇。彼女はわずかに――本当にわずかに、息を呑んだような顔をしました。


 私は、立ちあがる気配のない桜子さんのそばまで歩み寄り、自己紹介をしました。そして、心霊写真のことも。


「……それで、桜子さんならこういう心霊方面に強いと聞いたもので。お邪魔かなとっも思ったんですけど」

「そんなことはないわ」

 

 手にしていたハードカバーの小説をぱたんと閉じて、桜子さんはそう言いました。彼女の声はとても澄んでいました。


「私はあなたみたいな人を待っているの。学校で起こる恐ろしい話や、怖い話。怪奇現象や都市伝説、すこし不可思議なできごと……そういうものを解決するのが、私の生きがいなの。……そう、生きがい」


 桜子さんはふふっと笑って、肩まで垂れた黒髪を耳に掛けます。

 細くて白い指。写真の手とは違う白さ。あちらはおぞましく感じられるのに、桜子さんの手は透けるように儚げです。夏服の白いブラウスよりも、ずっと白い肌。


 ――ああ、やはり怪談の登場人物のように、現実離れしています。

 私が見とれていると、桜子さんは、


「じゃあまずは報酬の話から」


 急に、現実的なことを言い出しました。


  + + +


「お金をお支払いすればよろしいでしょうか」

「ううん……いや、まあ、半分は当たりかな。本が欲しいのよ」

「本、ですか」

「そ。私はワケあって(、、、、、)この場所から動けないから。新しい本が読みたいのよ。解決したらでいいわ。面白そうな本を一冊、買ってきてちょうだい」


 それくらいなら、まあ私のお小遣いでなんとかなるでしょう。


「分かりました。お約束します。あの、それで……」

「嫉妬よ」

 

 桜子さんは、はっきりとした声で言い放つのです。私は、わけがわかりません。


「嫉妬って、ジェラシーですか」

「他に何があるの? その心霊写真の正体は『嫉妬』よ」

「はあ……」

「なによ、気のない返事ね。ほら、解決したでしょう。本をちょうだい」


 なんということでしょう。たった一言で私の依頼を片付けたと言い張るのです。さすがに、これは横暴が過ぎます。


「それでは何の解決にもなっていませんが――」

「なぜ?」


 桜子さんは首をかしげます。

 私も、首をかしげました。


「いえ、ですから。おはらいとか、して頂かないと――」

「できないわよ、そんなの」


 当然のように桜子さんは言い切ります。これは、私の早とちりでしょうか。『七不思議を解決した』などという話から、てっきり、霊能力のようなものを期待していたのですが。


「というか、無理よ。もう手遅れ」

「手遅れ?」

「写真に写った時点でもう、遅かったのよ。呪いは放たれた(、、、、)。あなたたち3人に向けてね」

「3人?」


 どういうことでしょう。リサだけでなく、私とユウナにも?


ねたみに、そねみ。強い念は、呪いの矢になって対象に突き刺さる。その写真を見る限り、あなたたち3人はそれぞれ嫉妬の対象になってるみたいね」

「でも私は……」


 私は、特にこれと言って何の取り柄もありません。嫉妬される覚えなどないのです。


 リサはバレー部のエース。明るくて、男の子とも気さくにやり取りができて、口は悪いところもあるけれど、とても優しい。


 一方のユウナは、吹奏楽部で誰よりもフルートが上手。料理も出来るし、バレンタインデーが近づくと、彼女からチョコをもらおうと男子はソワソワしはじめる。


 それに引き換え、私は至って平凡。帰宅部で運動神経はゼロ。料理もできない。いびつな切り口の野菜炒めがせいいっぱい。音楽なんて、もってのほか。2人とは違って、自慢できることなんて――


「あなた、モテるでしょう?」


 桜子さんは、口元を歪めて言いました。


「そんなことありません」

「ふうん……ま、いいけど。これ、返すわね」


 つぶやいて、桜子さんは私に、スマートフォンを投げて寄越します。慌ててキャッチ。もっと丁寧に扱ってもらいたいものです。


「ともかく。もう私にはどうしようもないわ、あなたたちのことは。――それ(、、)は私にも経験があるけれど、私の探しているものとは違ったから」

「そう、ですか」


 よく意味が分かりません。


「……納得がいかないんならいいわよ。報酬の件はなかったことにしてあげても」


 そういうことではないのですが……いえ、ほんのちょびっと、報酬のことも引っ掛かってはいますけれど。


「ひとつだけアドバイス。これは、あなたの精神衛生上、気をつけておいたほうがいいって話」


 桜子さんは、じっと、私の目を見ます。


「その写真はもう見ないこと。どうしようもないことで、あなたが気に病む必要はないわ。それから、写真を消してもダメ。呪いが余計に強くなることがあるから。あ、これはサービスだから。無報酬でいいわよ」

「……霊能力者じゃないのに、詳しいんですね、桜子さん」

「もちろん。当たり前でしょ」


 それだけ言って、桜子さんはふたたび小説を開きました。

 お話は終わり。

 そういうことのようです。


 その日の放課後のことでした。

 リサが、バレーのできない足になってしまったのは。


  + + +


 練習中、アキレス腱を切ったのだそうです。

 私がそのことを知ったのは、翌日、学校でのことでした。リサは欠席していました。


 少なくともこの夏のあいだは絶対安静なのだそうです。


『せっかく応援に来てくれるはずだったのに、ごめんね』


 病室から送信されてきたそのメッセージは、リサらしい心遣いが込められていて、痛々しかったです。こういう時は泣いたっていいのに。わめき散らしたっていいのに。


 けれど、そうしないのが――できないのがリサなのです。だから、今度お見舞いに行くときには、彼女の大好きなメロンを差し入れようと、そう思いました。


  + + +


 嫉妬の心霊写真。


 どうすることもできないと、桜子さんは言いました。

 悔しいです。


 リサのことがあって、どうにかしないと思いつつも、何も出来ないまま2日が過ぎました。


『写真を見てはいけない』――


 日曜日の夜、家で無為に過ごしていたとき、ふと、桜子さんの言葉が思い出されました。


 なぜなのでしょう。リサを救えなかったことを、後悔するから? そんな感情は、写真を見なくても、嫌というほど味わっています。私は、何もできなかった。せめてリサに教えていれば、何かが変わったかもしれない。


 けれども私は、そうしなかった。


 いや。

 そういえば。

 3人、と桜子さんは言った。


 ――これから私とユウナの身にも、何かが起こる?

 ――リサと同じように、嫉妬の呪いが振りかかる?


 そう考えると、居ても立ってもいられなくなり、写真を見てしまいました。

 桜子さんのアドバイスを無駄にしてしいました。私は恐怖の誘惑に負け、スマートフォンを開き、3人で撮った写真を見てしまったのです。


 ――後悔と、おぞが走りました。


 リサの足首は、血まみれになっていました。

 手があった辺りが赤く染まり、ただれていました。それはまるで、彼女に対する呪いが執行されてしまったことを示すようです。


 ――それだけでも、嫌なのに。


 ユウナの指が青白い手によって、ぐちゃぐちゃに握りつぶされていました。ピースをしていたはずの、右手の指。


 私は夢中で電話を掛けていました。

 出ません。

 ユウナは電話に出てくれません。


 呆然として、私はもう一度、写真を眺めます。

 笑顔の3人――リサと、私と、ユウナと。


 リサの、血まみれの足首。

 ユウナの、つぶれた指。

 

 青白い手は、今度は私の首に掛けられていました。


  + + +


「桜子さん。写真、見てしまいました」


 月曜日の昼休み。私はそう告白しました。


 ユウナは日曜日――つまりは昨日、自転車に乗って買い物に行く途中、交通事故に巻き込まれたのだそうです。右手が軽トラックとブロック塀とに挟まれて、たくさんの骨が折れた、ということでした。フルートは、長らく吹けそうにありません。


 怖くなった私は、再びプールサイドを訪れていました。桜子さんは、やれやれといったふうに、小説を閉じ、肩をすくめ、

 

「それで?」

「それで、とは……」

「あなたはどこを掴まれた(、、、、)の? その綺麗な目? 整った鼻? 艶やかな髪の毛かしら?」

「いえ、その……」


 口にするのもはばかられて、私は桜子さんに写真を見せました。


「これは……」


 桜子さんは眉をひそめます。

 はじめて、動揺した顔を見せました。


「首、か。あなた、よっぽど恨まれているみたいね」

「そんな……」

「ちょっと寝違えた、くらいじゃ済みそうにはないわね、どうも」

「もう、手遅れなんですか? 私……首を折られたり…………」


 情けないですが、私の声は震えてしまいました。


「私は、2人を助けられなかった。どうにかできたかもしれないのに。それに、それに……」

「落ち着きなさい」


 桜子さんは立ちあがると、椅子の上に小説を置いて、言いました。


「気は進まないけど、どうにかしてみるわ」

「……できるんですか」

「そうよ。あなたのお友達2人は命に別状なさそうだったから、できればこの方法は採りたくなかったのよ。それこそ、逆効果になる場合だってあるから」


 目の前に立った桜子さんは、思ったより背が低く、私の鼻のあたりに彼女の額があります。彼女は見上げるようにして、


「後ろを向きなさい」


 私は言いなりです。

 もはや、桜子さんしか頼る人が、いない。


「これは荒療治よ。呪いに対して呪いであらがう……上書きするのよ、より強い力で、ね」


 何だか怖いことを、さらりと告げます。


「どうやって?」

 

 私が疑問を口にするが早いか、桜子さんの針金のような指が、私の首に伸びました。両手です。優しく触れてきます。


 くすぐったくて身をよじると、桜子さんは、


「ねえ、あなた。誰に対してもそうなのかしら?」

「そう、とは……?」


 質問の意味が分かりません。


「敬語で話すでしょ、あなた。親しい友達に対してもそうなのかしら、という意味よ」

「そうですね。両親の影響でしょうか――物心ついたときから、こんな感じですけど」

「そう」

 

 桜子さんの指に力が込められました。

 後ろから、きゅうっと――締め付けられます。

 

「う、く――――」


 写真の光景を再現しようというのでしょうか。

 例の青白い手は片手でした。

 ならば、より強く、両の手で締め付ける――と。


 少し苦しいですが、我慢です。


「他の2人よりもあなたに向けられた嫉妬が強い。さあ、心当たりはあるかしら?」

「…………ありません」


 どうにか言葉を絞り出します。

 また一段と、喉が締め付けられました。


「い、痛いです、桜子さん……爪を、立てないで……」

「だめよ。必要なことだから」


 仕方ありません。血が出ているかもしれませんが、やはり我慢です。

 じりじりと暑くて、苦しくて。汗が止まりません。


「あなたは罪なひと――」


 耳元で、囁くような桜子さんの声がします。背中を冷たい汗が一筋、流れていきました。


「無自覚とは、ときに罪なものよ。ただそこにあるだけで、人を傷つけることもある」


 ひんやりとした声が響きます。一陣の風が吹くと、桜は緑の葉を揺らし、私の心もまた、ざわつきます。


 私が犯した罪――本当に、心当たりがありません。

 それに、リサとユウナも。彼女たちが誰かを傷つけたり、貶めたりすることは絶対にない。それは言い切れます。


 では、嫉妬。

 リサには部活でライバルがいたのかもしれません。ユウナにも。

 けれど私は。運動もできず、成績もほどほど。私を蹴落としたいという人間が――果たしているのでしょうか。


「それが罪だというのよ」


 桜子さんは冷酷な声で言います。私の罪を宣告します。


「あなたの気取ったしゃべり方。まあ、似合ってはいるけれど、鼻につく人だって多いでしょうね」


 そう言われても、これが私なのですから仕方がありません。たとえ嫌われたとしても、恨まれるようなことではないはずです。


「そうね」


 指が喉に食い込みます。

 驚いたことに、ずぶりと肌を切り裂き、たくさんの指が奥深くまで侵入はいってきます。


「ねえ、マコト君。あなたは罪なひとよ。男の子とは思えない涼やかな声。私みたいな世捨て人でも、つい見惚れてしまうほどの美貌。初めて会ったとき、驚いちゃった。……その大らかな性格も、人によっては羨望せんぼうの対象になるでしょうね」


 声も出ません。

 もはや桜子さんの指は、首を締めつけるのではなく、貫いています。

 

「あなたはきっと、自覚がないのでしょう。生まれつきそうなのだから。……けれど、それが問題なのよ。何の努力もなく手に入れた。周りはそう見るわ」


 桜子さんは淡々と責めたてます。


「そして何より――」


 ふふふっと、そら恐ろしい声で桜子さんは笑います。


「あなたも認める素敵なお友達。リサさんとユウナさん。あんな可愛い子たちを独り占めしているなんて――そりゃあ、周りは羨ましがるでしょう。ただそれだけで、憎いほどに思うでしょうよ」


 私に――そんなつもりはありません。


だから(、、、)、タチが悪いって言ってるのよ……!」


 桜子さんは切って捨てます。もはや骨が折れそうなほどの怪力でもって、私の首を握りつぶそうと――


「……そういうことよ」


 そうしてやっと、私の首は解放されました。

 がくんと、私は膝から崩れ落ちます。咳きこみながら、慌てて首を押さえます。私の首からは、どくどくと血が溢れて――は、いません。


「はい、終わり」


 けろっとした声で言う桜子さん。振り向くと、満足げな笑顔を浮かべています。


 なにか、すっきりしたような顔です――き物が落ちた、というか。

 いえ、憑かれているのは私のはずなのですが。


「終わりって――」

「写真を見てごらんなさい」


 スマートフォンの中では、私の首が血まみれでした。


「これって、大丈夫なんですか」


 画面を向けて、桜子さんにたずねます。


「うん、大丈夫。もう呪いは執行された。その証よ、それは」

「はあ……」


 いまいち納得はできませんでしたが、桜子さんいわく、今の行為で呪いは上書きされ、私の命は助かったということ。それならば……よしとしましょうか。


「でもこれって、悪趣味じゃありません?」

「そうかしら? まあ、諦めなさい」

「そうですか……」

 

 私はため息をつきます。写真の中の私たちはどこかしらから血を流していて――リサとユウナは、実際に大怪我を負ってしまった。


 私だけが助かった。助けてもらった。

 けれどもしかしたら、私の苦難は、これからなのかもしれません。


 だって写真には、どう見ても4人の姿が写っているのですから。


 リサと私とユウナと。

 あとは、私の背中から真っ白な両腕が回されて――


 肩の上に、にっこりと。

 笑顔の桜子さんが、新たに写りこんでいました。


  + + +


 さらに翌日。

 普段、小説など読まない私は、書店に行き、指運ゆびうんで選んだ一冊を持って、三度みたび桜子さんの元へと向かいました。


「桜子さん」


 背中に向かって声をかけると、彼女は振り向きました。黒目がちな眼は、今日も吸い込まれそうに深くて黒く、けれど水面みなものようにきらめいています。


「いらっしゃい、マコト君」

「あのこれ、お約束の報酬です」


 言って、私は書店の包みを桜子さんに差し出します。


「あら、ありがとう」


 嬉しそうな彼女の笑顔は、しかしすぐに消え去りました。


「……なに、この本。私への当てつけ?」

「いえ、別に。私、普段本は読まないもので。何となくで選んだんですけど……お嫌いでしたか?」

「そういうわけじゃないけどさ……」


 桜子さんは口を尖らせます。まずかったでしょうか。


「ところで、聞きたいことがあるんです」


 私がそう切り出すと、桜子さんはため息まじりに応じてくれました。


「桜子さんって、幽霊なんですか」

「……そうよ。当たり前じゃない」

「思った以上にあっさり認めるんですね。少し驚きました」

「あのね、驚いたのはこっちよ。そんなにストレートにたずねてきたの、あなたが初めてよ」


 呆れたように肩を落とす仕草も、とても似合っていました。


「かつて、触れてはならない七不思議に触れ、命を落とした、可憐で可哀想な悲劇の美少女ヒロイン。それが私の正体よ」

「可憐……ですか。ですね」


 自覚的に過ぎるのも、それはそれでどうなのでしょうか。


「だから心霊現象にも詳しいんですか」

「そうね、不本意ながら。怖いのは嫌いなんだけど」

「幽霊なのに?」

「それとこれとは話が別よ。気味が悪いじゃない、ほかの幽霊なんて」


 意外と怖がりらしいです。桜子さんは、本当に嫌そうな顔をしているのです。


「だいたい、私のことを殺したのよ? 怖くないほうがおかしいでしょう。だから復讐の一環よ、心霊現象に立ち向かうのはね。そしていつか、私を死に追いやった悪霊を、ぎゃふんと言わせてあげるわ」

「ぎゃふん、ですか」

 

 微妙に、いや、相当に言葉のセンスが古い。

 桜子さんは一体、いつの時代の人なのでしょう。


 ――怖くて聞けない。

 知らないほうがいいことも、きっとある。


「あの、また何かあったら相談に来てもいいですか」


 私がたずねると、


「もちろんよ。何もなくても来なさい。来なかったら呪ってやるから」


 どの道、逃れることはできないらしいです。

 桜子さんはそう言うと、私の買ってきた小説を開きました。どうやら、今日のお話はここまでのようです。


 透けるような肌をした桜子さんは、パイプ椅子に腰掛け、小説を読み始めました。

 彼女の指先には木漏れ日が落ちて、本のページと、彼女の白い肌を照らしています。桜子さんが肩を揺らすと、髪の束が、はらりと手元まで垂れ下がりました。


 私は首をさすりながら、そんな彼女のことをしばらく眺めていました。

 桜子さんは、私の選んだホラー小説を、おっかなびっくり読んでいます。

 

(終わり)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公は女の子だけど、友達2人から好意を抱かれていて、三角関係のもつれ的な嫉妬かと思ったけど違いましたか! こういった推理要素があるホラーは楽しいですね。自分の考えた展開を裏切ってくれた…
[良い点] 面白い。次は次は?と、次の展開が知りたくなる。そんな文。で、小説の醍醐味。誠が女の子だなんて誰が思うでしょうか? かわいい男子。丁寧な言葉が癖なんですね。 [一言] 実は、黒椋鳥さんの活動…
[良い点] 誰にでも読みやすい、ホラーなのにどこかほっこりするような作品。こういうワンジャンルにとらわれないストーリー重視の作品はとても私好みです。 小説がアニメのようにイメージしやすかったです。 […
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