ヒロト
第九話
「おいどうした紘斗。」
和樹が話しかけてきたことにも気づかず動揺が隠せない。
(なんであの子、ここに来てるんだよ……)
昨日の昼間、和樹を含めて今いる5人で海に泳ぎに行っていた。
そこで少し離れた海岸に足を運んだ俺は一人の女の子を見かけた。
彼女は砂浜に寝転び目を瞑っていて、彼女のライトブラウンの色をした髪が砂の上で広がっていた。
そこには俺と目の前の女の子以外は誰もおらず、ただ波の音だけが聞こえる。
彼女の身につけている水着から風でスリットがたなびき足が見え隠れする。俺はそこから動けなくなって、そっと彼女の顔を覗き込んだ。
静かに眠る彼女は日に当たり、少し眩しそうに瞼をきつく結んでいる。一瞬身体を捩った彼女はまた元の体勢に戻ると小さく口を開いた。水に濡れた体は所々に滴が付いていて、顔にかかっている髪から水滴を垂らす。
何故か急に動悸がしてきて、ゆっくりと彼女に近づく。
(やばい……)
思考の奥で理性の束が音を立てて一本ずつ糸が切れていく気がした。
そっと彼女の上に覆い被さる形になって顔を見つめる。
だがいっこうに彼女が目覚める気配はない。
少しずつ顔を近づけていき、
俺は彼女に唇を重ねた。
*
俺はあの一瞬の行動から、完全に吹き飛んだ理性によって目の前の彼女に何度も何度もキスを繰り返した。深くなる口づけにようやく目を覚ました彼女が抵抗を見せても、もう自分を抑えることは出来ずに力任せに彼女の体を押さえつけていた。
しばらくして再び目を閉じた彼女の目に涙が流れているのを見て、俺はやってしまった、とようやく体を離しそのままそこから立ち去った。
あれからずっと罪悪感を感じながらも、再び次の日に一人浜辺へ向かい彼女の姿を探した。
居るはずもない彼女の残像を追いかけ、彼女が寝ていた砂の上に倒れて空を見上げた。
(はぁ……信じられねぇ。 何やってんだよ、俺。)
ぼんやりと青い空を見つめて、そのまま静かに目を閉じて波の音を聞いていた。
「おーい紘くーん、聞こえてますかー??」
和樹は目の前で手を振りながら俺を見ていた。
「あぁ、わりぃ、わりぃ。」
ふっと笑い和樹に謝り、意識を戻した。
「お前、昨日海行ってからなんかおかしくねぇ? いい子でも見つけちゃったのかー」
雅也も茶化しつつ声をかけてくる。
さすがにあの事を話すのは憚られたので適当に誤魔化して、さりげなく彼女のいた席に視線を向けた。
水着姿の彼女が目に浮かんできて軽く頭を振って、溜息を一つついた。
第十話へ続く。