焦り
(なんだあの男、あいつの彼氏か?)
少し離れたところに身を潜めていたため、いまいち二人の会話が聞こえない。ただ見えるのは彼女とあの男の笑った顔と仲の良さそうな雰囲気だけ。
(さっき声かけられてたってことは、別に付き合ってる訳ではないのか。)
そんなことを一人悶々と考えていると、あの男の顔を見る度、何故かいらっとする自分がいた。息が詰まるような感覚を感じつつも、あの男に対しての苛立ちが抑えられない。
(何話してんだよ、まじであの男なんなんだ。)
しばらくしてようやく男から彼女が離れた。男はこちらに向かって歩いてくる。こっちには上に上がる階段しかない。逃げ場の無い俺はあたふたして戸惑っていたが、すぐに向こうは自分のことを知らないことを思い出し、男とすれ違うように歩いていく。すると真横で捉えたそいつの顔に隠しきれない笑みが零れているのがはっきり見えた。
(くそっ……)
*
2階に降りて、急いで宝を探し続けていた私は風香とかち合った。
「ねぇー、見つかんなーい。 兄さんの隠したとこ、難しすぎるよねー。」
風香はそろそろギブアップの雰囲気を漂わせながら文句を垂れる。
「私さ、宝見つかったらちょっと上行ってくるから皆に言っといてくれない?」
先程の誘いのことを伏せながら風香に伝言を頼む。了承した風香は、もうお手上げだというので結局バトルを中止し、2人で兄さんの隠し場所を探すことにした。
手分けしてようやく室内の椅子のポケットに入れられていたキーホルダーを見つけ、先程の伝言と兄さんへの文句を頼み、自然と出る笑顔とともにすぐさま上へ向かう。
あまりに急いでいたので、一人の男の人とぶつかった。
「す、すいません! 大丈夫ですか? ほんとごめんなさい!!」
勢いよく頭を下げる。すると目の前の男の人はずっと無言のまま、なかなかその場を動かない。不思議に思って顔を上げると、少し険しい表情をした顔が飛び込んできた。
(やばい、めっちゃ怒ってる…。
どうしよう、焦るんじゃなかったよ…)
急に怖くなって、早くその場を離れたかった私はもう一度謝って許してもらうつもりだった。
頭を下げ掛けたときだ。男が急に私の腕を掴み、私を引っ張りどこかへ連れていく。足がもたついて上手く歩けない。彼に引っ張られるままにその場を離れることとなった。
この時、恐怖とともに少し違和感が過る。どこかで見たことあるような顔。思い出そうとすると少しむっとする。ふと一瞬、記憶が駆け抜けた。
(うわっ、この人そういえば店の中で変な態度とってきた人じゃん! うわ、まずいな、どこ連れてく気なんだろう。)
ダンッ
大きな音を立てて扉が開かれた。
思いっきり掴まれていた腕が前に引かれ私の体は男の前に飛び出す。
男と向き合うような形になり、私は恐る恐る男を見た。すると彼は何故か複雑な表情をして私の顔を凝視してくる。
「あの…ほんとすみませんでした。 ちょっと今、急いでて…」
すると彼はようやく口を開いた。
「覚えてないわけ…? ってか何処に行くつもり?」
よく理解出来ない言葉がかけられてかなり戸惑う。私達の周りを通る人はいない。
「え、と、居酒屋で見かけたかな…とは思うんですけど…。 ただなんか目を逸らされたような、たまたま目があっただけだと思うんで気のせいかなー….と思ってて…。」
その言葉に気のせいだと思っていた彼の表情は一気に険しさを増す。
「あの男とはどういう関係な訳?」
いきなり誰のことを言い始めたのかわからない私は勝手に兄さんの事だと勘違いし、
「兄です。」
それしか言えなかった。
そして彼はその言葉に対して、一瞬目を見開いたかと思うと顔を綻ばせた。彼は気づいていないようだったが……
第十三話へ続く。