06
あの後、雑貨屋さん一家とオルヴォ君に見送られ、帰る時。
『何かあったら、すぐウチに来るのよ!何も無くても来て欲しいけど!』
『いつでも帰ってきなさい。待っている。』
『おねーちゃん、またねー!』
『じゃあなー!』『算数また教えて。』
などなど、たくさんの言葉をかけてもらった。
本当に嬉しい。
私を案じてくれる人、また会いたいと言ってくれる人のために、
私は、私に出来ることから始めてみることにしよう。
「ふぅ。洗濯完了!
次は中庭の畑に野菜を取りに行って、その次は…。」
あれから一週間。
私は、かまどで料理する方法や、洗濯板での服を洗い方などを順調に
習得中です。
一昨日からは、時間に余裕が出てきて、趣味の石けん作りをこっちの世界でも
開始することが出来て、すごく嬉しい!
油と灰の配合が、難しいんだ…。苛性ソーダが欲しいなぁ。
中学生の頃は、”理科実験同好会”なんて変な同好会で会計担当をしていて、
仲間と実験ばかりしていた。その中でも、石けん作りが大好きで、自分の
生活費まで削って大量に作っちゃって、よく担任の先生に叱られたな。
…こうやって、思い出すことはあるけど、不思議とあっちへ戻りたいとは、
思わない。友達や私を知っている優しい人たちには、本当に感謝している。
でも、私はこちらの世界で生きていきたい。
もう決めちゃったんだ。
***
「えーと、この辺に…あった!」
ラウちゃんに作ってもらった、魔法の四次元☆チェスト(ラウちゃん命名)の
中を手探りで探して、目的の物を発見してしっかりと掴む。
あっちの世界にあった私の持ち物は、ほぼ全部こちらに移動もらったようで、
これに入れさせてもらっている。
衣類はこれとは別の、四次元クローゼットにしまってある。すごく便利だ。
私はまだ使っていない、新品のノートと筆記用具を片手にラウちゃんのところへ走る。
「りったん、走ると転ぶよ〜?」
庭に敷いた茣蓙に、薬草を広げて干している彼を発見して笑って答える。
「大丈夫だよー。」
茣蓙に2人で座って、私が彼に質問をぶつける。
「ねぇ。この世界は、身分制度があるの?」
「あー、あるよ。りったんは全く無い場所から来たもんね。
士農工商…だっけ?テスト範囲勉強してた時に言ってた、あれ。
あれの”武士”が”貴族・王族”になった感じ。
まぁ、王族に会うなんてことはまずないと思うし、そこは大丈夫だよ☆
奴隷は、居るけど中央と南の国がほとんどかな。この北の辺りにはいないよ。」
「まぁ、私の行動範囲はここかパールナ村ぐらいだからね。
でも、変質者とかには気をつけるね!」
「あはっ。是非、そうしてくださいねー。
ちなみに、魔術師は身分に関係なく仕事ができる唯一の職業なんだよ。
あ。でも、貴族の礼儀作法とか面倒くさくてさぁ。
本当に、毎回嫌になっちゃうんだよねぇ…。」
ラウちゃんは、干している葉っぱとは違う植物を揉みほぐしながら、
質問に回答する。
「へぇー…。そういえば、魔術師ってどんな仕事してるものなの?」
「うーん。色々かなぁ?
自分の研究にのめり込む人、身分の低い人のために治療をして歩いてる人、
道具を作って売る人、王国のお抱えで王族のために力を使う人とかねー。」
「ラウちゃんは、何をやってる人?薬師以外では。」
彼は、こっちをちろり、と見た後、
「…内緒♡」
と、言った。ぬぅ…。まぁ深追いはしないよ。
下手に聞いたって、はぐらかされちゃうだろうし。
10年も幼馴染やっているので、だいたいわかりますよ。うん。
私はノートに聞いたことをメモしながら、質問を再開する。
「そういえば、村に行った時に『銅』って言われたんだ。
何のこと?」
「んー、それは瞳の色のことだねぇ。この世界では、瞳の色でだいたいの
力量や持っている魔力がわかるんだよ。」
何かの赤い実を乳鉢で砕いていた手を止めて、ノートと鉛筆を手に取って、
サラサラと文字を書き始める。
「こんな感じで、金>銀>銅の順番に能力が高くて強いんだよー。
国民のほとんどが銅瞳で、たまに銀瞳、まれに僕みたいな金瞳
持ちが生まれるんだ。」
…相変わらず、元日本人の私よりも きれいで読みやすい日本語を
書くよなぁ、この人。
鏡越しに見てただけなのに。
「あれ?そういえば、私『『黒』なのか?』とも聞かれたよ?」
彼の鉛筆を走らせていた手がピタッと止まって、唐突に私の顔を両手で掴む。
「!?…ラウちゃん?」
ジッと私の瞳の奥を探るように見つめてくるので、なんか恥ずかしい。
早く放してー!と念を送ってみると、通じたのか手が離れた。
しかし、彼は妙なことを言う。
「うー、あー、うん。
ねぇ。りったんさぁ、時々めちゃくちゃラッキーなことが重なるって、前に
言ってたことなかった?」
あぁ、そういえば。
「すごく嬉しかったり、楽しかったりした時に、時々ね。
…でも、アイスのあたりが連続で当たるとか、「あれが欲しいなー」って
ぼんやり思ってたものが、何かの偶然でもらえるとか。だいたい、
そんな程度だよ?」
「うーん。それ、結構スゴイんじゃないの〜?
…まぁ、君は気にしなくても大丈夫じゃないかなぁ。
害になるようなモノじゃあないしね!
あと、『黒瞳』は、伝説とかにしか出てこないチートみたいな
ものだから、よく忘れちゃうんだよねー。」
?? なんか、わからないけどメモしておこう。
「黒が一番強いの?」
「うん、一応。もしも、実在するなら最強だろうねぇ。」
彼は再び、乳鉢でゴロゴロ赤い実を潰しながら、「それと」と、続ける。
「髪の色も、魔法の力に多少関係があるよー。
色によって、得意な属性の魔法に誤差が出るんだ。
まー、少し優秀か、飛び抜けているかは個人差だけどね?」
私は彼が言うことを、ノートに取り続ける。まるで授業みたいだなぁ。
鉛筆がノートの上をすべって字が刻まれる。
”赤系=炎 青系=水・氷 緑系=風・樹木 茶系=岩・地面 黄系=電撃
黒・白・銀/オールラウンダー
純色は少なく、混ざった色の人々が多い。”
書き出してみるとすごいなぁ…。この世界の人は、カラフルなんだね!
「紫とか青緑とか橙は、複数得意な属性があるんだー。
でも、どっちかっていうと、純色の方が圧倒的に有利かな。
一つの属性に特化した方が強いよ。」
と、いうことは。
空色の髪のラウちゃんは、水または氷に特化していて強いってことか。
「そうなんだ。うーん…。
私の髪は胡桃色、というか薄茶色だから、もしも魔法が使えたら、
『いわ・じめん』かな?」
ラウちゃんが、ブフッと吹き出す。
「あははっ!それじゃ、まるでポ◯モンみたいだよ〜!」
「ふふふ。」
『似たようなものだと思うんだけどなぁ。』とは言わずに、一緒になって笑う。
「それにしても、りったんは勉強熱心だよねぇ。」
あの村から帰って来てから、ラウちゃんがあまり忙しくない時間に、
こうやって質問して教えてもらっている。
元から、何か学ぶのは好きだったから楽しい。
この世界の文字の読み書きも、現在勉強中だ。
「うん。賢くなれば、利用されないからってのもあるけど、やっぱり一番は、
この世界をもっと知りたいから、かなぁ。知れば、きっと、もっと好きになる。
私は、ラウちゃんたちが居るこの世界を、好きになりたいの。」
「梨月ちゃん…!」
ガバッ!
「ちょっと!ラウちゃん重いよ!」
「可愛いなぁああぁ、もぉ!!
このキュンキュンするの、どうしてくれるの!?
キスしt……ぐはぁっ!?」
ドスッ。
私は、彼の横腹に容赦なくパンチを繰り出す。メルヴィさん直伝だ。
「…お願いだから、メルヴィみたいにならないでぇ…。」
「そう簡単には、あんなすごくなれないから。安心して。
…ん?今気付いたけど、ラウちゃんはメルヴィさんに魔法で反撃しないね?」
ビクッと震えて、ラウちゃんはガクガク怯え始める。
「反撃なんかしたら、どうなるか…!」
「(なにか、すごいトラウマを植え付けられてるんだろうか…。)」
二言三言、雑談した後。
明日も、この世界の神話や歴史、経済や食べ物のことを教えてもらう
約束をして、それぞれの仕事に集中した。
…色々やっていると、あっという間に時間が過ぎてしまう。
でも、嫌じゃない。すごく楽しい。
***
お昼が過ぎて。夕飯の仕込みを終わらせると、急激に眠くなった。
良い具合に、カーテンが風にふわふわ揺れていて眠気を誘う。
リビングのソファーでウトウトし始めて、頬をギュウっとつねる。
「これは、ダメだ。今寝たら、洗濯物取り込むの忘れちゃう。」
私は、ちょっと遊ぼうと、暖炉の火付け用の干し草に手を伸ばした。
手を動かしていれば、少しは気がまぎれるよね。
しばらく、夢中になってやっていると後ろから抱きしめられて、
チュッ
と、頬に優しくキスされる。
心臓は、壊れそうなくらい脈打っている。(たぶん顔も赤い。)
しかし。ここで動揺するのも悔しいので、あえてなんでもないフリをする。
そして、
「りーったん♡ 何して…本当に何してるの。」
と、ラウちゃんがなにやら真顔で尋ねて来たので、渋々答える。
「呪いのワラ人形を作ってる。」
「なんで…っていうか、呪い…?
りったん、呪術なんて使えなかったよね…!?
え、僕なんか、りったん怒らせるようなことした!?」
慌てる様子が面白くて、可愛い。思わず笑顔になってしまう。
「ふふっ、呪術なんて使えないよ。それに、これは別に、ラウちゃんに
呪いをかけようとして、作ってるんじゃないし。
すごく眠かったから、眠気覚ましにやってただけだよ。
…上手く出来てるでしょ?これ得意なんだー。」
出来上がった小さなワラ人形を手のひらに見せる。
「あー、びっくりした。確かに上手だねぇ〜。
でも、本当に効いたりしないんだよね?」
「効くよ?」
「えぇっ!?嘘っ」
「お腹が痛くなるとか、風邪をひくとか弱い効果だけどね。
中学生の時、興味があって作ったら効いちゃって、怖くなって
それ以来作らなかったの。
あれは、偶然だったのかもしれないけどさ。
人を不幸にするものを作るのは、やっぱりダメだよね…。」
精神的にあまり良くない。例え、効果が弱かったとしても。
ワラ人形をポイッとゴミ箱に投げて捨てる。
すると、ラウちゃんに頭をよしよし、と撫でられた。
「”術者は、術に責任を持つこと。”
魔術師が、最初に習う基礎の心構えだよ。
りったんは、ちゃんとわかってるんだね。
君がしっかりしてる子で、本当に良かったぁ♡」
うぅ。あまり甘やかさないで欲しいんだけどな。
照れるじゃないか。
「…洗濯物、取り込んで来る。」
「僕も手伝う〜♪」
朝起きて、一緒にご飯を食べて、何気ない会話が幸福で仕方ない。
この平和な日々が、ずっと続いて欲しいと願う。
ー…そんな 小さな願い事を祈った矢先に、あんな恐ろしい目に遭うだなんて、
私は想像もしていなかった。
もう、長いのがデフォルトになりつつあります。
日常パートは、目一杯甘くしてやろう!と、頑張ったら、頑張り過ぎて、自分でも甘すぎて砂吐きました。あはは。