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『知リタイノデショウ? アナタノ ”真実” 。
コッチニ オイデナサイナ。』
なんて、冷たい声なのだろう。
体に悪寒が走る。
嫌だ。 知りたくない。 見ないで。
…いやぁああぁあっ…!!!
カッと目を見開いて、目の前の人物を凝視した。
「…梨月、ちゃん?」
一瞬、混乱した。 えっ? ラウちゃん?
目をパチパチと瞬かせると、朝日が差し込む部屋が目に映る。
美しい木目模様のテーブルの上に、私が作ったと思われる朝食がきちんと並べ
られていた。
…あれ、私…なんで?
「ご、めん。 うたた寝してた…。」
「…そう?
…あっ、もしかして 昨日のこと、まだ怒ってる?」
「昨日…? …っ!」
昨晩にやらかした、自分のひどい行動が脳裏にすべて蘇ってしまった。
あまりにも恥ずかしくて、真っ赤であろう顔を覆いながら しどろもどろに
答える。
「お、怒っては、ないよ。
ラウちゃんこそ、怒ってないの? あの、私、混乱してたとはいえ、その…、」
「あはは…、あれは悪ノリしてた僕が悪かったしねぇ〜。
罰が当たったんだと思って、反省してるよ。 気にしないで?」
眉を八の字にして、申し訳なさそうにするラウちゃん。
いつも通りの受け答えが出来ることが、とても嬉しくてホッとしてしまう。
「…私も、ごめんなさい…。」
私が謝ると、彼は ぽんぽんっと頭を撫でてくれた。
途端、彼が ふーっと 大きく息を吐く。
「はぁ〜。…でも良かったぁ。
昨日から、”もう口聞いてもらえないかもー”って、緊張しててさ〜。
しかも、朝 起きたら梨月ちゃんが見当たらなくて…めちゃくちゃ焦ったんだよっ!?
台所で ご飯完成させて眠ってるのを発見したから、良かったけどね?
…でも、全然 起きなかったから、びっくりしたよぉー…。」
…びっくりしたのは、私の方だ。
今朝、私は森の中で、司祭風のおじさんたちと戦って…その後… …。
…え、どうやって、ここまで帰って来たんだろう…?
それに、いつの間に 出来上がった料理を運んで、椅子に座ってうたた寝
なんかしてたの?
…さっきまで 見ていたらしい夢も、よく思い出せなかった。
なんだか気味が悪い。…ゾワリと鳥肌が立つ。
「(いやいや、考え過ぎだよね? 寝ボケてたんだよ、きっと…!)」
自分自身に起きた怪奇現象を、信じたくなくて 私は考えるのをやめて話題を
変えようと思った。
だが、しかし。
ラウちゃんに今朝の騒動について話すかで、少し迷った。
まぁ マティウスさんを頼ってしまった以上、彼の耳にはすぐに入るだろうから
悩んでも仕方ないのだけど…。
「…あのね、」
服から出て来た手紙と、今朝の”聖堂会”からの襲撃について、恐る恐る話す。
記憶が途切れていることについては、敢えて言わなかった。
…余計な心配はさせたくない。
「…と、いう訳で、また勝手に危ないことをしてました…!
ももも、申し訳ないです!!」
机に頭をぶつけんばかりの勢いで、私は頭を下げ 心の底から謝った。
毎回毎回、申し訳なく思っているんだよ!?
…また約束 破っちゃったけど…。
「…どこも、ケガはしてないの?」
もぐもぐと、タマゴのサンドイッチを食べながらラウちゃんが尋ねてきた。
あ、あれ? 怒ってない、のかな? やけに冷静なような…?
「うん! 誰も怪我させなかったし、私も怪我しなかったよ!」
戸惑いながらも、そう報告する。
すると、彼は不自然なくらいニッコリの 黒い笑顔で私に語り始めた。
「実はねぇ、あの教会は前々から不穏分子の存在が確認されてたんだー。
”賢者の杖”のスパイも潜入していたし、情報はまるっと筒抜けでねぇ。
証拠が揃い次第、カマかけて捕まえる算段だったの☆
それにしても…今回の作戦、君に接触されない内に片付けるように 指示を
してたんだけどなぁ…。
…潜入してた奴ら、厳重注意かなぁ〜…?」
はっ!?
ちょ、ちょっと 待ってよっ! それじゃあ… …!
「もしかして、あの森の中に待機して待ってた、皆さんがいた…?
それを私が、ほいほい出て行って、邪魔しちゃったの…!?
だったら 悪いのは私だよ!
潜入してた人たちは、ちゃんと任務してたんだから 注意なんかしちゃダメ!」
状況をなんとか把握して、叫ぶようにラウちゃんに訴えると、彼は頬杖を
ついて私を見る。
そして、こう告げた。
「そう? なら、こうしようよ。
『今から、りったんは3つ 僕のお願いに必ず従うと誓うこと』
そうしたら、奴らのことも君のことも不問にします★」
その言葉に、正直 不安を隠せなかったが、邪魔をしてしまった上で怒られるかもしれない
皆さんのためにも、私は大きく頷いて 条件を飲んだ。
「わぁ、こっちもいいなぁ!
りったんは何を着ても可愛いよー♡」
ソファーとテーブルに広がる布の山。
それらは、全て女性物の洋服類だ。
サラサラとした手触りからして、素人の私にでも これらが高級品であることが
分かる。
だがしかし…っ!
「なんで、こんな特殊なデザインばっかりなの…?」
ずらりと並べられた、巫女服・浴衣・ゴスロリ風ドレス・ナース服 等など、
様々な衣装たち。
中には、フリルのエプロンや 極端に布が少ない三角の何かまであったよ…?
一体どこから どうやって手に入れたの、これ…!?
「えぇ〜? りったんの世界の衣装って、こんなじゃなかった?
あ。 次はどれがいい〜? オススメはこのネコ耳と体操服だけど…、」
「いや、そうっちゃ そうだけど、どこでこんな偏った物を!?
…って、それ 私が中学の時のじゃないっ!?
ななな、何故ラウちゃんがそれを…っ!」
…質問は、ただ ”ニコッ!” と、黙殺された。
彼からの1つ目の”お願い”『ちょっとこれ着てみて♡』
唐突に始まった この怒濤の着せ替えに、私は翻弄されまくっている。
…出された大量の衣装に袖を通し始めて、17着目。
たった今、桃色のメイド服という 人生で3本の指に入る恥ずかしい格好から、
やっと装飾が少ないの白いワンピースに着替えられました…。
どうしてこうなっちゃったんだろう…!
このまま 彼の望む格好をし続けると、何か大事な物を失う気がする…!!
得体の知れない危機感に戦いていると、柔らかい感触が降って来た。
「まぁ、遊びはこれくらいにしとこっか。
ふふっ、やっぱり君はこういうの似合うなぁ。」
ふわふわの、白い編みレースが視界を覆う。
そっと触ると頭の天辺に花輪を乗せられているらしい。
驚いて 彼をじっと見る。 …なんか、これって結婚式みたい…。
「ふふ。
みたい、じゃなくて実際そうだよ? ふたりだけの結婚式。」
肩に手を添えられて、レース越しのおでこにキスをされた!
鼓動の音が、うるさいほど聞こえる。い、息が止まりそうだよ、なんか。
…けれど。
私は 次の瞬間に、彼が告げた言葉に頭の中が真っ白になる。
「2つ目のお願いだ。『この瞬間から、魔術は一切使わないで』
…必ず、守って欲しい。」
え?
「ラウちゃん…、なんで?」
彼は、私の目を見つめて 沈黙している。
「せっかく、私、力になれるのに…! どうして!?」
目から雫が落ちそうなのを堪えつつ、思う。
このままでは、役立たずに戻ってしまう。
いらなくなってしまう。
そうなったら、
そう、なったら?
チカッと何かのワンシーンが頭をよぎる。 男の人と女の人、が言い争う声…?
何か、何かとても、大事なこと、だった…? グラグラと、輪郭が揺らいで
見えた。
目眩で立っているのが辛くなっていく。
体が倒れる前に、ラウちゃんが私を引き寄せ きつく抱き締めて受け止めてくれた。
結構、力が強い。 細く見えても、男の人なのだと改めて思ってしまった。
彼が、私の耳元で ゆっくりと囁く。
「ごめんね。本当に、ごめん…。
もっと早く、こうするべきだった。君と過ごすのが幸せで、決断出来なかった僕を
許して。
…これが、最後のお願い。
『しばらくは、この家に帰って来ちゃいけない。メルヴィたちの家に居ること。』
…全部終わったら、絶対 真っ先に迎えに行くから。待ってて?」
甘い、花の香りがする。 花輪が、私の頭から滑り落ちて、床を転がっていた。
とても、ねむい…。 でも、まって …まだ、…。
ーー重くなる目蓋に抗いきれず、私は彼の腕の中で 目を閉じた。
修正:2012/10/02
誤字脱字を直しました。




