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※注意※


下品な表現があります。

お嫌いな方は、どうかご注意下さい。





 まだ太陽が昇りきらない、鬱蒼(うっそう)として薄暗い森の中を歩いていく。

たぶん、誰もが『不機嫌そうだけど、どうした?』と聞くだろう ひどい顔を

しながら。


あれ? なんかデジャビュだなぁ…これ。

確かこっちに来て3日目にも、こうやって森の中を歩いていたような…。


…いやいや。

でも今回は、家出じゃないので大丈夫だよ!




ラウちゃんには、一言も話してないけど、ね。




この事情を説明するには、昨日の夜まで時間を(さかのぼ)らなければいけない。





*****





 師匠の話を聞いた後、メルヴィさん家から直通のドアで繋がれた

海上で浮遊する我が家へと、私とラウちゃんは帰って来た。


そして、疑問に答えてもらうべく、彼に詰め寄ったんだ。



「何か、私に隠してるよね?」 と。



彼は 前々から秘密主義だし、必要なこと以外 どうやったって教えてくれない。

それは長い付き合いだから よく知ってるよ。


でも今回こそは そうはさせない、と思っていた。



だが、しかし!



あんにゃろう、のらりくらりと誤摩化して何も答えないの!



終いには、


「もーっ!…りったん、僕のこと そんなに疑ってるの!?

ひどいや。信頼されてると、思ってたのにぃっ!!


”疑えば、愛は去り、 愛すれば、疑いは消える”って、

ギリシャ神話の神様も言ってたよ!」


とか言いながら、抱きついて私に顔を近づけて来る。



だから、顔が近いってば!

大体 なんでラウちゃんギリシャ神話とか知ってるの!?


…ぐっ、いつまでもこんなやり方で逃げ切れると思わないでよね!



断じて、ドキドキなんかしてないよ、うん。




 腕を突っ張って、彼から距離をとろうと試みながら、私は言った。


「あのねぇ、いくら私が鈍くても気付くよ?


…ラウちゃんは、絶対 私に隠していることが たっくさんある!

今日という今日は、なんとしても聞かせてもらうからねっ!」


自分より少し高い位置にある、ラウちゃんの顔をキッと(にら)んだ。


だけど彼は、そんなの痛くも痒くもないみたいに、ニコニコとしている。

せいぜい 子犬が吠えているくらいにしか思ってないんだろう。



 それが、無性に腹立たしくて、悔しくって。 仕方なく強攻策に出た。

思いっきり体を仰け反らせて、勢いをつけて頭突きする要領で体当たりをする。


上手いこと 三人掛けのソファーに倒れ込んだ彼に、私はのしかかった。



「さあ、これで逃げられないでしょ。 話して。」



 さすがにこれは予想していなかったらしい。


キョトンと私を見つめる、彼の金色の瞳と目が合った。

不意打ちとはいえ、勝ったような気分になってニヤリと笑ってしまう。




 ところがどっこい。次に 彼が放った言葉に、私は震撼(しんかん)した。



「…君は、考えることがいちいち可愛いなぁ。


でも、わかってる? これって、どちらかって言うと君が危ない状況だよ〜?」



 それは、先程の笑い方とは まったく種類の違う笑みだった。


まるで、獲物を見つけた肉食動物を思わせるゆっくりした動きで、彼が

私の顔の輪郭を指でなぞる。背筋がゾワゾワした。


「僕だって男なんだから、こういうことされると 本気にするよ。

…それとも色仕掛けで、僕から聞き出してみる? 僕は大歓迎だけど。」



 心臓が高鳴るのと同時に、得体のしれない恐怖が襲った。



 慌てて 体を引こうとしたが、ラウちゃんに脚でホールドされてしまって

動けなくなってしまう。


思わず、ガクガクと体が震えてしまい、驚く。

おかしいな、私はこの人が好きなのに、なんでこんなに怖いんだろう、と。


「…っ」


…目頭が熱く、痛くて たまらない。

幸い、まだ涙は出ていなかった。泣きたくないと、思った。


泣いて、嫌われてしまうのが怖かった。



 ぎゅっと身を丸めると、大きな手で背中を撫でられた。

(いぶか)しく思いつつ、顔を上げると心配そうに見つめる瞳とぶつかる。



「ご、ごめん。うぁあ、やり過ぎちゃったかな…?

泣かせる気は、あんまり無かったんだよっ!?


ちょっと驚かせたら、怒って逃げてくれると予想してたんだけど…。」


「うぅ…、なにそれ…っ!」


そういう計算とか予想してて、あんな風に言うとか…本当に腹黒いな!

なんなのこのひと…!!



 それにしても、この ”聞き分けのない子どもをあやす” みたいな言い方は、

さすがに腹が立ったよ。


ガッ! と彼のシャツに掴み掛かった。



「ラウちゃんは、何でいつもそうなの!?

私はっ…、私は心配で、聞いてるっていうのに!


どうしていっつも…っ!!」


シャツの(えり)を握って、グラングラン揺さぶってやると ひどく動揺した声が

上がった。


「ちょ、ま、待ってぇ!この体勢でそれは…っ!あっ」


は?


何を言って… … …えっ?


私は、気が付いてしまった。 お尻の下の妙な違和感に…。



もしも、私が 天然とかこういうこと(・・・・・・)に疎ければと、すごく後悔した。

”赤面して湯気が出る”とは、とてもマンガっぽい言い方だけど 本当にそんな

気持ちだったんだ。



 …ええっと。

私ね、あまりのことに、動転していたんだ…。



結果から言うと、だね。



私は、ラウちゃんの股間をかかとで思いっきり踏み抜いた。



さらに、後方で聞こえる断末魔やうめき声を無視して、そのまま自室に逃げ

込んでしまった。

…でも、本当に不可抗力だったんだよ!?


決して、わざとじゃなかったのっ!!


情状酌量の余地があると信じたい、けど…限りなく有罪な気がしなくもない…。





 …で、本題はここからなんだ。



お風呂は明日の朝に、こっそり入ろうと決めて着替えようとした時。

服から紙がスルリと落ちて来た。


その紙に書かれていた1行の文に、私は釘付けになった。




*****




 「 ”ラウリ・トゥフカサーリの秘密について 知りたくはないか?” ねぇ。

…うーん。ルーちゃん、これっていかにも怪しいよね? 」


 私は、肩に乗ったルーちゃん(体も瞳もザクロみたいに真っ赤な、私の使い魔

のトカゲさん)に話しかける。


<そうですね…。

あまりにも きな臭くて、自ら罠だと申告しているように思えます。>


「だよね。じゃあ ラウちゃんが起きる前に帰りたいし、早くやっつけよう。」



 私が呟くのとともに、森の空気が 一瞬にして変質する。

音を失い、風も吹かない異質な外から隔離された空間…これはきっと、大規模な

結界だ。



「『ルーちゃんは、援護をお願いね。』」


<お任せ下さい。>



赤い龍に変化したルーちゃんを送り出す。

そして 精神をさらに研ぎ澄まして、『言葉』の精度を高めていく。



「『この閉じた空間内で、私を害するもの全てが、通常の倍の重さになる。』」



静寂の中、私の声だけが辺りに響いた。


「『重くなれ。 重くなれ。 重くなれ。』」


しばらくすると、木の上から人間がボトボト落っこちて来る。

茂みの中からも人が苦しむ声が聞こえて来た。


着ている服から見て、以前に事情聴取の後の騒動で会った”聖堂会”の人たち

らしい。



 落下の衝撃で、4人は気を失っていたけれど 1人だけは、地面を這うように

こちらへやって来る。


「(あ、青筋立てて怒っていた司祭風の人だ。)」


「き、さま!こんなことをして、許されると思っているのか!?」


開口一番にそれか。

集団リンチしようとしていた人間の言葉じゃないよね。それ。



「別に、許して頂かなくて結構です。 ルーちゃん、やっておしまい!」


 シラッと言い切って指示を飛ばす。

音も無く降りて来たルーちゃんが、司祭風のおじさんを尻尾で巻き取る。


おじさんがグエッと言ったのは、今は無視しよう。

彼女のしなやかな尾が、ギリギリと相手を締め上げる。



「あなたたちは、一体何の目的で私を呼び出したんです?」


「フン!素知らぬ顔をしても無駄だぞ!

我々は神の代行者だ!貴様が災厄を振り撒いているのはお見通しなのだ!!」


…は?


「…言っている意味が、わかりませんよ。」



「お前がやって来てから、平和だったこの世界に異変がひっきりなしに

起こっている!


ならば、原因はひとつしかないだろうが!?


お前こそが、災厄の中心なのだ!!!」



「…っ!」




 感情任せの発言。

根拠も、証拠も何もない、子どもが駄々をこねているみたいな言葉。


なのに、私は…落雷に打たれたみたいな錯覚を起こしていた。


地面が波打つみたいな、目眩が襲う。




<ご主人、お気を確かに。

この者たちを早急に捕縛して下さい。”賢者の杖”まで、私が連行致します。>




 ルーちゃんの凛々しく美しい声に、ハッとして顔を上げて、こくりと頷く。



「馬鹿め!何の証拠も無しに、我々を捕縛してみろ!貴様など…」


「残念ですが、私は今の会話を保存しています。

証拠にはならずとも、これを聴けば 動いてくれる方が居ると思いませんか?」


懐から、レコーダーを取り出して見せる。まぁ、こっちの人は何なのか分からない

と思うけれど。


「それに、私がいくら魔術師だとはいえ、いきなり集団リンチを掛けられるような

悪事はしていません。だから すぐに、あなたたちに疑いが向きます。


大人しく連行されて下さい。」




 悔しそうな司祭風のおじさんと、その部下の人たち5人を木のツルでぐるぐる

巻きにして、ルーちゃんに託す。


<本当に、大丈夫なのですか?>


心配するルーちゃんに、私は笑いかける。



「平気!急いでラウちゃん家まで戻るから!

心配しないで、ねっ!マティウスさん宛ての手紙、ちゃんと渡してね?」


最後まで、振り返ってこちらを見ていたルーちゃんを見送って、一息つく。



「さっきの、なんだったんだろう…?」


自分の体に起こった変化。 あの衝撃や、目眩は一体…?



『し り た い ?』



「 !? 」



 少女のような、老婆のような、不可思議な声が頭に木霊する。



 次の瞬間、頭が割れるように痛くなって…、…私の意識は そこで途切れた。



ーー頭の隅で、クスクス(わら)う 気配を感じながら…。






修正:2012/10/02

誤字脱字を直しました。

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