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「リツキさん、そっち行った!」
「了解!」
魔術学校のお休みを利用して帰郷しているアルヴィ君と、森の中を
死ぬ気で疾走する。
気温も湿度も高くないが、初夏の温い風が森の木々を揺らした。
さっきまでのゆったり演習が嘘のように緊迫した空気。
アルヴィ君の声に応えながら、森の中を駆けて来る大きな足音に神経を
研ぎ澄ます。
頭の中にそれを明確にイメージして『言葉』に魔力を集結させ、放つ。
「『岩、召喚!』」
空中に岩が出現し、落下する。
目前まで迫っていた、体にトゲがある巨大なイノシシが脳天に小型冷蔵庫
くらいの大きさの岩の直撃を受けて、ドーン!と地響きをさせて倒れた。
『上出来だ。これで今年は無事、収穫を迎えることが出来るだろう。』
傍らで見守ってくれていたネストリ師匠に褒められて、思わず
顔がにやけてしまう。
ネストリ師匠が現れてから数日して、生前から魔術に対してとても熱心な
研究家であることが判明した。
300年のブランクを埋めるようにメルヴィさん家の書庫に籠って、何週間か
して再び現れた時には、すっかり今の魔術にも詳しくなっていた。
さらに、私が独学で使っていた『言葉』による術の研究も
手伝ってくれたんだよ!格好良すぎて『師匠』とお呼びすることにしました。
(本人には『やめてくれ』と、言われたけどね。)
理論としては、例えば私がリンゴをイメージしたとする。
魔力を込めて『リンゴ』という音で空気を震わせると、魔力がその形に再現される。
でも、魔力で出した物は触れられる幻に過ぎない。
だから例に出したリンゴは、姿形はそっくりで触れられるけど食べられないんだって。
イメージが曖昧だったり、それを実行する魔力が足りなければ術は失敗。
「これは物理的に無理」とか固定概念があると、実現するのに魔力が多く使われてしまう。
私がこちらの魔法と相性が悪かったのも、これが原因らしい。
いくら現実離れした幼馴染が居たからと言っても、何も無いところから火を
出したり、局地的な吹雪を起こしたりを簡単に受け入れられないよね?普通。
だから、無いものを出すんじゃなく、別の場所にあるものを召喚する
イメージでそれを『言葉』にする。
そうすれば、こちらの魔術と同じように使えるんだ。
実際にラウちゃんや師匠と実験をして、ちゃんと成功したよ!
師匠って本当に凄い人だったんだね、これからはもっと尊敬するぞ!
「いきなり、このイノシシが襲いかかって来て驚いたけど…。
なんとかケガしないで倒せたから、良かったよね。
それにしてもでっかいなー、胴回りなんか大人が3人が輪になって手を
繋いだくらいあるよ?
これ食べられるのかなー、ご近所に配って歩いてもお釣りが来そう。」
「リツキさん、このデカイの1人で捌く気かよ!?」
「だって、これ運ぼうにも分解しないと運べないよ?」
鉈を取り出して、血抜き出来るかなぁ、と心配になる。
これだけデカイのは捌いたことが無い。鶏と豚はおばあちゃんの家で
やったことがあったけど。
ありがとう、おばあちゃん。おかげでたくましい娘に育ったよ。
「…? 待て、なんか変だ。」
アルヴィ君が、急に私を庇って前に出る。
師匠も眉をひそめてイノシシを睨んでいた。 一体何なの?
「どうしたの?」
「動いてる時は気付かなかったけど、あのイノシシ変じゃないか?
なんか、”生き物”って感じがしないっていうか…。
…ちょっと親父を呼んで来る。べ、別に怖くなったんじゃないからな!」
アルヴィ君が駆け足で森を駆けて行くのを横目に見つつ、イノシシをジーッと
観察してみた。
確かに、先程からピクリとも動かないし、当たった時に悲鳴のひとつもあげ
なかった気がする。
何か、嫌な感じがする。明確に何とは言えないが、モヤモヤとする。
すると、イノシシの体から黒いドロドロが染み出し始めた。
ジ◯リ映画のモ◯ノケ姫に出てくる祟り神を連想させる黒いドロドロ。
「し、師匠! 何ですか、あれ…!気味が悪いですよ!」
『ふむ…。リツキ、あれを封じ込められるか。広がると始末が難しい。』
そうだ。森から出てすぐの場所には、パールナ村がある。
絶対に、あちらへは被害が及ばないようにしないといけない。
「必ず防ぎます!」
意識を必死に集中させて、慎重に『言葉』を発する。
「『氷の壁っ!』」
四方に巨大なイノシシを囲うように、氷の分厚い壁を出現させた。
トドメに上からも氷で蓋をする。
危機一髪、黒い何かは氷の中で動きを停止してくれた。
一先ず、時間稼ぎくらいにはなるだろう。ふぅ、と肩の力を抜いた。
「りったん!」
聞き慣れた声と足音に、振り返ろうとしたところ 強い衝撃が私を襲う。
「ぐはっ…!?」
脱力しているところを激突するように抱きつかれて、数秒意識が飛んだ。
「あぁっ、ごめんねぇ!」
謝りながらも、胸板にぎゅうぎゅうと押し付けるのはやめてくれないかな!
苦しい! 窒息するって!
「遅れた。件のイノシシはリツキが動きを封じたらしいな。よくやったな。」
「もがが、その声は、アレクシスさん、ですか?」
アルヴィ君のお父さんのアレクシスさんが早足で近づいて来る気配がする。
「あぁ。
おい…その辺にしておけ、まだ仕事中だぞ。
さっさとコイツをなんとかしよう。そして、後でウチの裏に来い。
嫁入り前の娘に何をしている、貴様ぁ…。」
「えぇー?そんなこと言ったってさぁ。
各地の異変騒動の報告が何件も来てるけど、捕獲に成功したのこれが初めて
だよ?
どーう対処したらいいかなぁ…。
あと、今日は晩ご飯がシチューだから行ーかない♪」
「ケンカしてる場合かよ…。」
大人よりは小さめの足音が近づいて来る。
アルヴィ君が心配して、もう一度戻って来てくれたんだろう。
『リツキ、これを見てくれ。』
師匠の声に反応して、体を捻って向きを変える。
背中にラウちゃんをくっつけたまま、引き摺るように師匠の立っている位置
までノロノロと進む。ぐ、重い…。
『今、氷の中にいるイノシシの体内にあった。何か分かるか?』
師匠が掌を開いて、乗っている物が見えるようにした。
そこにあったのは、真っ黒いドロドロした…、うわぁ気持ち悪い!
「何、それ? 気持ち悪い虫…。」
アルヴィ君が唸るように言う。
周りのラウちゃんやアレクシスさんたちもこれが虫に見えるらしい。
「違うよ。…これは、『呪い』だと思う。
もし、虫に見えているなら『蠱毒』の一種かもしれない。」
私が呟くようにそう言うと、師匠がひとつ頷いてくれた。
正解だったみたい。
ちなみに、『蠱毒』は壷とかにムカデやサソリを入れて、
最後まで生き残った一匹を使って呪いをする方法。不気味だよね…。
「の、ノロイ!?…って、なんで分かるんだよ?」
…これが見えないとは、みんな幸運だな。
「よく分からないけど、分かるの。
みんなには虫に見えてるみたいだけど、私にはドロドロした玉に見える…。
霊体の師匠が触れられるってことは、実体がないものな訳で。
これは推測だけど、恨みとか嫉妬とか嫌な感じのする念の塊だと思う、これ。」
師匠は現世の物には触れない。いつも本を読む時はどうやるのか浮かせて
読んでいるんだ。(ポルターガイスト?)
みんな納得したのか、頷いたりしている。
『リツキ。
君の世界には、仕掛けられたこの手の呪術を回避する方法はあるか?』
師匠のその問いに、私は脳みそをフル回転させて考える。
「…確か、『呪詛返し』というものがあったはずです。
仕掛けた本人に術の効果を返すんです。
そうすれば、こちらはダメージを受けません。
そうだ! ここで『言葉』を使って『術者に帰r…痛たたた!?」
地味に痛い!
ラウちゃんがアゴで私の旋毛をグリグリしてる!
「ここからは僕たちの仕事〜。
要は。
術式に干渉して、生みの親の場所へ帰るように修正すればいいんだよねぇ。
…ってことで、りったんはノータッチ。おっけー?」
「りょ、了解です。」
有無を言わさぬ勢いに、ブンブン首を縦に振る私。
涙目で頷いたら、よしよしと撫でてくれるけど…。
…どうかしたのかな?
最近、私が能力を必要以上に使おうとすると機嫌が悪くなる…。
うーん、せっかく役に立てる機会なのになぁ。 なにゆえ?
…ラウちゃんは、私が何も出来ない方が良かったのかな?
「ねーえ? …りったん、聞いてる?」
「う、あぁ、ごめん。何?」
彼は、私の顔を心配そうに見ていたけど、笑って誤摩化した。
用件は何?と促す。
「このイノシシは死体でさぁ、呪いが操ってたみたい。まぁ、ゾンビだね。
一応資料として”賢者の杖”本部の解析班に送りたいから、ルーちゃんを貸して
もらってもいい?」
「うん、分かった。気をつけてね。」
荷物を重そうに下げて飛んで行くルーちゃんと、報告や現状把握で忙しい
ラウちゃんとアレクシスさんを見送った。
「…家、寄って行けよ、お袋たちが喜ぶから。
あ、いや、う、別に無理にとは言わないけどなっ!」
「うん。私が寄りたいから、寄らせてもらうよ。」
私とアルヴィ君が歩く足音と声が、夕暮れの森に吸い込まれていく。
さっき、あんなネガティブな感情の塊を見てしまったからなのか、自分心までも
重く沈み込んでしまいそうだ。不安や疑心が顔を出す。
あぁ。ダメだ。こんなの、ダメ。
私は、一度立ち止まる。
「? リツキさ、」
ベチーーーン!!
両頬と両手に強烈な痛みが発生する。いかん、気張って叩き過ぎた…。
しかし、まだだ!!
「ったく、まだろっこしーーーーーーっ!
グダグダ悩んでても仕方ないじゃないかぁーーーーーっ!!
分からないなら聞きゃあ良いんだよーーーっ!!私のバァカーー!!」
はー、すっきり。大声をお腹の底から出すと気持ちがいいね!
アルヴィ君がキョトンとして、凝視している視線がとっても痛いけどね!
でも邪念は払えた! …うん、結果オーライだよね!
「…と、言う訳で!まずは師匠っ!!
どんなに長くなっても構いません、私に聞かせられることは隠さず偽らず全部!
洗いざらい全て話してもらえますか! 途中で居眠りしたりしませんから!」
ーー陽炎のように揺らめいて、後ろから足音も無く最後尾にいる師匠。
私の無茶苦茶な言い分に、少し遠い目をしてしばらく思案するように沈黙して、
やがて ゆっくりと口を開いた。
『本当に、長くなる…それでも良いか?』
私は、『どんと来い!』という気持ちで笑って頷いて見せた。
修正:2012/10/02
誤字脱字を直しました。




