閑話
補足みたいな話、3本です。
+ラウリ・トゥフカサーリの憂鬱
ーーー梨月ちゃんたちが海に到着した同時刻、とある国の会議室にて。
「これはもう、世界全体の問題だ。」
僕は営業用のニコニコ笑顔を顔に崩さないようにしながら、
「(営利目的丸出しで何が世界だ、クソ親父が。)」
頭の中で毒を吐く。
梨月ちゃんが出掛けるのを泣く泣く見送って、僕はお腹の中真っ黒な
周辺諸国の国王様たちと会議中です。
ぶっちゃけ、もう我慢の限界だよ。
『有望な人材の独占をやめろ』『発展の可能性を潰す気か』
『危険分子になるのでは』『得体が知れない、今のうちに捕らえては』
…結局さぁ。つまるところ、彼女を寄越せってことじゃないの。
軍事利用? 技術の奪取? 珍しいものへの下卑た興味?
冗談じゃない。 馬鹿なの?死ぬの?
「皆様のご心配は分かりますが、彼女は中立を望んでいます。
すでに魔術師登録も済ませていますし、現在は”賢者の杖”の監視下で生活して
いるのですよ。無理強いは出来ませんよねぇ?
……それとも、巣を突いて蜂に刺される覚悟がお有りで?」
クスクスと笑いながら威圧してみる。
場が凍りついたように静まり返り、僕に視線が集まる。
”賢者の杖”という組織は自警団の規模が少し大きくなった程度の物だし、
全体的に自由な集まりだから、国を相手に戦うなんて無謀は絶対にしない。
でも、『数は力』って どこかの偉い人も言ってたしね。
人手が多いことは危険がは増えるけど抑止力になるし、可能性も大いに広がる。
まぁ”数の暴力でゴリ押し”とかじゃなくて”反撃のレパートリーが増えるよ★”
とかそういう意味だけどねー★
その中で1人だけが空気を読まないで噛み付いて来た。
「何が中立か。どうせお前が入れ知恵しているんだろう?
さっさと娘を連れて来い!でなければ、それ相応の手段を…」
あー、誰だっけなーこのオジサン。西か北西の属国のどこかの代表だった
かなぁ?
…ん。思い出した。
「そういえば! あれからお加減はいかがですか?」
そう問えば、相手はあからさまに目が泳ぎ出して狼狽え始める。
「あ、あぁ、」
「まだご入用でしょうから、追加を調合しておきましょう!
…しかしですねぇ、あまり熱心に”彼女に会わせろ”と言われますと、僕は嫉妬で
手元が狂ってしまうかもしれません。
…間違えて真逆の効果の薬をお渡ししてしまうかも〜…。いやぁ、情けない。」
オジサンは小刻みに震えながら俯いて、
「あー…今の私の発言は取り消す…。」
と、だけ言って沈黙した。
あの人、カツラなんだよねー。
どんどん生え際が戦略的撤退を開始してて、以前に毛生え薬を処方したんだよ。
…撤退は未だ、緩やかに進んでるみたいだけどね?
いっそ一気にハゲ散らせば良いのにね。
さっきのオジサンの向かい側の席から、クククと低い忍び笑いが上がった。
「…色恋で身を滅ぼすとは、『氷霜の悪魔』にも人間味があったのだなぁ?」
えー、『色ボケ王』に言われたくないんだけど。
声をかけて来たのはキルシッカ王国の現国王陛下。
いい歳したジジイなのに、今も現役で何又もしてるらしいよ。エロジジイめ。
さっさと隠居しろ。
「私の家では代々、伴侶をみだりに見せびらかさない主義なのですよ。」
ウソですけどねー。
向こうも見抜いているのかニヤニヤ意地の悪い笑みを浮かべる。
「そこまでして隠されると余計興味が湧くものだ。
どれほど可愛らしい花なのか…。
しかしお主も若いな。…価値が有る物を活用しないのは愚者のすることぞ?」
「あはは、未熟者で申し訳ないです。
…そちらの国で流行っていた風邪は、無事に収束したようですね。
良かった良かった。」
色ボケ陛下は再びクク…と忍び笑いをする。
「…やはり、あれの収束はお主が一枚噛んでいたか…。
毎度、民には格安で薬を渡すくせに、取れるところはガッポリ金を巻き上げ
さらには恩を押し付けて、思わぬところで恩を傘に無理難題を吹っ掛けて来る。
敵を潰すためなら、いかなる卑劣な手段も迷わぬといって付いた通り名は
『氷刃の魔術師』、『氷霜の悪魔』。お主に似合いの名だと思っていたが…。
食えぬ奴よ…愛でている花にだけは甘い、ということか。」
まぁ、何とでも言いなよ。聞き流してあげる。
「いえいえ、過大評価ですよ。…私は自分勝手にやりたいようにしているだけ
なので。
結果的に色々と”お願い”を聞き届けて頂けるだけですから。
それに、私は皆に優しいつもりですよー?」
はー、なんとか今回の会議も煙に巻いた!
僕が薬師やってるのって、実は一番恩を売りやすいからなんだよねぇ。
内緒だけど。
さぁ!
はりきって、今から梨月ちゃんを追いかけるぞぉーーッ☆
意気込んで帰り道を疾走していると、白くてひらひらした物が僕に向かって
飛んで来る。
…なんか、あれ梨月ちゃんの世界の”蝶”に似てるような…?
降りて来たものは一度僕の頭上を旋回した後、フワリと肩に止まった。
そっと手に取ると、それは紙の切れ端だった。
「あっ、これ梨月ちゃんのメモ帳の紙だぁ!
すごーい!梨月ちゃんこんな術、使えたのー!?」
感動しながら観察してみると、どうやらこれは手紙だったみたいだ。
紙を破らないように慎重に開く…そこには、彼女の可愛い字で短くこう書かれていた。
「”緊急事態 帰って来たら村の食堂に来て”…?」
何故、食堂?
…ハッ!
ままま、まさか…っ 別 れ 話 !!?
それは、それだけは許さない!
相手の男を簀巻きにして海に沈めてやる…!
しっかりと手紙は大事に畳んで仕舞っておく。
彼女からの初めての手紙だからね!
ーーこうして僕は怒りに身を任せて、今までに無いくらいの速度で目的地の食堂に直行したのだった。
*****
+愛憎渦巻く反省会!湯煙に消えたタライ、梨月の恥ずかしい位置にあるホクロとは!?
「ねぇ、ラウちゃん…やっぱりやめない?こんなの…。」
彼は艶かしく微笑んで言う。
「ダメだよ、これはお仕置きなんだから。」
食堂での話し合いが進まなくなって、『今日は一旦帰ろうか』となった時に、
右手をがっしり繋がれてワープで強制帰宅させられた私は、ため息混じりに叫んだ。
「いくらなんでも、”一緒にお風呂入ろう!”って何…っ!!」
「えーっ!りったん嫌なのぉ!?いいじゃない、僕たち恋人なんだしぃー!」
…言っておくけど、私より15センチ近く大きい青年のあなたが口を尖らせて
腕にしがみついたって、可愛くなんか………ぐ、私よりは可愛い…だと!?
なんてこったい…やはり大事なのは顔なの? イケメンは何しても許されるの?
少し落ち込んで来たので、早口でラウちゃんに問う。
「だいたい、この浮遊している敷地のどこにお風呂があるっていうの?
私、こっちに来てから歩いて回ってたけど知らないよ?」
すると、ラウちゃんはこれ以上無いほどの満面の笑みで答えた。
「内緒で作っちゃった♡」
庭を手を繋いで歩いて行くと、中庭の真ん中に湯煙が漂う小さな露天風呂が
見えて来た。
えっ、あの場所って…。
「…あのさ。ここ、私が最初に来た時には池がなかった…?」
そう、記憶が正しければ私は来て早々に、その池に落っこちてびしょ濡れに
なったはずだ。
今は簡単な屋根が付いた四阿(庭などにある四方の柱と屋根だけの休息所のことね。)があって、その中に湯船がある…。
「そうだよー!記念にここをお風呂にしたんだぁ。
じゃ、行こうか!」
私の服に手をかけようとするラウちゃん。
…そのガラ空きの胴体に強めのボディブロー全力で叩き込んだ。
「ぐはぁ…っ!? ひ、ひどいよ、いきなり。」
「ひどくないです。服を脱がそうとする人が悪いと思います。」
「だって服着たままじゃお風呂入れないんでしょう!?
…僕は、君がきっと疲れてると思って、内緒でコツコツ作ってたんだよ…?
喜んでくれるって、そう信じて、一生懸命作ったのにぃ…!!」
ラウちゃんは両手で顔を覆って俯く。
うーん…。
「ラウちゃん、涙出てないよ。」
「心は土砂降りだよー!!」
やっぱり嘘泣きじゃないか!
…でも、私のために作ってくれたのは本当だと思う。多分。
こっちの世界には、お湯に浸かる文化はない。
色々考えてくれたんだ、と感激している自分がいる。…惚れた弱みかなぁ…。
「…わかった、入るよ。タオルはどこ?」
お風呂に一緒に入ると決断したものの、体にタオルを巻くか巻かないか
という問題で、再び不毛な論争になってしまった。 途方もなく疲れた…。
あっちから持参した薄手のバスタオルをバッチリ装備した私と、どうにか
説得して腰にタオルを巻かせたラウちゃん。(私が恥ずかしいから巻かせたよ)
…なんて異様な光景だろうか…。
まぁ私たち以外、誰も見てはいないけどさ。
「ねーえ、湯船にはタオルって入れちゃいけないんでしょー?」
ぐぬぬ、まだ言うか。
「”今日は巻く”って、さっき決めたでしょ。…なんで、そこまでこだわるの。」
「だって、りったんのおっぱい見t「それ以上言ったら殴るよ!」」
露天風呂の前にやって来た。
見た感じ、温泉宿にある岩で出来た露天風呂らしい。
広さは、4〜5人が余裕で足を伸ばして入れそうなほど大きい。
湯気が漂っていて、今すぐにでも入って温まりたいくらいの素晴らしい出来だ。
ここ1ヶ月はずっとシャワーだったから、本当は結構嬉しかったりするんだけど…。
なんとなく言うのがシャクなので秘密にしておこう。
「あ。ラウちゃん、体を洗ってから湯船に入ってね?」
「はぁーい☆」
…返事だけはいいんだから。
ラウちゃんが、チラチラこちらを見ているのをなんとかスルーして
一通り体を洗い、湯船に浸かる。
「はー…、生き返るぅ…。」
我ながら、おばさん臭いかなと思う。でも気持ちいいから仕方ないよね。
「あぅ〜…。初めてだけど、きもちい〜。」
左隣からも変な声が聞こえて、思わず笑ってしまった。
「っぷ、あはは…っ!」
「むぅ…!なんで笑うのー!?」
ぼー、っとお湯に浸かっていると、人間ぽろっと本音が出てしまうもので。
「私をこっちに召喚してから、大変なことばっかりだね。…ごめんね。」
「…梨月ちゃんが気にすることないよ、謝らないで。」
いや、気にするよ。だいたい私が原因の事件ばっかりじゃないか。
「こっち来て3日目に、カッとなって脱走してみたり…。
突然、誘拐事件に巻き込まれたり。その最中に魔法使えるようになったり。
…おまけに今日は、おばあちゃんがこっちの世界の人だって衝撃の事実が判明したり。
本当に、何だかなぁ…。」
私は体育座りでうずくまって、水面をため息でブクブク泡立たせる。
「梨月ちゃんは、こっちに来たの後悔してる?」
その急な問い掛けに数秒考える。
でも、答えは考えるまでもなく決まっていた。
「後悔はしてない。
私はもう、ラウちゃんの居るこっちで生きようって決めたから。
ただ、ラウちゃんが辛い立場になったりしないか心配で。」
「当事者の梨月ちゃんの方が大変なんだから、僕のことなんて心配しないでいいのに。」
「心配だよ。今はまだ平気でも、いつか私のせいで争いが起きるかもしれない。
私は、この世界にない便利な物を持っている。
まだ発見されていないはずの数式や科学の知識も知っている。
…今は変わった魔法も使える。利用価値は、いくらだって…あふ?」
ムニッと頬をつままれて、ラウちゃんの方を向く。
彼の黄金色の瞳が怒ったようにギラリと光る。
「君が、自分の”価値”についてちゃんと理解してるのは分かった。
でも僕はそれを承知で、君とこれからずっと一緒に居ようって誓ったんだ。
…僕は君を守るためなら、どんなことだってやってみせる。
だから、梨月ちゃんは心配しないで家でのんびりしていてよ。」
空色の髪が水分でしなりとして、男なのに妙に色っぽいなぁ、などと見当違いな感想を思った。
私は頬をつまんでいる彼の右手を外して、目を見て言う。
「だったら、私もラウちゃんを守るためなら手段を選ばないことにする。
あなたを傷付けるものを、私はきっと許せない。止めたって無駄だよ。
魔法でも、科学でも、使えるもの全部使って助けるからね!」
「ちょっ、僕の話聞いてた!?」
慌てるラウちゃんに胸を張って、私は言い返す。
「聞いてたよ! でも、私だってラウちゃんを守りたいんだもの!
好きな人が大変な目に合うの分かってて、放って置けない私の気持ち、分かってよ!!」
「だったら、君が命の危機に陥るのを見たくない僕の気持ちも考えてよぉ!」
途端に、ラウちゃんが今にも泣き出しそうな声で、そう叫んだ。
「君が誘拐されて傷だらけで見つかった時も、鏡を隔てた向こう側で君が殺されかけたのを
見た時も、僕は何も出来なくて、すごく悔しくて歯痒かったんだ!!
お願いだから、僕の手の届くところに居てよ…っ。」
あの満月みたいな黄金の瞳が、涙でゆらゆらと儚げに揺れている。
…私は、昔からこの目に弱い。
「うー…あの、ごめんなさい。」
なんとなく自分が悪い事をしているような、変な居心地の悪さがある。
「本当に悪いって思ってる?」
「お、思ってる、よ。」
「側に、居てくれる?」
「いるよ、ずっと。ラウちゃんが嫌にならない限りは。」
「それは有り得ないから大丈夫。」
ちょっ、…距離が近いよ! 心臓が有り得ない速さで暴れているんだが!?
「あの、ラウちゃん、断言しちゃっていいの?
ももも、もしかしたら後悔するかも…よ、」
グイグイ湯船の隅っこに追いつめられて行く。
あれ!?何時間か前の食堂でもやられたぞ、これ!
「………。」
背中が岩に当たった。ぎゃあぁあ!もう後がない!
彼の髪から落ちた水滴が、私の頬にぼつぽつと降って来る。な、何なの。
黄金色の瞳から、目が離せなくなる。
「…絶対に、勝ってみせるから。」
独り言のように呟かれた言葉に、私は疑問符ばかりが浮かぶ。
何に?誰に勝つの? ちっとも分からないよ。
「みんなして、私が分からないこと言って…。仲間はずれにされてるみたい。」
知らずか言葉が愚痴っぽくなってしまう。
そんな私を、問題の解答になかなか辿り着けない生徒を勇気づけるみたいな
温かい目でラウちゃんが見ている。ぐぬぬ…、教える気は無いのね。
「あ、そういえばさぁ。梨月ちゃんこんなところにホクロあったんだね?
えへへ、可愛いねぇ。」
ふと思い出したように彼はそう言って。
彼の指がススッと、首筋を伝って左の鎖骨の下当たりに触れる。
背筋をゾクゾク、ザワザワと形容し難い感覚が走ったが、どうやら私の中では
恥ずかしさと怒りが勝ってしまったらしい。
「『タライ(大)しょうかぁあーんッ!!!』」
ドギャーン!とド◯フも真っ青な良い音を鳴らして、タライの下にラウちゃんは
ブクブクと水中に沈んでいった。
「…今のうちにさっさと上がって、自家製アイスキャンディー食べよう。」
ラウちゃんが作ってくれた魔術式☆冷凍&冷蔵庫(氷を入れておくタイプの)
は本当に便利だなーと関心しつつ、それを製作した本人を放ってそそくさと
お風呂を後にした私であった。
*****
+オルヴォのゆめのかよひじ
「上手くいくかな。」
ぼくは独り言のつもりだったけど、あの人は明るい笑顔を
こちらに向けて何度もうなずく。
「本当に、いいの?リツキさんはあなたに会いたいと思うよ。」
そう言うと、ちょっとだけ寂しそうに首を横にふる。
首の動きにあわせて、向こうがぼんやり透けて見える朱い髪がゆれた。
「未来予知って、フクザツなんだね…。
あなたが指示を出してくれるからなんとかやれてるけど、
ぼく1人だったら頭がこんがらがりそう。」
ぼくは、ただ伝言を伝えるだけ。
この先を知っているけど、変えるちからがない。
最初、リツキさんの過去や未来を教えてもらったときはおどろいたし、
なんとかしてあげたいと思った。でも、たった8歳のぼくに出来ることは
片手で足りるほどだろう。なら、せめて足を引っ張らないようにがんばろう。
コックルックルルーーッ
「あ、一番鶏が鳴いた。
そろそろ起きる時間か。家の酒蔵の手伝いに行かなくちゃ。
また夜にね。」
ぼくは夢の世界から意識を浮き上がらせて、目を覚ます準備をする。
あの人はひとつうなずいて、ひらひらと白い手をふった。
優しい黒の中に、緑や青の色彩が混じった不可思議な瞳。
生前は、きっと夕陽みたいに燃えていたであろう朱色の長い髪。
ネストリさんの言う通り、顔は似てないのになんとなくリツキさんと
似てる気がしてくる感じ。
優しく微笑んでいる、リツキさんのおばあさんのティーアさんを夢に残して
ぼくはいつも通り起きて、家の手伝いを始める。
ーーやがて来る災厄に気付いてないふりをしながら。
修正:2012/10/02
誤字脱字を直しました。




