18
パールナ村の市場から少し外れた通りに、村唯一の食堂『ライラ』が
ひっそり営業している。
食堂だが、喫茶店のような店構えで落ち着いた色彩の店内はどちらか
というと女性が好みそうな雰囲気だと思う。
店主のユレルミさんは、色々相談に乗ってくれる優しいお爺さんなので、
村のみんなに好かれてる。
しかも! ユレルミさんは、甘い物に目がなくてお菓子を持って行くと
喜ばれるので、最近は作ったお菓子持参で来ている行きつけのお店だ。
「お嬢さん、お坊ちゃん。
本日は当店にお越し頂き、誠に有り難うございます。
何かご注文は?」
机に2人分のお茶が置かれる。
お昼のピークは過ぎているので、店主であるユレルミさんが自ら注文を
聞きに来てくれたらしい。
「あの。まだもう1人来ていないので、注文はまた後でいいですか?」
本当に申し訳ないが、今はそれどころではないのだ。
ユレルミさんは『いいですよ。』と笑って厨房へ戻って行く。
内心ホッとしながら、誰もいない目の前の席に話しかけた。
「えっと、姿を見せてもらえますか。」
『…あぁ。』
目の前の席に、光の粒が集まって男の人の姿が現れる。
先程はちゃんと見られなかったので、ジッと見つめて細部を観察した。
乳白色の長い髪を背中に流して、フードが付いた灰色のロングコートを
着ている。背丈は180センチ前後。年齢は20〜30代だろうか。
顔立ちは少し老け顔で、釣り目が凛々しさを感じさせている。
瞳の色が存在しないと言われている『黒』なのは、今突っ込ん
じゃダメかな。後に回そう。
表情はずっと変わらず、口を引き結んで辛そうな顔だ。
一番注目するところは、全体的に輪郭がユラユラぼやけていることだが…。
…まぁ幽霊だから、そこは可笑しくないのだけど。
「私は、立花 梨月といいます。
この子は、私の友人でオルヴォ君です。
あなたの、お名前を聞かせて下さい。」
聞きたいことは山程あるが、まずは自己紹介からだよね。
オルヴォ君は付き添いです。さすがに幽霊さんと2人きりは心細くてね…。
ん、ヤンネ君?
海辺でこの方が姿を現した時に、気絶してしまったよ…。
マティウスさんがおんぶをして、雑貨屋さんの方へ運んでくれたから
大丈夫だと思うけどね!エルメル君も一緒に帰っちゃったよ。
俯いて沈黙していた彼が、ゆるゆると口を開く。
「私は、ネストリと呼ばれていた者…。
だがそれも過去のことだ。どうとでも好きに読んでくれて構わない。」
なんか暗いなぁ…。幽霊だから?
「じゃあ、ネストリさん。
私のおばあちゃんを知っているみたいですけど、どうして?」
『彼女は、ティーアは私の戦友だった。
お互いに背中を預けて、幾度も戦場で戦ったものだ。』
えぇっ!? …冗談、でしょ?
「ちょ、ちょっと待って下さい!
おばあちゃんは、こっちの世界の人だったんですか?
しかも、せ、戦友ってことは魔術師…なの!?
そんな、そんなことって……。」
混乱がひどくて、上手く言葉が出てこない。
『そうか、君はあちら側から来たのだな。
信じられないかもしれないが、事実だ。
少なくとも、君が持っているその指輪は私が彼女に渡した物だ。
長い間に渡って眠っていたが、形は忘れてはいなかったらしい。
…それにしても。君は、本当に彼女の孫なのだな…。
雰囲気は違うが、確かに少し気配が似ている…。懐かしいな。』
ネストリさんが初めてかすかに笑った。
笑っているのに泣きそうに見えたのは、私だけだろうか?
その時、食堂の扉がバーーン!!と音を立てて開いて転がるように
入って来る人影が見えた。あーぁ、何やってるの…。
「梨月ちゃん!この手紙、どういうことぉー!?
別れ話なんてしたら僕…っ!!」
!?
「ちょ…っ何を勘違いしてるの?!
ラウちゃん、落ち着いてこっちに来て!今からちゃんと説明するから!」
私は村に帰って来る前に、式神で手紙をラウちゃんに飛ばしておいた。
焦っていたから、『緊急事態 帰って来たら村の食堂に来て』としか
書かなかったけどさぁ…。
どう解釈したら、別れ話なんて飛躍したことを思うのか。
私は、今日の午前中に海辺で自主練と技の開発を兼ねて色々試したこと、
ちょっとした好奇心で、降霊術の”コックリさん”をやってみたらネストリさんが現れたこと、…おばあちゃんが彼と知り合いで、こっちの世界の人であることをラウちゃんに順を追ってなんとか説明した。
「へー。僕が居ないところで、そんな危ないことしてたんだぁ?ふーん…?」
いつの間にか、オルヴォ君が居た席にラウちゃんが座っていて、私は壁際に
追いつめられていた。
ヒィイィーー! ごめんなさい ごめんなさい ごめんなさい…っ!!
ラウちゃんなんか背後から真っ黒い霧が出てるよぉー!
『…お前たち、仲が良いのだな。恋仲か…?』
「2人は婚約中。らぶらぶ。」
ネストリさんもオルヴォ君も見てないで助けてぇえ!!
「…りったんは帰ってからお仕置きするとしてー…ネストリさん、でしたか?
まさかこんな形でお会いすることになるとは思いませんでしたー。
…『救世の賢者』様?」
”救世の賢者”?
思わず首を傾げたわたしに対して、ネストリさんは自嘲気味にクツリと笑う。
『フン…そんな、大層な名で呼ばれるようになったか…。
たかが殺人鬼をよくそこまで祭り上げられる。それとも歴史を都合よく改竄
したか。』
場の空気が、氷点下まで下がったように重く冷たくなる。
「歴史なんて、事実が歪められて書かれることばかりでしょうよ★
それに300年以上経っていますからねー。何が正しい話かは、もう誰にも
わかりませんよ★
僕はね、貴方本体には興味は無いんです!
…”入口”をね、探しているんですよぉ。教えてもらえませんか。」
ラウちゃんの言葉によって、空気はさらに悪くなる。
うぁああ!何なの!どうなってるのこれ!!
「ちょっとだけ、いい?」
重々しい最悪の空気の中、オルヴォ君がスイッと手を挙げる。
この状況で、全く動じずにいる彼を内心尊敬してしまう。
「ど、どうかしたの?」
私の方がずっと年上なのになぁ…狼狽えて情けないよね。
「2人がケンカするのは、勝手。
でも。ぼくが、この場に残ったのはあの人の伝言を伝えるため。
…何も言わずに、聞いて。」
全員の視線がオルヴォ君に集まる。彼はひとつ深呼吸して、話し始めた。
「ラウリさん、あの人は”まだ終わってない”って言ってたよ。
…あの事件は序の口。一番の危機はこれからだって。」
隣でラウちゃんが息を呑んだのが分かった。
そして私の手を強くギュッと握る。ちょっとだけ痛い。
…あの人って誰だろう…?ラウちゃんは知っているみたいだけど。
「大丈夫。2人が一緒ならきっと乗り越えられる。…見守ってるからって。」
オルヴォ君が今度はネストリさんに向き直って言う。
「あなたを救えなかったことを、とても後悔してた。…何か伝える?」
ネストリさんは長い沈黙の後、ゆっくりと首を横に振った。
『……いいえ。有り難う、少年。』
何なのだろう、私だけ置いてけぼり?
私は握られていない、自由な方の左手でお茶をズズッと飲んだ。
…あぁ。お茶、冷めちゃってるけど美味しいなぁー…。
あともう1人、重要な人が出てくれば役者が揃いそうですが、
まだ先が長そうです…orz
良ければ、もう少しお付き合い下さい…!