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修羅場な回です。
「あの方と別れなさい。」
薄い金のプラチナブロンドに、凛とした銀の瞳。
すらりと伸びた手足、魅惑的なボディライン。
整った顔立ちの美しい女性だなぁ、と私は思った。
「丁重に、お断りします。」
まぁ、その口から紡がれた言葉でそんなことはどうでも良くなったけど。
ーー何故こんな、昼のメロドラマのような会話が繰り広げられているのか。
…それを説明するには、30分ほど前に戻らなくてはいけない。
*****
私は、パールナ村へ小麦粉を買いに来ていた。
買い物を無事済ませて、いつものように雑貨屋さんで奥様方の井戸端会議に
混ぜてもらったり、エルメル君と遊んだりしていたんだ。
「えぇっ!これ、ネコなの…?」
手のひら大の黒い毛玉には、確かに猫耳が付いているが目は1つで青い。
「そうですよ。リツキさんはお嫌いですか?」
「うーん。私のところのとはずいぶん姿が違うけど、見慣れてくると可愛いし
好き、かな?」
「ミョミョーンッ」
ネコはピョコンと跳ねて、私の手からエルメル君の頭へ移動した。
その様子を『なつかれてるなー』と微笑ましくて笑っていたんだよ。
そうしたら、ね。
突如、プラチナブロンドのキツ目の美女と瓶底メガネで白衣着た男が雑貨屋さん
に入って来たと思ったら、
「貴女ね、ラウリ様を騙しているふしだら女は!」
と白昼堂々、昼メロぐらいでしか言わないようなセリフを言うじゃないか。
何考えてるの、この人。
私の服装は、白のコットンシャツにドロワーズ風 焦茶色のハーフパンツ。
だけど黒のタイツだし露出は少ない。ふしだらな要素はあるだろうか?
すぐ帰るのつもりだったから、足元はクロスバンドのナースサンダル
だけど、いくら歩いても疲れない優れものなんだよ?これ。
私は数秒間、固まって現実逃避していたけれど 徐々に冷静になってきた。
「広いところでお話ししませんか?私に付いて来て下さい。」
と奇妙な2人組に告げた。
*****
なんだ、なんだ?と寄って来る野次馬の皆さんの間を縫って、
村を通る川の河川敷に辿り着く。私は奇妙な2人組に対峙した。
美女曰く、私は優秀で素晴らしいラウリ様に近寄る害悪だそうで、
今すぐ別れなければ、自分の家の権力を使って排除しちゃうぞー、と。
つまるところ、そういうことらしい。
要約したのは、他が私に対する誹謗中傷で聞くに
耐えないから。
よくもまぁ、これだけ口が回るなぁと逆に関心してしまったよ。
しかも、この2人ラウちゃんの部下らしいじゃないか。
何してるんですか、仕事どうしたんですか。
で。件の『別れてよ』発言。
お付き合いしていると遅かれ早かれ、こんなこともあるかもなぁ とは
思っていたけど、こんなに早く修羅場を経験することになるとは…。
もちろん、私は絶対に嫌なので断固拒否ですよ。
大好きな人を、ちょっと脅されたくらいで諦めたりする訳がないでしょ。
全面抗争ですよ。
「私は、彼が好きです。
彼の子どもっぽいところも、実は打たれ弱いところも全部ひっくるめて
大好きです。
あなたに別れろと言われて、別れる理由がありません。」
美女は、嫌悪感丸出しで言う。
「そんなの、あの方じゃありませんわ!
あの方は とてもお強くて、気高くて、素晴らしいお方です!
誰がどう見ても貴女なんかより、私の方がよっぽど相応しいでしょう!?」
あぁ、この人は根本的に間違えている。
確かに、彼女が言う『彼』も『ラウリ』なのだろう。
でも、私が知っている『ラウちゃん』も『彼』なんだよ。
それに、さ。
「重要なのは、誰かに見られて相応か不相応かではないと思います。」
憎悪が、美女の顔を歪ませる。あーぁ、せっかく美人なのに…。
でも、ここはハッキリ言わせてもらう。先にケンカ売って来たのは
そっちなんだし。
「家の権力を使おうとするところも、腹が立ちます。
あなたの家の教育に文句を言う気はありませんが、私から彼を奪う気ならば
容赦なんてしませんよ。」
魔力を目で見えるくらいに圧縮しながら膨らませる。
すると、私の周囲に散らばる河原の石が力に耐えられず、バキバキ音を
立てて次々と砕け散った。
緊迫した空気が、私と彼女の間に流れる。
……なのに。
「お嬢さぁん、素敵ですね! 我輩とお付き合いしませんかぁ!」
彼女を見ていた視界に、突然 瓶底メガネの男が入って来る。
空気読め。邪魔だよ。今、すごい修羅場って見てわかるでしょ!?
そもそも、なんでこの人は着いて来たんだろうか。関係者なの?
彼女の方を見遣っても、向こうも困惑顔をしていた。
…仕方ない。
「何故、私があなたとお付き合いしないといけないんですか。
だいたい、私 婚約者が居るんですが。」
軽く眉をひそめて、私は男へ問いかけた。
「我輩ですねー、お嬢さんに一目惚れしてしまったんですよーう!」
話が噛み合ない。なんなの、この人!
私は、男の真意を探ろうと眼鏡の奥の瞳をジッと見て、ふいに気付いてしまった。
この人、目の奥が笑っていない。得体が知れない。気味が悪い。
「…今、大事な話をしているので黙っていて下さい!」
「黙っていたら、付き合ってくれますかー?」
思わず、キレそうになった。心をなんとか鎮めて、冷静に
『言葉』を発する。
「『落とし穴っ!』」
瓶底メガネの男の足元に大穴が開く。
男は、『うひゃあ!!?』と奇妙な声を上げて落ちた。
とてつもなく大きくて深い穴をイメージしたから、しばらくは登って
来れないだろう。
…ふぅ。やっと静かになったな。
「さあ、お話の続きをしましょう。」
美女は、さっきとは打って変わって怯えた表情で私を見る。
何ですか、その顔…。
「あなた、悪い女である私を 退治に来たのでしょう?
彼の目を覚ますのでしょう?ダメですよ、そんな顔したら。
…彼のことが 本当に好きなら、”殺してでも奪ってやる”くらい言いなさいよ。」
徐々に青い顔になっていく彼女を見て、ため息が出そうになる。
まったく! ただ文句を言いに来たの!? 呆れた人ね!根性見せなさいよ!
「それで? あなたは、彼に告白したんですか?」
私は、徹底的に詰問することにした。
「…そんな、畏れ多いこと…!」
はあ。
”畏れ多い”?…そんなのはただの言い訳じゃないか。
「そうやって、遠巻きに見ているだけで何もしなかったんですね。」
彼女がとても憎そうに私を見る。
あはは。そんな風に見たって、私は怖じ気づいたりしないからね?
「姿は見えても声は聞こえても、触れない人を好きになった私の
気持ち、あなたには わからないでしょう?」
何度、諦めてしまおうとしたか。
”鏡の向こう”から話しかけるラウちゃんを呪いそうになったか。
「手を伸ばせば あなたの気持ちは届いたかもしれないのに。
…私、彼に意識もされてなかったんだよ?」
うん。私ね、知ってんだよ。
友達か妹くらいにしか思われてなかったって。
『仕方ない』って何度も念じていた。『話せるだけで幸せだ』って言い聞かせた。
「ねぇ? あなた、今まで時間はたくさんあったでしょう?」
いつか私じゃない誰かが彼の隣に立つんだって、私は怯えて暮らしてた。
「結果的に、今、私が彼の隣にいるけどさ。これは偶然なんだよ。
もしかしたら、明日 彼の気持ちが冷めるかもしれないよ?
…そしたら、あなた告白する?…しないんじゃないの?
また、見ているだけ。同じじゃないの、いつまで経っても。」
ー幼い頃に見た、ケンカする両親の姿が頭をチラつく。
あぁ、ダメだ。思考がどんどん悪循環をしている。
思考が黒いドロドロに浸食される。
相対する彼女は、わなわなと震えながら言葉を紡ぐ。
「…わかったような口を聞かないで!!
出会ってから4年間、ずっと、ずっと!
必死にあの方の側に居たくて、たくさん努力して来ましたわ!
言って、拒絶されるのを恐れるのは、当たり前じゃありませんか…!!」
バシュ、バシュ、バシュッ!
彼女が怒りを吐き出すように、火炎の魔法が矢のように私に放たれた。
精神が荒ぶっているせいか、狙いは定まっていなかった。
身を捩って簡単に回避する。
私は思う。
『これを倍返し出来たら、きっとスッキリするよなぁ』と。
とても、暴力的で真っ黒い衝動が私を乗っ取ろうと暴れ狂う。
ダメだ。それだけは、ダメ。考えろ、最善策を。
致命傷を与えない、怪我もさせない、でも私のこのドロドロした気持ちを
消してくれる何か…。
ピカッとひらめいたその名を、私は叫ぶ。
「『タライ召喚!!』」
聞き慣れないその言葉に、彼女がキョトンと私を見た。
次の瞬間。
ゴーーーン!!!
彼女の頭に銀色の円盤が直撃する。
あのタライ独特の金属音が響いて、彼女が前のめりでパタリと倒れた。
…気絶しているらしい。罪悪感を感じながらも私は、ホッと息を吐く。
「あらま。前回のデータには無かった技ですねっ!」
「っ!?」
すぐ後ろから、声がして飛び退く。
「あはっ!怖がらないで下さいよーう!」
さっき穴に落としたはずの瓶底メガネの男が平然と立っている。
…嫌な汗が背を伝う。
「……あなた、一体何をしに来たんですか。
向こうでのびてるエリーサさんの付き添いじゃないんでしょう?」
「うふふっ!
えぇ。我輩、貴女のその力にすごーく興味がありまして。
…良ければ解剖とかさせてもらいたいなー…なんちゃって!!」
生まれて初めて、ブチン と何かが切れる音を聞いた。
本当に音なんてするんだなぁ、と頭の片隅で思いながらも魔力が、
ブワワァッと膨れ上がる。
「ふ ざ け る な ぁ あ あ あ あ ぁーーー!!!!」
私の堪忍袋の許容量はもう限界だった。
男は降り注ぐタライ(小)の雨に打たれて姿が見えなくなった。
多分、死んではいないと思う。
でも、いくらなんでもやりすぎたかな…。
私は小石だらけの河原に、ペタリと座り込んでしまった。
「梨月ちゃん!無事!?」
あんまり無事じゃないよ。
もう魔力消費し過ぎてクタクタだよ。
「聞いてたら、妙な話が聞こえてきたからさ。
すぐに駆けつけようとしたのに村に変な結界張ってあって、
なかなか中に入れなかったんだよ。
…まったく!あの解剖オタクの仕業だったのか!!」
ラウちゃん。摩擦熱が起きるほどスリスリ頬擦りするのやめて。痛い。
ちょ、疲れて抵抗出来ないからって、変なところを触るな!
そこは脇腹だよ!
しばらくじっとしていると、急に黙って抱きしめられる。何だ?
そうして、ゆっくり体が離された。
「…ねぇ、梨月ちゃん。これだけは言わせて。」
真面目な顔をしたラウちゃんに、頬を両手で挟み込まれ上を向かされた。
目がバッチリ合う。彼の瞳に私が映っていた。
「ずっと、辛い思いさせて本当にごめん。
想っていてくれて、本当に、本当にありがとう…!
確かにね。
僕が、梨月ちゃんを好きになったキッカケは召喚の時だったよ。
それ以前はそういう感情は、無かったと思う。
…だけど信じて。現在の僕は、君を愛してるって。
それだけは、否定しないで。…お願いだから。」
ーー自然と、目から涙が零れた。
「信じていいの。」
彼が優しい笑みを浮かべた後、もう一度私を抱きしめて言う。
「一生かけて、信じてもらえるように頑張っていく所存です!」
だったら、私もあなたに、私の”一生”を、”全て”をあげよう。
さっきまで相対していたエリーサさんを不幸にして、私が幸福に
なるんだもの。
それくらいの覚悟でなければダメだ。私は無言で心に誓った。
*****
あぁ。
…このまま黙って抱きしめられていたい、なんて思う、
乙女チックな私だったら良かったのに。
…だけど、そうはいかない。
私には、先程から言葉に出して問い詰めたい事案がひとつある。
「ねぇ、ラウちゃん。
一体どうやって、さっきまでの私たちの話を聞いてたの?
今、来たところだよね?」
「あ。」
婚約腕輪から盗聴が行われていた衝撃の事実に、カミナリならぬタライを落ちたのは
言うまでもあるまい。
ここまでお疲れさまです!
書きたいこと詰めたら長くなり過ぎて、自分が驚きました。
次回はもっとあっさり目で書きたいと思います。^^;
追記:6/7加筆修正しました。
文章の中で変な箇所がありましたら、どうぞご一報くださいね!
修正:2012/10/02
誤字脱字を直しました。