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綺麗な別れを願うのはきっと私が子供だから

作者: 森 彩子



 たぶん終わりなんだろうと、互いにわかっていた。

 それでも何も言わず一緒にいるのは、あなたがすごく好きだから。

 残り僅かな時間を埋めあうようにあっては共に勉強し、そして時折瞳があっては触れるだけの口付けを交わした。この時間がお互いの別離を確実にするものだと気が付いていながら、私達は互いに足りない知識を分け合い、共に励ましあう。

 私達はまだ若く、これから進みたい道もある。そしてそれを捨ててまで一緒にいようとするほどの激情もないし、人生にほんのちょっと諦めをもち異性に頼ってしまうほど長く生きてもいない。

 自分にはまだできることがあると、未来は広いんだと、どこまでいけるのだと、若さゆえの夢に瞳を輝かすほど子供だ。

 中学校にはいって、はじめて会った時に彼はいった。「発展途上国で医療に携わりたい」と、まわりの人間は口にはださないが明らかに顔に嘲笑を浮かべていた。

 けれど私だけは違った。

 輝きのない石ころみたいな瞳をしている中で、彼の瞳だけは確かにきらめいたのだ。私は、将来の夢を語った彼に自分から近寄った。きっと、こんなこと私の人生の後にも先にもあり得ない。自分の夢を馬鹿にされたのだというのに、傷ついた様子もなくまっすぐに前を見つめるかれは高潔な昔の革命家みたいに私の瞳にはうつって、この人と一緒なら私のモノクロの世界にも変革をおこしてくれると確信したのだ。

 引っ込み思案な私を、彼は引っ張りだしてくれた。小学校でいじめられていた私は、中高一貫の進学校に入ったらきっともうああいう馬鹿な人種と付き合うことはないだろうと踏んでいたのだが、どこにでも腐ったやつはいた。それに絶望していた私に、彼は頬笑みかけてくれた。その頃の彼から言わせてみると、きっとクラスにもなじめていない暗い女の子を、その高潔な精神で救ってあげたというものだけだったのだということはわかるが、当時の私はそれをわかっていても、それでも嬉しかったのだ。

「あなたがいなければ、きっと私、ここにはいなかった」そういった中三の夏。

 彼は黙って私の肩に手をまわした。そうして何をいうでもなく、ただ嗚咽をもらし声を出さずに涙を流す私の額にそっと口づけたのだ。驚いて瞳をあげると、してきた彼も驚いたように目を見開いていて、二人して笑いあうと更に涙があふれ出して、そんな困った私に彼は宥めるように唇を重ねた。

 弱い私と強いあなた。きっとあなたは、あちらにいっても平気なのだろう。

 私がいない世界で、あなたは更に自分の夢へと躍進する。私のいない世界へと、更に遠くへ、遠くへと、光り輝く星となって私の頭上でまたたくのだ。

 きっと私には、あなたの姿は見えなくなって、あなたにも私の姿は見えなくなって、ただ光だけが届く。そんな存在になってしまう。

 こんな風に、ふれあい、身体を寄せ合い、じゃれつくように唇を重ねることはできなくなってしまうのだ。

「離れていくあなたに耐えられない」と言った私に、あなたは何も言わなかった。

 何も言わずに、ただ握った手から一瞬力が抜けた。すべり落ちそうな手を、すくいあげようとしたが、それを望んだのは私なのだ。

 私の言葉に、あなたは「さみしいよ」と言った。ひどくシンプルで、迷子の子供みたいな震える声に私は激しい痛みと同時に喜びを覚えた。

 大切なあなたの傷ついた姿に喜びを覚えるなんて、本当に私はあなたにふさわしくない。私は涙がこぼれおちそうになり、なにも見えなくなった視界で、弱い自分を呪った。

 目が合った時にゆるむ貴方の瞳からは、たぶん私の勘違いでは無いほどの愛情を感じるし、触れ合う指先はひどく温かくて離したくないと願ってしまう。

 だから、二人で過ごす残りの時間の一つ一つが愛しくて、ひどく痛いのだ。


 もうすぐ雪が降る。

 私達が共に過ごす最後の冬だ。

 もう終わりだと、わかっている。

 それでも触れ合う事を止めないのはあなたが好きだからで、だから私達は今日も手を繋いで歩いていく。

 お互いの未来へと。

 それがこの手をはなすことになっても。





綺麗な別れを願うのはきっと私が子供だから






他の場所でUPしていたのをこちらにもあげました。

名前がこちらとあちらでは違うんですが、本人なんで……。

右斜め、一席後ろという作品の主人公の名前で、あちらでは活動してます。

統一しろよ! ですよね、すみません。。。

再利用です。

他サイトにあげてたのをあげてもいい、ということだったので、なら逆もOKだろうと思ってあげてます。最初にあげたのはもう流れてしまいましたので……。

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