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異世界LIVE~売れない吟遊詩人をヴィジュアル系に魔改造したら戦場が最前列になりました~  作者: カミツキ


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第14話 体が動く、ということ

エレノアの屋敷に向かう道は、前回より緊張感があった。

前回は交渉だった。今回は本番だった。


「ルシアス」珠里が歩きながら言った。


「はい」


「緊張してる?」


「してます」


「どのくらい」


「……貴族の方々が相手というのが、広場とは違う緊張感で」


「どっちが怖い」


「……貴族の方が怖いです」


「なんで」


「魔物は殴れますが、貴族は殴れないので」


「殴らないでよ」


「殴りませんが」


アイルが珠里の隣に来た。


「……愁さん」


「なに」


「今日は丁寧な言葉を使ってください」


「使う」


「本当に?」


「使うって言ってるじゃないですか」


「……その調子でお願いします」


「それが丁寧な言葉だよ」


「もう少し丁寧に」


「どのくらい」


「エレノアさんに話しかける時は、できる限り」


「分かった」


「本当に分かってますか」


「分かってるって言ってるじゃないですか」


アイルが前を向いた。

不安そうだった。


クロムが後ろから歩いてきた。


「……今日も来たんですね」珠里が言った。


「警備が必要だ」


「貴族の屋敷に警備は必要ないと思いますが」


「………………慣れない場所では何が起きるか分からない」


「そうですね」


「………………」


「クロムさん」


「なんだ」


「正直に言っていいですか」


「………………なんだ」


「ルシアスの演奏を聞きたいだけでは」


長い沈黙があった。


「………………警備だ」


「そうですね」


「………………警備だと言っている」


「分かりました」


クロムが前を向いた。

ルシアスが珠里に小声で言った。


「……クロムさん、毎回来てくれますね」


「毎回来るよ、きっと」


「……嬉しいですね」


「そうだね」


屋敷に着いた。

応接室より広い部屋に通された。

天井が高く、壁際に椅子が並んでいた。


貴族らしき人間が十数人、すでに座っていた。

全員が品のある服を着ていた。全員が品のある距離感で座っていた。

話し声は小さく、笑い声はさらに小さかった。


珠里は部屋を一周眺めた。


 ライブハウスとは真逆の空気だ。


でもこれはこれで一つの文化だ。

エレノアが奥から来た。


「いらっしゃいませ」


「本日はお招きいただきありがとうございます」アイルが丁寧に言った。


「よく来てくださいました」エレノアがルシアスを見た。「楽しみにしていました」


「……光栄です」ルシアスが言った。


エレノアが珠里を見た。


「今日も、最前列ですか」


「そうです」珠里が言った。「よろしいですか」


「構いません」エレノアが少し笑った。「むしろ楽しみにしています」


ルシアスが部屋の中央に立った。

リュートを構えた。

貴族たちが静かになった。

弦を、弾いた。


音が、部屋に広がった。

天井の高い部屋で、音の響き方が外とは違った。


ルシアスの声が乗った。

貴族たちが聞いていた。

誰も動かなかった。

品のある姿勢で、品のある表情で、音楽を受け取っていた。


 頭で聞いてる。

 

珠里には分かった。

悪いことじゃない。でも


 体には来ていない。


珠里は最前列で咲いた。

貴族の一人が珠里を見た。

困惑した顔をした。

隣の人間に何か囁いた。

その人間も珠里を見た。

同じ顔をした。

エレノアだけが、珠里を見て少し笑った。


* * *


一曲目が終わった。


拍手が起きた。

品のある拍手だった。

音量は小さかったが、全員が手を叩いていた。


「素晴らしい」誰かが言った。


「声が良いですね」別の誰かが言った。


「衣装も独特で」


ルシアスが深くお辞儀をした。


二曲目が始まった。


新曲だった。

戦場で初披露した、テンポの速い曲だった。


珠里の首が動いた。

貴族たちがまた珠里を見た。

今度はもう少し長く見ていた。


でも体は動かなかった。

エレノアも動かなかった。


演奏が終わった。

拍手が起きた。

今度は少し大きかった。


貴族の何人かが立ち上がってルシアスに話しかけに行った。

珠里はエレノアの隣に移動した。


「素晴らしかったです」エレノアが言った。


「体は動きませんでしたよね」珠里が言った。


エレノアが少し止まった。

アイルが隣で小さく息を飲んだ。


「……正直ですね」エレノアが言った。


「体が動かない音楽が悪いわけじゃないです」珠里が言った。「頭に残る音楽と体が動く音楽は別物なので」


「……なるほど」


「エレノアさんはどちらが好きですか」


「今まで頭に残る音楽しか聞いてこなかったので、比べようがありませんね」エレノアが言った。「体が動く音楽というのを、正直まだ実感として理解できていません」


「そうですか」


「あなたはどちらが好きですか」


「両方好きです」珠里が言った。「でも体が動く方が、私は正直です」


「正直」


「自分を取り繕えないから」


エレノアが少し黙った。

指先が、テーブルの縁を、無意識に撫でていた。


「……そういう音楽に、私は出会ったことがないかもしれません」


「そうですか」


「ずっと芸術として音楽を評価してきたので、体が先に動くという経験が——」


その時、窓の外から音が聞こえてきた。


エレノアの視線が、先に窓へ向いた。

珠里が気づいた時にはエレノアがすでに窓を見ていた。


門の外だった。


カラフルな服の男が立っていた。

隣には、楽器を持った女の子。


珠里は額に手を当てた。


 アルトだった。


二人とも、こちらに向かって演奏していた。

明らかに中に聞こえるように歌っていた。


アルトが窓の珠里と目が合った。

手を振った。


「……知り合いですか」エレノアが言った。


「知り合いです。すみません」


「いえ」エレノアが窓の方を向いた。「少し、聞こえます」


「閉めましょうか」


「……いえ」


エレノアが少し間を置いた。


「少し、聞かせてください」


アルトの声が続いていた。

ソプラの演奏が重なっていた。


前回よりましになっていた。

一小節だけじゃなく、二小節、三小節と揃う瞬間が増えていた。


練習していたのが分かった。


エレノアは黙って聞いていた。

部屋の中の貴族たちが、窓の外の声に気づき始めた。

何人かが顔を向けた。


一分が経った頃、エレノアが窓を開けた。


アルトの声が、部屋に入ってきた。


エレノアが黙った。


 三秒。


 五秒。


足が、一歩動いた。


窓に近づいた。


無意識だった。


自分でも気づいていないような動き方だった。


「エレノアさん」珠里が言った。


「……少し、待ってください」エレノアが言った。


声が少し、違った。

さっきまでとは違う声だった。


アルトの歌が続いた。

ソプラの演奏が続いた。

エレノアの手が、窓枠を掴んだ。


体を支えるように。

品のある立ち姿が、少しだけ前に傾いていた。


曲が終わった。

長い沈黙があった。

部屋が静かだった。


エレノアがゆっくりと珠里を向いた。

目が、少し違った。


「……これが」エレノアが言った。


「はい」


「これが、体が動く音楽ですか」


「そうです」


エレノアが窓の外を見た。

アルトがまだ門の前に立っていた。

次の曲を歌い始めようとしていた。


「……あの方を、中に呼んでもいいですか」


珠里が笑った。


「どうぞ」


アルトが屋敷の中に入ってきた。

ソプラがその後ろを歩いてきた。

明らかに来たくなさそうな顔をしていた。


「愁さん!!聞こえましたか!!」アルトが言った。


「聞こえた」


「どうでしたか!!」


「前より揃ってた」


「練習しました!!毎日!!」


「ソプラも?」


ソプラが無言で頷いた。


「……毎日」ソプラが言った。「アルトがうるさいので」


「うるさくない!!情熱的なんです!!」


「うるさい」


「情熱的!!」


エレノアがアルトを見た。

アルトがエレノアに気づいた。


「あ」アルトが言った。


「……ご挨拶が遅れました」エレノアが言った。「ウィストリア伯爵家当主、エレノア・ウィストリアです」


アルトが固まった。


三秒固まった。


「……アルトです!!庶民です!!」


「知っています」エレノアが言った。「先ほどの演奏、良かったです」


「ありがとうございます!!」


「あなたの声は」エレノアが少し間を置いた。「初めて、体が動きました」


アルトが珠里を見た。

珠里が頷いた。

アルトが前を向いた。


「……僕の声で、ですか」


「ええ」


「体が動いた、というのは」


「足が、一歩動きました。無意識に」


アルトが黙った。

珠里には分かった。

アルトが何かを噛み締めている顔をしていた。


 『届いた』、と思った瞬間の顔だ。


ルシアスが広場で初めて届いた時と、同じ顔だ。


「……ありがとうございます」アルトが言った。

 今日一番、静かな声だった。


その後、エレノアがアルトとソプラに話を聞いた。

どんな音楽をやりたいか。どんな曲を作っているか。

アルトが全部答えた。テンションが高かったが、内容は真剣だった。

ソプラが時々補足した。一言ずつだったが、的確だった。

エレノアは黙って聞いていた。

珠里はその様子を離れたところから見ていた。

アイルが隣に来た。


「……エレノアさん、楽しそうですね」


「うん」


「ルシアスさんの演奏の時とは、少し違う顔をしています」


「気づいた?」


「……はい」アイルが言った。「ルシアスさんの音楽は頭で聞いていた。でもアルトさんの声は、体で聞いていた」


「そう」


「……同じ人間が、音楽によって違う聞き方をするんですね」


「する」珠里が言った。「それが音楽の面白いところだから」


アイルが少し考えた。


「……私はルシアスさんの音楽では体が動きます」


「知ってる」


「アルトさんの声でも、少し動きました」


「そうだね」


「……欲張りですかね」


「全然」珠里が言った。「両方好きで当然だよ」


クロムが部屋の隅に立っていた。

警備として来ていた。

アルトの声を聞いていた。

首が、縦に動いていた。

気づいた瞬間に止めた。

前を向いた。

でも耳は、アルトの方を向いていた。


帰り道。

五人で夜の街を歩いた。

アルトとソプラもなぜかついてきていた。


「エレノアさんに気に入ってもらえました!!」アルトが言った。


「良かったね」珠里が言った。


「次回の演奏会にも呼んでもらえるって!!」


「そうだね」


「愁さんのおかげです!!」


「私は何もしてない」


「門の前で歌えって言ったじゃないですか!!」


「言ってない」珠里が言った。「あれはアルトが勝手にやったこと」


「そうでしたっけ!!」


「そうだよ」


「……でも結果オーライです!!」


「そうだね」


ソプラが珠里の隣に来た。


「……一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「エレノアさんが体が動いた、と言っていましたよね」


「うん」


「あれは本当ですか」


「本当だよ。窓枠を掴んでた」


「……そうですか」ソプラが少し黙った。「アルトは、ああいう人を動かすんですね」


「動かした」


「……知りませんでした」


「ソプラは驚いた?」


「……少し」ソプラが言った。「幼馴染なので、アルトのことは分かってるつもりでいたんですが」


「分かってるつもりでいた人間が、知らない一面を見せた時の感覚ね」


「……そうかもしれません」


「悪い感覚じゃないでしょ」


ソプラが少し黙った。


「……悪くないです」


「それが一緒にやる理由になる」


ソプラは何も言わなかった。

でも歩くテンポが、少しだけ軽くなった。


宿に戻る道、珠里はルシアスと並んで歩いた。


「……今日はどうでしたか」ルシアスが言った。


「良かった」


「貴族の方々の反応は、広場とは違いましたね」


「違う。でも受け取ってくれてた」


「体は動いていませんでしたが」


「頭に残ってたから十分」珠里が言った。「あなたの音楽はそういう音楽だから」


「……体が動く音楽の方が良かったですか」


「そんなことない」


「でも今日、アルトさんの声でエレノアさんが動いて——」


「ルシアス」


「はい」


「あなたの音楽とアルトの音楽は、違う場所に届く。どっちが上とか下とか、そういう話じゃない」


ルシアスが少し黙った。


「……そうですか」


「エレノアさんが窓枠を掴んだのはアルトの声のせい。でもエレノアさんがルシアスの演奏会に来たのは、あなたの音楽が頭に残ったから」


「……どちらも必要だということですか」


「そう。翳りと光、両方いる」


ルシアスが空を見上げた。


「……少し、悔しいですね」


珠里がルシアスを見た。


「あの声は、私には出せないので」ルシアスが言った。「でも」


「でも?」


「……良かったです。アルトさんが来てくれて」


「何に気づいた?」


「……自分の音楽が、どこに届いているかということに」


珠里は何も言わなかった。

言わなくていい場面だった。


宿に着く手前で、アルトが珠里に言った。


「愁さん」


「なに」


「ライブハウス、建つんですよね」


「建つ予定」


「そこで演奏できますか」


「できるよ」


「約束ですか!!」


「約束」


「やった!!ソプラ、ライブハウスで演奏できるって!!」


「……聞こえてた」ソプラが言った。


「聞こえてた!?」


「隣にいるので」


「じゃあもっと喜んでよ!!」


「……嬉しいです」


「もっと!!」


「……嬉しいです」


「声が全然変わってない!!」


「これが私の嬉しい声です」


珠里はその会話を聞きながら、宿の扉を開けた。

今日で四回目だった。

ツアーファイナルのことを、また少し長く忘れていた。

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