第11話 百人、来た
広場に向かう途中で、珠里は気づいた。
人の流れが、同じ方向に向いていた。
老若男女、様々な人間が、中央広場の方向に歩いていた。
「……人が多いですね」ルシアスが言った。
「多いね」
「もしかして」
「もしかしてだね」
角を曲がった。
広場が見えた。
人が、いた。
珠里は立ち止まって数えた。数えるのをやめた。
「……本当に百人来た」
「来ましたね」ルシアスが言った。声が少し上ずっていた。
アイルが珠里の隣に来た。
「……どうするんですか」
「やる」
「百人相手に」
「百人だからやる」
「……分かりました」アイルが言った。「ギルドの引率として、同行します」
「業務?」
「業務です」
広場の端に、クロムがいた。
腕を組んで立っていた。
珠里が近づいた。
「クロムさん、誰かに頼まれましたか」
「いや」
「なぜいるんですか」
「……人が多い場所には揉め事が起きやすい」クロムが言った。「警備が必要だと判断した」
「ありがとうございます」
「業務だ」
アイルが小声で珠里に言った。
「……クロムさんも業務って言うんですね」
「うん」
「私と同じですね」
「うん」
「……どういう意味ですか」
「気にしないで」
* * *
ノノが走ってきた。
「来ました!!言った通り百人来ました!!」
「来たね」珠里が言った。
「もっと来るかもしれないです!!友達の友達も来るって言ってたので!!」
「何人になるか分からないじゃないですか」アイルが言った。
「なっても大丈夫です!!広場広いので!!」
「広場の問題じゃなくて——」
「ルシアスさん!!」ノノがルシアスに向き直った。「百人来ましたよ!!」
「……見えています」ルシアスが言った。顔が少し青かった。
「緊張してますか!!」
「してます」
「大丈夫です!!絶対最高です!!僕が保証します!!」
「僕?」
「あ、私が、です!!」
珠里はその会話を聞きながら、広場を見渡した。
百人が台の周りに集まっていた。
露店の店主が手を止めて見ていた。通りがかりの人間が足を止めていた。
……前回の広場ライブとは規模が違う。
これは本当にライブだ。
珠里はルシアスの隣に立った。
「緊張してる?」
「してます。めちゃくちゃしてます」
「前回の戦場より怖い?」
「……同じくらいです」
「同じくらいか」
「戦場は魔物が怖かったです。今日は人数が怖いです」
「どっちも本番だから同じだよ」
「……そうですね」ルシアスが台を見た。「行ってきます」
「いってらっしゃい」
ルシアスが台に上がった瞬間、広場の空気が変わった。
百人が一斉にルシアスを見た。
ざわめきが起きた。
「黒い衣装だ」
「目元に線が入ってる」
「綺麗な顔してるな」
「声聞いたことある、広場で歌ってた人だ」
ルシアスはリュートを構えた。
弦を、弾いた。
珠里は最前列に立った。
ノノが隣に来た。
「最前列ですね!!」
「そう」
「最前列って大事ですか」
「大事」
「どうしてですか」
「ここが一番届くから」
ノノが前を向いた。
「……じゃあ絶対ここにいます」
「いて」
アイルが反対側に来た。
「……業務上、近くで確認する必要があります」
「最前列で?」珠里が言った。
「……近ければ近いほど、記録の精度が上がります」
「そうだね」
「……そうです」
ルシアスの声が乗った瞬間、百人が動いた。
動いた、というより止まった。
喋っていた人間が黙った。歩いていた人間が止まった。
広場が、静かになった。
その時、珠里の視線の端に引っかかるものがあった。
百人の中の一人だった。
カラフルな服を着た、年若い男だった。珠里より少し年下くらいに見えた。
他の百人と何かが違った。
何が違うか、一瞬で分かった。
テンションが、別格だ。
ルシアスの演奏が始まった瞬間から、男の目が変わっていた。前のめりになっていた。
口が半開きになっていた。
「なんだこれ」男が呟いた。
周囲の人間が少し引いた。
「なんなんだこれ」
もう少し引いた。
「なんなんだこれ!!!!」
周囲の人間がしっかり引いた。
珠里は横目でそれを見た。
……いる。
こういうやつが、いる。
初めてライブハウスに行った日に、隣にいた人間と同じ目だ。
今は本番中なので保留にした。
前を向いた。
一曲目が終わった。
拍手が起きた。前回の広場ライブより大きかった。
人数が多いから当然だったが、それだけじゃなかった。
一人一人の拍手が、大きかった。
二曲目が始まった。
新曲だった。
戦場で初披露した曲だった。
最初の一音で、珠里の首が動いた。
隣でノノが「あっ」と言った。
「これ、違う曲ですよね」
「そう」
「なんか、体が——」
「動くよね」
「動きます!!」
珠里がヘドバンし始めた。
ノノが三秒見て、同じように首を縦に振り始めた。
「なんですかこれ!!」
「ヘドバン」
「ヘドバン!!」
「そう」
「これが!!」
「そう」
アイルが二人を見た。
前を向いた。
首が、縦に動いた。
「……」
もう一度動いた。
「……」
止めようとした。
動いた。
「……業務です」
「誰も聞いてないよ」珠里が言った。
「業務だと言っています」
「動いてるよ」
「……体が、勝手に」
「うん」
「……業務です」
* * *
後方でクロムが腕を組んで立っていた。
警備として来ていた。
ルシアスの新曲が流れていた。
クロムの首が、縦に動いた。
部下の一人が気づいた。
何も言わなかった。
自分の首も動いていたから。
カラフルな服の男は、最前列まで来ていた。
いつの間にか最前列に来ていた。
珠里の隣で、首を縦に振っていた。
「なんだこれ!!なんでこんなに気持ちいいんだ!!」
「ヘドバンだから」珠里が言った。
「なんですかヘドバン!!」
「体が勝手に動く動き」
「なんで教えてくれるんですか見知らぬ人に!!」
「同志だから」
「どうし!!?」
「後で説明する」
「後でって!!今知りたいんですが!!」
「今は本番中だから」
「そうですね!!!!」
男が前を向いた。
首が動き続けた。
* * *
二曲目が終わった。
拍手が、さっきより大きかった。
何人かが叫んでいた。
「もう一曲!!」
「もう一曲!!」
ルシアスが珠里を見た。
珠里が頷いた。
ルシアスがリュートを構えた。
三曲目が終わった頃、広場の人数が増えていた。
百人が百五十人になっていた。
音を聞きつけた人間が、どこからか集まっていた。
ルシアスが台を降りてきた。
珠里が駆け寄った。
「大丈夫?」
「……震えてます」ルシアスが言った。「でも今日は気持ちの良い震えです」
「百人どうだった」
「……百人でも、最前列に愁さんがいれば同じでした」
「そっか」
「でも」ルシアスが広場を見た。「百人は、すごかったです」
「これからもっと増えるよ」
「……覚悟しておきます」
ノノが飛んできた。
「最高でした!!!!」
「来てくれてありがとう」
「百人連れてきました!!!!」
「連れてきてくれてありがとう」
「次はいつですか!!!!」
「決まったら連絡する」
「絶対連絡してください!!次は二百人連れてきます!!」
「二百人!?」
「絶対連れてきます!!」
ノノが走って行った。
アイルが珠里の隣に来た。
「……次は二百人来るかもしれません」
「来るかもね」
「広場に二百人は限界があります」
「うん」
「そもそも今日も途中から百五十人になっていました」
「うん」
「……ライブハウスが必要ですね」
「そうだね」珠里が言った。「調べてくれてる?」
「……実は」アイルが少し間を置いた。「広場ライブの告知を聞いた時から、建築依頼を調べています」
「いつから!?」
「業務として、事前準備が必要だと判断しました」
「早い」
「……ギルドに建築系の職人の登録があります。明日にでも話を聞けます」
「ありがとう」
「業務です」
珠里は広場を見渡した。
百五十人が少しずつ捌け始めていた。
でも全員が何かを話しながら帰っていた。
これだ。
ライブが終わった後に、こういう顔で帰っていく人たちを、私は何百回も見てきた。
この顔が見たくて、最前列に立ち続けてきた。
その時、ふと気づいた。
カラフルな服の男が、一人だけ台の前から動いていなかった。
人が捌け始めているのに、台を見たまま動かなかった。
ライブが終わってからずっと、同じ場所に立っていた。
あいつは後で話しかけよう。
珠里は保留にした。
* * *
その直後、見慣れない人間が近づいてきた。
明らかに庶民じゃなかった。
仕立ての良い服を着た、四十代くらいの男だった。
腰に剣を帯びていたが、戦士というより護衛の雰囲気だった。
「失礼、少しよろしいですか」
珠里が振り返った。
「あの吟遊詩人の方に、我が主がお会いしたいと申しております」
「主というのは」
「ウィストリア伯爵家の方です」
珠里とルシアスが顔を見合わせた。
アイルが珠里の隣に来て、小声で言った。
「……この街で一番権力のある貴族です」
「どんな人?」
「芸術に造詣が深い方と聞いています。音楽の支援も行っていると」
「支援」珠里が繰り返した。
「……パトロンというやつです」
パトロン。
つまり、お金を出してくれる人間。
ライブハウスを建てるには資金がいる。
チェキビジネスだけじゃまだ足りない。
珠里の頭の中で、何かが繋がりかけた。
「行きます」珠里が使者に言った。
「あの、お一人で——」
「全員で行きます」
使者が面食らった顔をした。
「全員、というのは」
「私とルシアスとアイルと——」珠里がクロムを見た。「クロムさんも来ますか」
「……警備が必要なら」クロムが言った。
「来てください」
「分かった」
使者が四人を見た。
何か言いかけた。
やめた。
「……では、ご案内します」
歩き出した瞬間、後ろから声がかかった。
「あの!!」
振り返った。
カラフルな服の男が、駆け寄ってきた。
「さっきの人ですよね!!ヘドバンを教えてくれた!!」
「そうだけど」
「少し話せますか!!どうしても聞きたいことがあって!!」
「今から用事があるんだけど」
「後でもいいです!!絶対待ちます!!何時間でも待ちます!!」
珠里はその男を見た。
目が本気だった。
「名前は?」
「アルトです!!」
「私は愁。用事が終わったら話す」
「待ちます!!絶対待ちます!!」
アルトがその場に立った。
本当に待つつもりの顔をしていた。
珠里は前を向いた。
後で話す。
あいつは絶対面白いことになる。
四人と一人の使者が、貴族街の方向に歩き始めた。
広場に、アルトが一人残された。
台を見ていた。
さっきまでルシアスが立っていた場所を、見ていた。
「……僕も」
誰にも聞こえない声で、呟いた。
「僕も、あそこに立ちたい」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




