いいじゃないか
この世は、静かに回っている。
夜の深い時間。君は布団の中に体を沈め、天井の向こうに広がる闇を見つめている。遠くの街の灯りも、星のまたたきも、すべてがゆっくりと息をしているように感じる。
この世界のどこかで、今この瞬間も争いが起きている。誰かが泣き、誰かが傷つき、誰かが必死に何かを守ろうとしている。それが世界だ。君はそう思っていた。知らない場所で、知らない誰かの痛み。それをどうすることもできない。ただ、胸の奥が少しだけざわつくだけ。
でも、最近は少し違うことを思うようになった。
この時代は、ネットという不思議な川が流れている。言葉も、音楽も、絵も、想いも、その川に乗って遠くまで届く。ありふれたメロディ、よくある物語、誰かがつぶやいただけの短い言葉。でも、ときにはそれが、遠い誰かの心にそっと触れる。
君は目を閉じる。まぶたの裏に、優しいリズムが浮かんでくる。
「泣きたいときは、泣いていいんだよ」
誰かの歌詞が、耳元で囁く。体が自然に揺れるようなビート。ページをめくる音。小説の最後で、静かにこぼれる涙。漫画の1コマで、胸が熱くなって笑ってしまう瞬間。アニメの画面の中で、キャラクターたちが懸命に走る姿。
そんな、ありきたりな幸せ。
それで、いいじゃないか。
君は布団の中で体を丸める。星を見上げていた頃の自分を、ぼんやりと思い出す。溜め込みすぎないこと。弱音を吐くこと。それも、生きるうちのひとつ。完璧じゃなくていい。強くなくていい。素直に、感じたままに。
「……大丈夫だよ」
誰かが、遠くから優しく言っている気がする。音楽のように、言葉のように、心に染み込んでくる。
外では風が木の葉をそっと撫でている。遠くの車の音も、まるで子守唄のように聞こえる。君の呼吸が、だんだんゆっくりになっていく。胸が上下するたび、今日のいろいろな想いが、波のように引いていく。
知らないところで起きている出来事も、
届いた音楽も、
刺さった台詞も、
全部、君の心のなかで優しく溶けていく。
今はただ、目を閉じて。
体を預けて。
深い、深い、眠りのほうへ。
……おやすみ。
世界は静かに回り続けている。
君の夢のなかで、誰かの歌が、穏やかに流れている。
(どうぞ、ゆっくり眠ってください。この物語は、君の枕元でいつまでもそっと続いています。)




